21
侍女長と入れ替わるように訪れた侍女候補の三人が、荷物の整理を請け負ってくれる。人となりはまだわからないが、印象は悪くなかった。
一人を除き、とクリスティアはジェシーと名乗った若い侍女に落第点をつける。淡い金髪に青みを帯びた灰色の瞳、整った顔立ちは美少女の部類に入るが、使用人の評価は仕事に対する姿勢だ。
たとえ愛想が悪くても、役目を忠実に果たすならクリスティアは気にしない。けれどジェシーは他の二人にさりげなく押しつけ、手を抜いているのがわかった。
それなのにクラウスの元へ向かうクリスティアの案内を、率先して引き受ける。漠然とした感じの悪さがあり、雑談する気にもなれず口を閉じていればジェシーも無言だった。
(案内とは?)
完全に自分のペースで歩みを進めている。静かにクリスティアが消えても、気づかない気がした。
「この者はクリスティアに仕えるに値しないな」
様子を窺っていたレーテにも駄目出しされる。万人に好かれるなどありえないので、クリスティアを嫌うのは構わないが、使用人の立場で態度に出すのは駄目だ。
侍女候補から外そうとクリスティアは決める。ジェシーは案内ロボットだと脳内変換し、後に続き足を踏み入れた庭園は、邸の壮麗さに負けないほど美しく整えられていた。
色とりどりの花が咲き誇る花壇の間を、白い石畳の小径が緩やかに伸びている。少し奥には噴水があり、陽光を受けた水がきらきらと輝いていた。
その一角には白いガゼボがある。テーブルにはすでにティーセットが用意され、白磁のポットからはかすかに湯気が立ち上っていた。
「こちらです」
急に笑顔になったジェシーに、クリスティアはぎょっとする。先ほどまでとは打って変わって恭しく促され、態度の違いに『は?』と訝しみガゼボへと足を進めると、先客の姿が目に入った。
白いテーブルクロスの掛けられたテーブルの向こうに、クラウスが座っている。クリスティアに気づくと、すぐに立ち上がった。
ジェシーの態度も思惑も、どうでもよくなる。自然と、クリスティアは表情が綻んだ。
「お待たせしてしまいましたか?」
「いえ」
わずかだが口元を緩めるクラウスの姿に、穏やかなものを感じる。肩の力が抜けた私的な姿に、これから同じ邸で暮らすのだと実感し、クリスティアはどうしようもなくときめく。
(これから色々な姿が見られる!?)
推しからしか得られない栄養はあるが、眼鏡などかけた姿を見たら供給過多で、あまりの尊さに呼吸を忘れる気がした。
促されて、向かい合った席に座る。応接室よりも距離が近い。
(何このご褒美!)
クリスティアが幸せを噛みしめていると、背後に控えていたジェシーをクラウスが下がらせる。それに、レーテがついていく。
お茶は控えていたクラウスの侍従が淹れ、二人の前に茶器を置くとその場を辞した。
花の香りを含んだ風が、二人の間を静かに通り抜けていく。
「部屋は急ぎ用意したので、ベラーニ嬢の好みに合わせ変えてもらってかまいません」
「とても素敵なお部屋でした。急いで用意してくださったとは思えないほどです」
「そうですか。けれど、何か気になるところがあれば遠慮なく言ってください」
「はい。でも、今のままで充分気に入っています」
推しが用意してくれた部屋に手を入れるなどもってのほか! そんな気持ちを込めて、クリスティアは伝える。クラウスの気遣いに、胸が温かくなった。
「ベラーニ嬢」
「あの、私のことはクリスティア、もしくはティアとお呼びください」
経緯はどうであれ、婚約者の座を得たのだから家名ではなく名前で呼んでほしい。
耳に心地よい声で聞きたいと、贅沢にも思ってしまった。
「では、俺のこともクラウスと呼んでください」
「はい! クラウス様」
この世界では、名前呼びを許されるのは特別な関係だ。
何度でも繰り返し口に出して呼びたいが、クリスティアはぐっと我慢する。機会はこれからいくらでもあった。
「クラウスでかまわない」
「はい?! いえ、はい、いずれ……」
思いがけない提案で、クリスティアは驚く。
「心の準備ができましたら」
脳内では呼べても、口に出すには気合いがいる。今すぐには無理だ。
「クリスティア」
名を呼ばれ、クリスティアは落としていた視線をぱっと上げる。美しい顔を真正面から見て、少し遅れて鼓動が逸り出した。
(名前を呼んでくれた!)
平静を装い喜びを噛みしめる。胸の中がくすぐったくて、クッションをバシバシとたたきたいような、抱きしめてごろごろと転げ回りたいような衝動に駆られた。
「邸では遠慮なく過ごしてほしい。あなたはいずれ、この家の女主人になるんだ」
「……それは、権限を有するということですか?」
解呪のために迎え入れたお飾りの妻ではなく、実務も担う認識でいいのかとクリスティアは確認する。弱みにつけ込んで公爵家に押しかけておいて、夫人として君臨するなどおこがましい気がした。
何より、今はまだ婚約者でしかない。
破棄される可能性もあった。
けれどクラウスは躊躇なく頷く。
「使用人への指示も、邸のことも、あなたの采配で自由にしてかまわない。だがルドウィグ家について、焦って覚える必要はない」
「それ、私に都合が良すぎませんか?」
「呪いを解いてくれるのだろう?」
「もちろんです」
そのためにここにいる。本来の目的を忘れてはいない。
「ならば、当然の待遇だ」
「……ありがとうございます」
絶対にクラウスの役に立つ! と、クリスティアは決意を新たにした。
「わからないことがあれば、遠慮なく尋ねてほしい」
「はい……あ、では、侍女の決定権は私にあります?」
ジェシーの態度は呆れるばかりだ。
我慢する気も、わざわざ歩み寄る気もない。遠ざけるのが一番だ。
「ああ。侍女長と話して決めるといい。護衛は俺が決めるがいいだろうか?」
「護衛ですか?」
ぱっと、クリスティアの脳裏に騎士が浮かぶ。
ときめき、テンションがあがる存在だ。
「外出時には必ず連れて行ってくれ。我が家は敵も多い」
「わかりました」
今後は、こっそり出かけての食べ歩きはあきらめるしかない。
いっそ堂々と――そんなことを考えていると、クラウスの視線が庭園へ向けられているのに気づく。
自然と目線の先をクリスティアは追い、人の姿を見つけた。




