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人生三度目聖女はグレました!?  作者: 美依


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 行く前は憂鬱でしかなかった夜会は、終わってみればクリスティアの胸は多幸感で満たされている。まるでふわふわとした雲の上を歩く足取りで帰宅した。


 ぼんやりしていても、メリーにより寝る支度が調えられる。夢見心地でベッドに入り目を閉じると、自然とクラウスの美貌が浮かんだ。


 耳に心地よく響く声も最高だったと、クリスティアは抱えた枕に顔を埋めてジタバタする。推しに出会った興奮は、簡単には冷めない。


 何度もクラウスとのやりとりを反芻し、ベッドの上をゴロゴロと転がる。似合う服装を思い浮かべたり、ツンやデレを妄想したりしながら暴れているうちに、クリスティアはいつの間にか寝落ちていた。


 寝付きが悪かったせいで見事に寝坊して、メリーに起こされる。もう少し寝たいところだったが、今日はアントンが領地に帰る日なので朝食は本邸だった。


 急ぎ支度して、クリスティアは朝食の席につく。

 挨拶の後は、運ばれてくる料理を黙々と口に運ぶだけだ。今更気まずさも感じない。


(今日もジェイドが可愛い!)


 わしゃわしゃと頭を撫でたくなる。父親がいることで嬉しさの滲む表情も微笑ましい。三人で完成される、和やかな家族の食事風景をクリスティアは眺めた。


(お父様、まだ居ればいいのに)


 滞在期間を延ばして、ジェイドとの時間をもう少し取ってもいいのにと思うが、本邸にいないクリスティアが知らない父と息子の交流があるのかもしれない。


 サシャの手前、余計なことは言わないに限る。何が地雷かがわからない。


 幸いなことに、今のサシャはクリスティアに無関心だ。その平穏を、自らの失言で乱す真似はしたくなかった。


 食事を終えると、アントンは早々に出立する。身体に気をつけてと伝え合い見送って、クリスティアはそそくさと離れに戻った。


 自室のソファに身体を預け一息ついて、昨夜求婚したことを思い出す。

 一晩経って冷静になったせいか、クリスティアは頭を抱えたくなった。


 プロポーズ自体は後悔していない。

 クラウスに不審者と思われるのもまだ受け入れられる。ただ迷惑な女だ、と思われて、呪いの解呪さえ拒否されたら困ると、クリスティアに焦りが滲んだ。


(どうしようクラウス様を困らせた?)


 本来推しは、縁の下から支えるべき存在だ。

 お飾りでも伴侶の座におさまろうなど、おこがましい考えだったかもしれない。


 けれど本能のままに求婚してしまったのだから、今更だった。


 クリスティア脳内に、天使と悪魔がぽんぽんと現れる。


 シャーランの姿の天使は『求婚を取り消し解呪だけした方がいいのでは?』と助言して、祐理の姿の悪魔が『元々結婚する気がないんだから、解呪の対価にお飾りの妻くらい許されるでしょ』と甘く囁く。


 悩み悩んで、とりあえず昨夜の唐突な行動の謝罪兼ファンレターを、クリスティアはクラウスに送ることにする。早速行動に移し、まずは便せんと封筒に悩む。印象は良くしたい。


 決めて書き始めれば、うっかり何枚にも渡って想いを綴りそうになってしまいボツにして、ほどほどに抑えて完成させた。


 夜中に書いたラブレターではないので、内容も大丈夫なはずだ。

 封をして、クリスティアはメリーに託す。


 昨夜すでに賽は投げられている。後はクラウスの出方次第とした。


 やりきった気持ちでお茶を飲んでいると、レーテが姿を見せる。気ままな女神は、馬車で別れてから不在だった。


 教会に行っていたのかもしれない。依り代のシマエナガは鳥籠の中で寛いでいた。


「機嫌が良さそうだな、クリスティア」

「昨日の夜会で、ルドウィグ公爵様に会ったんです」

「おお、会えたのか」

「はい。あまりの麗しさに、求婚してしまいました」

「それは急展開だな。受けてもらえたのか?」

「保留?」


 答えたところで、ノックが響く。

 メリーだった。


「お嬢様、本邸の方にお客様がいらしています」

「私に?」


 ぱっと思いつかない。

 今世では大抵先に約束をかわすのが常識だ。


「バロン男爵家のお二人です」

「……そう」


 ベラーニ家の乗っ取りを企む叔父といとこだ。


「相変わらず無作法者ね」

「お嬢様が来るまで待つと居座っているようです」


 はあ、と深いため息がクリスティアはこぼれる。

 会いたくない。面倒くさい。無視したい。けれど居座った二人がジェイドに絡むなど許せなかった。


「行きます」


 仕方なく、クリスティアは本邸へ足を運ぶ。

 アントンがまだ滞在していると、押しかけて来たのかもしれない。


(久しぶりに私が夜会に参加したから、出逢いがあるかもと焦った?)


