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更新遅くなりました!すみません。
この国では、貴族家同士の婚約は、両家の当主が印を押した書類を貴族院へ提出することで成立する。
一方婚姻は、教会の立ち会い人のもとで夫婦となる誓いを立て、祝福を受けることで認められた。
その後、教会から発行された婚姻証明書を貴族院へ提出するのが正式な流れだ。
ただし二人ともに成人していれば婚約をせずとも、教会の立会人さえいれば婚姻を結ぶこともできる。クリスティアとしては婚約を省略して即婚姻でもかまわないのだが、さすがに世間体を考えクラウスに提案するのを自重した。
社交界で悪意ある噂を流されそうだった。
欲望のままに動いて、公爵家に迷惑をかけてはいけない。
それでもアントンが求婚状に承諾の返書を送った翌々日にはクラウスが挨拶へ訪れる急展開で、ベラーニ家は大わらわになる。格上の公爵家当主を迎えるのだから当然だ。
本邸の使用人たちの努力で邸の体裁を整え、別邸の使用人たちの努力でクリスティアを磨き上げクラウスを迎えた。
久しぶりに目にした推しは麗しく、圧倒的な美にクリスティアがひれ伏し意識を逸らしていると、挨拶もそこそこにクラウスとアントンは婚約の書類を作成する。それをルドウィグ家の従者がすぐに提出に向かい、あっという間に婚約が成立した。
そしてクラウスからの提案で、公爵家に馴染み家政を学ぶため、クリスティアは準備ができ次第公爵邸で暮らすことに決まった。
怒濤の展開ではあったが、邸へ置いてもらうこと含め希望通りだ。
クラウスを拝みたくなる。祭壇を作りたい。
喜んで! すぐにでも! を上品に言い換えて伝えたので、にへにへと笑って幸せに浸る間もなく慌ただしく荷造りをして、クリスティアは颯爽とルドウィグ家へ向かう馬車へ乗り込んだ。
ベラーニ家のすべてを手放すにあたって心残りはないが、ジェイドと離れることに淋しさがないとは言えない。別れ際を思い出すと、ぎゅうぎゅうと抱きしめたくなる。
――姉様は幸せになるんですか?
――何かあればいつでも戻ってきてください。
真摯な眼差しと、そんな言葉をもらった。
だからこそ、伯爵家当主の座はジェイドに譲りたい。可愛いお嫁さんをもらってねと、念を送っておく。
一応見送りに姿を見せたサシャも、憂いが消えて安堵に胸を撫で下ろしているはずだ。
「そんなに嬉しいのか? クリスティア」
「もちろん! 推しと同居など最高すぎるっ」
レーテは当然の顔で同行する。愛らしい癒やしのシマエナガは、ペットの可否を確認し忘れたのでとりあえず置いてきた。
専属侍女のメリーは同行すると主張したが、様子を見て呼ぶからと説得した。
公爵家ともなると、使用人にもプライドが高い者も一定数いそうで何があるかわからない。姉のような存在のメリーに、肩身の狭い思いも苦労もかけたくなかった。
前公爵夫妻と顔合わせもしていない状況だ。
当主は俺だから、とクラウスが省略していた。
いずれ会う機会はあるはずで、『嫁とは認めん!』と、よくある姑とのバトル勃発となったらどうしようかと不安がよぎる。推しは愛でたいが、精神がごりごりと削られ、ストレスを溜めてまで居座りたいかといえば迷うところだ。
クリスティアが新生活に思いを馳せ、思考を巡らせていると馬車がゆっくりと車寄せへ滑り込む。
「レーテ様つきましたよ!」
「そうだな」
「今まで以上に話しかけるタイミング気をつけてくださいね」
推しの邸で、独り言をぶつぶつ言っているおかしな女だと思われたくない。事情を説明できないのだから、クラウスの耳に入り引かれると痛恨の極みだ。
「わかっている」
「約束ですよ」
「ああ」
馬車の停車で鼓動が逸るのを感じ、クリスティアは軽く深呼吸する。扉が開かれると、玄関前にはすでに何人もの使用人が整然と並んでいた。
「お帰りなさいませ、クリスティア様」
その言葉に、一瞬だけ足が止まる。以前は「ようこそ」と迎えられた場所だった。
今日からは、自分もこの家の住人になるのだと実感する。平静を装い静かに笑んで、なんとか返事をしたがクリスティアの脳内は色々忙しない。
「家令のロベルト・ポーケルと申します。本日よりお住まいになるにあたり、何かご不便がございましたらどうぞ遠慮なくお申し付けくださいませ」
先日のイケオジさんの名前判明! と、クリスティアはテンションがふわりと上がる。仲良くしたい。その気持ちを込めて、微笑んだ。
「ありがとうございます。これからお世話になります」
次いで執事長、侍女長――と主要な使用人の紹介を終えると、クリスティア付きの侍女の話になる。
まだ決まっていないらしい。
候補として選ばれた数名が順番にクリスティアに仕え、一定期間を経てから相性や働きぶりを考慮して正式に選ばれることになっていた。
(気遣いが素晴らしすぎる!)
さすが推しだと賞賛する。好き! とクリスティアは脳内で高らかに声を上げた。
「まずは邸内をご覧いただき、その後お部屋へご案内いたします」
三十代後半から四十代ほどの、落ち着いた物腰の侍女長の案内で邸内を見て回る。一階は来客を想定した公的な場だった。
二階が公爵家の生活空間で、立ち入れる使用人は限られていると説明を受ける。家族専用サロンや図書室、食堂などの他、クラウスの私室もあると知り、クリスティアは中を覗きたい衝動に駆られた。
いずれ機会があればちょっとくらい――なんて考えていと、三階へ続く階段付近に、騎士とわかる者が控えているのに気づく。
「三階は寝室などがある、ルドウィグ家ご一家の私的な居住区になっています」
立ち入りを許されているのは家族とごく一部の専属使用人のみで、他の者は許可なく上がることを禁じられていると説明された。
クリスティアに用意された部屋は二階にあった。
婚姻後、三階の公爵夫人の部屋へ移動するらしい。
「この公爵邸で、三階を含めてクリスティア様の立ち入れない場所はありません」
侍女長が微笑んで補足した。
(え、夜這いオッケーってこと?)
そうなるわねぇ、と脳内で悪魔が囁く。
けれど即座に天使が現れて、推しにはお触り厳禁でしょ! と告げた。
思考を逸らしていると、侍女長が扉の前で足を止める。
「こちらがクリスティア様のお部屋になります」
開けると、淡い色調でまとめられた上品な部屋が広がっていた。
大きな窓からは柔らかな陽射しが差し込み、その向こうには手入れの行き届いた庭園が見える。壁際には美しい装飾を施した鏡台が置かれ、中央には小さなテーブルと椅子が二脚、豪奢なソファもあり、奥には天蓋付きの寝台があった。
隣には衣装部屋まで備えられているらしい。
「後ほど、旦那様がお茶をご一緒したいと仰っていました。新しいお部屋にも慣れられた頃に、お迎えに上がります」
「ありがとうございます。ぜひご一緒させていただきます」
侍女長が下がると、途端に胸が騒がしくなる。
今日から暮らす場所になるのだと思うと、どこか不思議な気持ちになった。




