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成熟した風格を漂わせる長身の男性と、年齢を感じさせない美貌の女性が並んで園路を歩いてくる。二人とも落ち着いた物腰ながら、隠しきれない気品を纏っていた。
男性は艶のある黒髪を後ろに軽くなで付け、切れ長のシルバーグレーの瞳があらわになっている。鼻筋の通った端正な顔立ちで、若い頃――なんなら現在進行形で女性の目を引く容姿をしていた。
傍らの女性は、陽光を受けて淡く輝くプラチナブロンドの髪をさらりと背に流し、濃紺の瞳は夜空を思わせる。整った顔に穏やかな笑みを浮かべる姿は、優雅さを感じさせた。
二人の後ろに、ロベルトが付き添っているとクリスティアは気づく。
その光景は美しい庭園と相まって、キラキラのエフェクトがかかって見えた。
「父と母です」
やっぱり! と、予想が当たったことをクリスティアは知る。面影があった。
慌てて席から立ち、二人を迎える。
「初めまして。先代公爵のブライアンだ」
「妻のルイーズです。あなたがクラウスの婚約者ね。お会いできるのを楽しみにしていたの」
クリスティアと目を合わせて、ルイーズが柔らかく微笑む。
美、と前世の文字が頭に浮かんですぐに、義理の両親になる二人への挨拶になるのだと気づく。
一気に緊張が高まる。人生三度目にして初めての経験だった。
「初めまして。ベラーニ伯爵家のクリスティアと申します。このたびはルドウィグ家へお迎えいただきありがとうございます」
「まあ、そんなに畏まらなくていいのよ。これから家族になるのですもの。私のことはどうか『お義母様』と呼んでちょうだい」
言葉があまりにも真っ直ぐで、クリスティアは胸がじんと温かくなる。その呼び方を口にする日が来るなんて、想像もしなかった。
「はい、お義母様」
「素敵なお嬢さんだね。遠慮せず、我が家を自分の家だと思って過ごしてほしい」
「ありがとうございます。お義父様」
これで合っているだろうかと様子を窺うと、二人の目尻のシワが深くなる。理想的な年月の重ね方を目の前にして、クリスティアはルドウィグ家箱推しを心の中で宣言した。
ロベルトにより手早くセッティングし直された席に、四人で座る。隣にはクラウス、向かいには素敵なご両親で、クリスティアは落ち着かない気持ちになった。
「連絡もなく、急にどうしたんですか」
当主の座をさくっとクラウスに譲り、二人は領地に滞在しているらしい。
いずれ両親を紹介すると言われていたが、こんなに早く実現するのはクリスティアとしても措定外だった。
「クラウス、それはこっちの台詞だ」
「そうよ。婚約したって突然の報せだけでも驚いたのに、今日からクリスティアさんが邸に滞在するってロベルトから報せを受けて、急ぎ来たのよ」
事後報告ばかりだったらしい。
最短で! と望んだのはクリスティアだが、さすがに報連相は必要では? そんな気分になる。今は家族間の会話なので口を挟まず、とりあえず香り高い紅茶で喉を潤した。
「ロベルトが報せたのか」
少し面倒そうな顔だ。
対して、ロベルトは軽く微笑んで見せた。
「坊ちゃまが素敵な女性を邸に迎えたのですから、ご報告せねばと早馬を走らせました」
イケオジのロベルトの仕草と口調が、どことなくいたずらっ子のようで可愛らしい。長年公爵家に仕えている気安さも感じられた。
「坊ちゃまはやめろ」
その台詞に、クリスティアは胸を打ち抜かれる。
(うわ、尊い、なんて尊いやりとり!)
にやけそうになるのを必死で堪え、空気に徹して心弾むやりとりを見守る。邪魔をしてはいけない使命感に駆られていた。
「結果は変わらないのだから、報せるのは後でいいって思ったのでしょう? そういうところ、父親にそっくりなんだから」
軽く嘆息するルイーズに、ブライアンが小さく咳払いする。少しバツが悪そうだ。
「クラウスは呪いのせいか、婚姻に積極的でなかったから本当に驚いたよ」
「そうよ。あ、呪いのことは知っていらして?」
「はい」
ルイーズに振られて、クリスティアは頷く。
大元の原因は私ですと、申し訳なさと当時の感謝が胸にこみ上げる。絶対に解呪します、とは言えないのがもどかしかった。
「忌避感はないのかしら?」
直球でルイーズに訊かれる。それだけ、しっかりと確認したいことなのかもしれない。
「ありません」
むしろ縁を結んでくれたとも言える。前々世の出来事、呪いがなければ、クラウスを遠くから眺めるだけで、クリスティアは求婚していなかった可能性が高い。
「それなら良かったわ」
ぱっと花が咲き誇るように、ルイーズが微笑む。
「でもこの子、仕事はできるのだけれども社交から距離を置いていたせいで対人関係が不器用なの。特に女性に関しては壊滅的じゃないのかしらと疑っていて――」
「母上」
「なあに、本当のことでしょう。クリスティアさんに誤解されて愛想を尽かされたら大変じゃない」
「お義母様、ありえませんわ。私がクラウス様を必死に口説いたのですから」
まあ、とルイーズが小さくこぼす。
すぐに、ふふっと軽やかな吐息で笑った。
「本当に、素敵なお嬢さんね」
「そうだな」
ブライアンも表情を緩め同意する。たいしたことを言った覚えのないクリスティアは戸惑った。
「結婚式は早めに挙げましょう」
「ああ、それがいい」
「最高のドレスを仕立てましょうね。立会人は教皇聖下にお願いしたらどうかしら」
え、とクリスティアは思考が固まる。式挙げるんだ、の軽い驚きから、避け続けてきた教皇と結婚式で鉢合わせの可能性が浮上して心臓が冷えた。
「良い考えだ。次にいらしたときに頼んでみようか」
困惑顔のクリスティアに、月に一度呪いの浄化で教皇の訪問がある、それが数日後だ、などなどブライアンが補足を入れてくれる。それどころではないクリスティアは、曖昧に頷くことしかできない。
近づきたくない教会そして教皇と、ルドウィグ家は懇意にしている。浮かれた思考に支配され、完全にその事実を失念していた。
ルドウィグ家で教皇に会うのを避けられたとしても、定期的にクラウスの状態を確認しているのなら呪いの解呪に気づかれる。それに関してクリスティアは何も考えていなかった。
(レーテ様の案を採用して、下僕にしちゃう?!)
無理無理無理、とすぐに否定する。面倒事が間違いなく付随するはずだ。
どうしようが思考を占める。現れた天使と悪魔と向き合い脳内会議をしても、クリスティアは解決策がまったく浮かばなかった。




