無垢衣
「いえ、この衣装はあなた用ではありません」
仕立ての声は、ミシンの音の合間を縫うように静かに響いた。
綾戸が踏み込もうとした瞬間、床の糸が一斉に跳ねる。教室に並ぶミシン台の脚、天井から垂れた型紙の裏、古びた作業椅子の影、壁際のトルソーの足元。そこに潜んでいた無数の糸が、待っていたかのように綾戸の四肢へ走った。
一本一本は髪よりも細い。だが、その数が尋常ではなかった。手首に絡み、肘を押さえ、肩の回転を奪い、膝裏を縫い止め、足首の踏み込みを殺す。糸はただ縛るのではない。綾戸が綴桴を振るうために必要な可動域だけを、正確に潰していく。
「っ……!」
綾戸は綴桴を握ったまま腕を振ろうとした。だが、肘から先が途中で止まる。強引に力を込めれば糸は切れそうにも見えたが、その直前で別の糸が肩甲骨の動きを縫い止め、足元では曵奈の影ごと床へ押さえ込むように黒い線が絡みついた。
「綾戸、無理に動かないで。これ、こっちの動き方を読んでる。雑に引っ張ったら、あんたの関節から持っていかれる」
曵奈の声には、珍しく焦りがあった。
綾戸は奥歯を噛みしめる。仕立てはそれを眺め、少しだけ満足げに目を細めた。
「あなたは測りやすい。怒りの方向がまっすぐで、踏み込みにも迷いがない。よい意味でも、悪い意味でも、綺麗な直線です」
「褒めてるつもりなら、趣味が悪いな」
「褒めていますよ。ですが、今回必要なのはあなたではありません」
仕立ての視線が、綾戸の肩越しに鈴へ向く。
「彼女に着ていただきます」
白い衣が、トルソーから浮いた。
それは布が落ちる動きではなかった。生き物が水面から身を起こすように、袖がゆっくりと持ち上がり、襟が開き、裾が床へ触れないまま滑り出す。白無垢に似たその衣は、光を受けて淡く輝いている。だが、輝きは温かくない。古い教室の蛍光灯と、糸の震えと、怪異の残滓を吸い込んだ、冷たい白だった。
鈴は一歩退いた。
巡煙簫を唇へ当て、低い音を吹く。白銀の煙が彼女の前に広がり、迫る白い袖を押し返そうとする。煙はいつも通り柔らかく、けれど芯を持って流れた。これまで幾度も怪異を攪乱し、仲間を隠し、道を開いてきた煙だった。
しかし、白い袖は止まらなかった。
煙に触れた瞬間、袖の内側がわずかに開き、吸い込むように白銀を飲む。鈴の煙は衣の中へ引き込まれ、裏地の見えない暗がりへ消えていった。鈴の眉がわずかに動く。
「私の煙を……」
「拒まないでください。あなたの輪郭に合わせてあります。抵抗すればするほど、寸法が確かになります」
仕立ては穏やかに言った。
鈴は袖の内から夢縫い師の鋏を取り出し、近づいてきた白布の端へ刃を当てる。切るためではない。ほどくための鋏。彼女は教えられた通り、糸の結び目を探った。だが、白い布は単純な縫い目で動いているわけではなかった。
布は鈴の肩へ向かう。
まるで、最初からそこへ落ちることを決められていたように。
「鈴、下がれ!」
綾戸が叫ぶ。だが、叫んだところで体は動かない。曵奈の影が糸を噛み破ろうと広がるが、仕立ての糸はコートの裾を“衣の一部”として扱うように縫い止めてくる。広がろうとするたび、裾が床へ引き戻された。
竜胆が拳銃を構える。
「撃つぞ」
「やめろ、竜胆!」
綾戸の声が飛ぶ。
「あれを雑に壊したら、中の怪異が鈴に流れ込む」
竜胆は歯を噛み、銃口をわずかに下げた。撃てるものがあるのに撃てない。それは彼にとっても、ひどく苦い判断だった。
こんが狐火を放つ。青白い火が白布の袖を横から舐めるように走った。だが炎は表面で滑り、布を燃やすどころか、赤い影だけを一瞬浮かび上がらせて消えた。
「こやつ、火を拒んだか。赤マントの残滓が表に出ておる」
「ええ。拒絶の機能を表地に織り込んであります」
仕立ては、教師が学生の作品を説明するような口調で言った。
「袖には掴むもの。裾には追うもの。襟には映すもの。裏には空洞を抱くもの。そして、それらを解けないように留めるための下地を少々。まだ粗い部分はありますが、鈴さんに合わせれば十分に馴染む」
「馴染ませるな」
綾戸の声は低かった。
その声に、鈴が一瞬だけ振り返る。彼女の目には恐怖があった。だが、それだけではない。自分が狙われていることへの怒りと、それでも折れまいとする静かな意志が残っている。
「綾戸様。私は、大丈夫です」
鈴はそう言って、もう一度鋏を握った。
「大丈夫な顔じゃねぇだろ」
「それでも、私がここで自分を手放せば、この衣に正しい寸法を与えてしまいます。だから、まだ渡しません」
鈴の声は震えていた。けれど、言葉は折れていなかった。
白い袖が、彼女の肩に落ちる。
その瞬間、鈴の呼吸が乱れた。
苦しそうに、喉の奥で細い息が漏れる。白布は彼女の体を包んだだけではない。鈴という存在の外側へ、別の輪郭を重ねようとしていた。煙が乱れ、巡煙簫の音が不安定になる。白い襟が喉元へ沿い、袖が腕を覆い、裾が足元へ広がっていく。