 いとこのジョセフはクリスティアと同じ歳で、バロン男爵家の次男だ。


 どこかに婿に入らなければ平民となるので必死なのもあるだろうが、相手選びを間違えている。


「おお、クリスティア。久しぶりだな」


 応接室に入ると、叔父が立ち上がり迎えた。


 会うのはしばらくぶりではあるが、いつの間にか髪が心許なくなっている。若々しいアントンの、弟とは思えない。歳の離れた兄ならば、なんとなく納得できる感じだ。


「叔父様、突然のご訪問で驚きましたわ。せっかくお越しいただきましたが、本日あまり時間を取れそうにありません」


 打たれ強さに辟易しているので、クリスティアは迷惑だ、と遠慮なく告げた。


「まあ、そう言わず。今後を考えたらジョセフと親交を深めた方がいいだろう?」


 毎回さりげなく嫌味を混ぜているのに、まったく効果がない。

 わかっていて無視しているのか、伝わっていないのか、最近後者である気がしていた。


「なぜですか?」

「クリスティアは体が弱いのもあって、婿探しが難航をしているんじゃないのか?」

「ご心配は不要です」


 健康体、むしろ病気とは無縁だ。

 今もレーテがふよふよと肩の辺りで浮いている。聖女の癒やしの力は自身に使えないが、緊急性の高い体調不良となれば、すぐさま教皇を呼んで来そうだ。


 毎回寿命を全うできないのは外的要因だった。

 自らの利になることしか考えていないクズな夫を迎えたら、今世も早々に殺される気がした。


「昨夜兄に、クリスティアの婿選びは本人に任せると言われたよ。だから、ジョセフを選ぶと伝えてくれればと――」

「お断りします」


 最後まで言わせず、クリスティアは否を突きつける。


 なぜ容姿すら好みではない、クズ思考の男を選ばなければいけない。乗っ取りを企む男を伴侶に迎えるなど、三度目の人生は罰ゲームだ。


「いつまでも婿が見付からなかったらベラーニ家も困るだろう? 早く婚約者を定めた方がいい」


 一瞬、叔父は眉根を寄せるがすぐに笑顔を見せる。むしろ隣に座るジョセフの方が、あらかさまに顔を歪めていた。


「なぜ、ベラーニ家のことに叔父様から指示をされなければいけないのですか?」

「俺はクリスティアの将来を思って」

「私のことよりも、ジョセフの方を心配された方がいいのでは? 早く婿入り先を探さないとなくなりますよ」


 縁を結ぶメリットのない男爵家なので、すでにもう遅い気がする。兄の方は現実を見ていて常識あるのに、ジョセフは学園の成績含めて色々残念だった。


「だからクリスティアの婿に――」

「はっきり言わないとわからないんですか? 婿にはいらない、と言っているんです。これは拒絶です」


 いい加減鬱陶しくなり、クリスティアは直球をぶつける。我慢の限界だった。

 ジェイドに余計なことを言って、しょげさせた恨みもある。


「俺が婿に入ってやると言っているんだありがたく思え!」


 激高したジョセフが、声を荒らげた。

 それに叔父も頷いているあたり、本当にこの二人は愚かだ。


「入ってやる、ですか」


 ふっと、クリスティアは鼻で笑う。


「ジョセフ男爵令息」

「なんだ」


 男爵、を強調したのに、嫌味すら通じない。


「叔父様は伯爵である父の弟ですが、今は男爵家の婿でしかありません」


 当主ではない。婿だ。

 独断で行動しているのか、当主である夫人が黙認しているのかは知らない。


「あなたは嫡男でもない男爵令息で、私は伯爵家の長女。身分の差があることをお忘れですね」


 表情を消し、クリスティアは冷えた眼差しを二人へ向けた。


「仮に、私が婿を迎えられなくても困りません。この家にはジェイドがいるので。ご理解いただけたら、どうぞお引き取りください」


 もう二度と来るな、と心の中で念じて席を立つ。 


「それではごきげんよう」


 これ以上は付き合っていられないので、クリスティアは応接室を後にした。


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