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几帳面さを窺わせる美しい文字を、クリスティアはうっとり眺める。クラウスへの思いの丈を綴り送った手紙への返事が届いてから、何度読み返したかわからない。
そこには夢や妄想、斜め上の解釈でもなく、事実として公爵邸へ招待する文面があった。
求婚した件については触れられていないが、クリスティアとしては充分だ。
「また見ているのか」
呆れの滲んだレーテの声に、意識が現実へ引き戻される。視線を上げると、声の印象そのままの表情があった。
何度も何度も便せんに綴られた文字を眺め表情を緩め、挙動不審な態度を取るクリスティアの心情をレーテは理解できないらしい。
「だって、嬉しいんですもの」
ファンレターは思いを伝える手段であり、受け止めてもらえれば充分で、前世では返事を期待して送っていなかった。
それなのにまさかの、返信だ。
差出人を見た瞬間動揺し、メリーが傍らにいたので表情を繕いクリスティアは歓喜した。
すぐに一人にしてもらい逸る気持ちで手紙を読んで、その内容に拳を握りしめた。
「実物に今から会いに行くのだろう」
「そうなの!」
妄想の中のクラウスではなく、実物に会える。
(あってよかった聖女の浄化の力!)
散々いらないと嘆いていたが、クリスティアはあっさり手のひらを返す。
ただルドウィグ家だけが特例であり、今も力は自分のためだけに使う決意は揺らいでいなかった。
(推しには苦しんでほしくないもの)
脳内の天使と悪魔も、今のところおとなしい。
「さあ、そろそろ行きましょうか」
手紙を丁寧に封筒へ戻し引き出しにしまうと、クリスティアは鏡の前で最終チェックをする。気が急いたせいで支度はかなり前に終えていて、一人にしてもらっていた。
こんなにも何かを待ち遠しいと思ったのは、いつ以来かわからない。
「レーテ様、私おかしくない?」
珍しく真剣に悩み選んだドレスは、彩度を抑えた上品なラベンダー色だ。
華美な装飾はないが、陽光を受けると淡い藤色に、影では銀のような光沢を感じる灰色へと表情を変える。ゆるく波打つ赤紫の髪を引き立て、伯爵令嬢としての品格を感じさせる装いのつもりだ。
「おかしくない。綺麗だ」
「本当に?」
「本当だ。先ほども確認しただろう?」
「クラウス様の視界に入るのだから、完璧でありたいの」
「大丈夫だ」
断言されたことで安堵し、クリスティアは自室を後にする。肩の辺りにレーテがふわふわと浮き、付き添っていた。
朝から快晴で青く澄み渡る空は、今日という日を祝福しているようにも見える。邸の正面には伯爵家の紋章を掲げた馬車が待機していて、クリスティアの姿を見つけると御者が一礼した。
「いつでも出発できます。お嬢様」
「ええ、参りましょう」
馬車に乗り込むとこれから会えるのだと実感が湧き、気分が浮き立つ。
流れる景色を眺めていても落ち着かない。服装髪型を乱したくなくて、人目がなくても寛ぐことはできなかった。
「レーテ様、もうすぐです」
「そうだな」
「心拍数がすごいことになってます」
「具合が悪いのか?」
「クラウス様に会えると思うと胸の奥がざわついて落ち着かないんです。情緒もおかしくなる」
やばいやばいと、叫びたくなるのをクリスティアは堪えている。誰かと共有して冷静になろうと心情を吐露しているが、レーテの反応は鈍かった。
「それは呪いの作用か?」
思いがけないことを言われ、クリスティアは驚く。
「違います! クラウス様の美しさによる必然的な作用です」
姿を思い浮かべるだけで、好き、という感情に胸が満たされる。拝んで崇めたい存在だ。
「よくわからないが、体調不良ではないのだな?」
「大丈夫です」
たぶん、と心の中でクリスティアは付け加える。倒れそうと思っても、実際に倒れることはないはずだ。
「レーテ様、私が理解できないことを呟いても聞き流してください。前世用語であり、大抵重要なことは言っていないので」
「わかった。気になるときには訊く」
「そうしてください。私もうまく説明できないときもありますけど」
感覚で使っている言葉たちもある。それを正しく伝える自信がなかった。
(女神を俗世に馴染ませすぎるのもよくない気がする)
なぜかふっと、ペンライトを振るレーテの姿が浮かぶ。
推し活仲間が増えるのは嬉しいが、女神としては解釈違いだ。威厳が感じられない。
今でさえ女神らしさをあまり感じられないのに、皆無になるのはよろしくない気がした。
「レーテ様、私の言動にあまり毒されないでくださいね」
「なんの話だ?」
「シャーランのような敬虔な信者ではないので、悪影響を心配しています」
脳内で甘言を囁く悪魔もいる。天使は押され気味だ。
クリスティアは真剣に言ったのに、レーテは笑う。
「心配はいらない。わたくしが女神であることは揺るがない」
「そうですか?」
「ああ」
立場が盤石ならばどんな女神でもいいのか? と疑問が浮かぶ。案外女神は好奇心旺盛で、クリスティアが妙な影響を与えないか心配だが、所詮他人事であり気にしないことにした。
レーテと話して気が紛れたのか、いつの間にか鼓動も落ち着いている。
それでもルドウィグ公爵家が見えてくると、クリスティアはまたそわそわと落ち着かなくなった。
ついに到着し、深呼吸を一度。それから平常心を唱えてから馬車から降りる。出迎えてくれた使用人に案内されて足を進めた先で扉が静かに開くと、一人の執事が優雅に一礼した。
年齢を感じさせる皺は刻まれているものの、背筋はぴんと真っすぐ伸び、服装には一片の乱れもない。長年この公爵家を支えてきたことが一目で伝わる、隙のない立ち居振る舞いだった。
「ようこそお越しくださいました、ベラーニ伯爵令嬢様。公爵家を代表し、心より歓迎申し上げます。当主も、ご到着を楽しみにしておいででした」
穏やかな微笑みとともに差し伸べられた言葉は、形式的な歓迎ではなく、客人への心からの敬意が感じられる。けれどそれ以上に、クリスティアは目の前の人にテンションが一気に上がった。
(イケオジだ! え、最高すぎるんですけど!)
あふれ出そうになる歓喜の感情を、ぐっと胸の奥に押し込む。
念願の公爵邸へ足を踏み入れすぐに、不審者として追い出されるわけにはいかない。表情を崩さないよう気を付けながら、クリスティアは淑女の礼を返した。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
普段通りの声で挨拶したものの、鼓動は騒いでいる。色々な感情が混ざり合い、クリスティアの心は落ち着かなかった。