痛ましかった。
それなのに、目を奪われるほど美しかった。
白は鈴の肌の淡さとよく馴染み、長い袖は彼女の細い腕を隠し、襟元は息苦しいほど整っている。床に触れない裾は、霧の上に浮かぶ花嫁衣装のように静かに広がった。白銀の煙は布の隙間からこぼれ、衣の周囲で薄い光を帯びる。鈴の髪が白い布に映え、苦しげに伏せられた睫毛が、教室の冷たい灯りを受けて影を落とした。
姿だけなら、息を呑むほど美しい。
だが、それは鈴が望んだ美しさではない。
誰かが、鈴の痛みを無視して整えた形だった。
「やはり」
仕立ては、恍惚に近い静けさで呟いた。
「寸法は合っていました。想像以上です。外から縫い留めずとも、あなたの輪郭が衣を受け止めている。美しい。非常に、美しい」
鈴は答えようとしたが、言葉にならなかった。白い襟が喉元へわずかに食い込み、彼女は苦しげに息を吸う。夢縫い師の鋏を持つ手が震え、その指先を白い袖が包み込もうとした。
綾戸の中で、何かが切れかけた。
「仕立て」
名前を呼ぶ声が、自分でも驚くほど冷えていた。
「その目で鈴を見るな」
「難しい注文ですね。これほどの仕上がりを前に、目を逸らせという方が無理です」
仕立てが指を軽く動かす。
綾戸を縛っていた糸のうち、右腕と左足のいくつかが緩んだ。
完全に解いたわけではない。だが、戦うには十分なだけの隙が与えられる。
綾戸はすぐに理解した。
仕立ては自分を解放したのではない。
鈴と戦わせるために、動ける余地を残したのだ。
「壊してはいけませんよ」
仕立ては微笑む。
「中身は、あなた方の大切な鈴です」
白無垢をまとった鈴が、ゆっくりと顔を上げた。
目は鈴のものだった。
苦しげで、抵抗していて、こちらへ何かを伝えようとしている。だが、足が一歩前へ出る。その動きは鈴のものではなかった。白い裾が床を滑り、濡れた足音が背後から響く。正面にいるはずの鈴の気配が、一瞬だけ綾戸の後ろへ回り込んだ。
「綾戸、後ろ!」
曵奈が叫ぶ。
綾戸は糸で制限された足を無理やり引き、背後から伸びた白い袖を綴桴で受けた。袖の内側から黒い手のような模様が浮き、綾戸の手首を掴もうとする。曵奈の影がそれを噛み止め、黒と白が床の上で軋んだ。
その瞬間、鈴が短く息を呑んだ。
「……っ」
綾戸の手首に走った痛みが、鈴の表情を歪ませていた。
綾戸は気づくのが一拍遅れた。袖に掴まれたのは自分だ。軋んだのは自分の骨だ。だが、同じ痛みが、白無垢の内側にいる鈴にも流れ込んでいる。仕立てが鈴の輪郭に合わせて衣を作ったせいで、衣が受けた負荷も、衣が与えた衝撃も、鈴の内側へ返っていた。
「……おい」
綾戸の声が低くなる。
仕立ては、わずかに目を細めた。
「適合が深い証拠です。衣と着用者の境界が、よく馴染んでいる」
「ふざけんな」
「ふざけてはいません。むしろ、たいへん良い状態です。痛みまで通るなら、拒絶も反応もすべて記録できます」
鈴が白い袖の奥で唇を噛む。苦しそうに喘ぎながらも、彼女は綾戸から目を逸らさなかった。
「綾戸様……避けてください。私のことは、今は考えずに」
「考えないわけあるか」
「でも、このままだと、綾戸様が傷つくたびに、私も……」
言葉の途中で、白い袖が動いた。
鈴の意思ではない。衣が、彼女の腕を借りて綾戸へ伸びる。綾戸は反射的に綴桴を構えかけたが、直前で止めた。ここで強く打てば、鈴にも返る。
その逡巡を、仕立ては逃さなかった。
白い袖が綾戸の肩を打つ。
鈍い衝撃が骨へ入り、綾戸の体が横へ流れた。同時に、鈴が膝を折りかける。肩を押さえることもできず、白い袖に祈るような姿勢へ戻されながら、彼女は喉の奥で痛みを噛み殺した。
「……鈴!」
「大丈夫、です。まだ、声は出ます。まだ、私は……私です」
その言葉が、綾戸をさらに追い詰めた。
鈴は折れていない。だが、折れていないからこそ、痛みを全部受けている。衣の内側で、自分の体が勝手に綾戸を傷つけ、その痛みが自分へも返ってくる。その理不尽を理解しながら、それでも鈴は自分を手放さないでいる。
綾戸は踏み込めなかった。
踏み込めば鈴が痛む。
避ければ鈴が綾戸を傷つける。
受ければ鈴も痛む。
赤い布の残滓が、視界の端でちらつく。
選べ。
どちらを傷つける。
選べ。
どちらの痛みを見捨てる。
「答えを選ばせるのが好きな連中ばっかりだな。それが嫌で、社畜やめたってのによ」
綾戸は吐き捨てるように言ったが、声には余裕がなかった。
選べ。
その言葉には、覚えがありすぎた。
白い布の向こうで、昔の会議室の蛍光灯が一瞬だけ重なった。湿ったスーツの匂い。冷めた缶コーヒー。終電の時刻だけを気にしながら、誰も怒鳴らない部屋で、ただ静かに選べと言われる。残るか、見捨てるか。飲み込むか、辞めるか。どちらを選んでも、最後には自分の責任になる。
そういう場所から抜け出したはずだった。
なのに今、目の前で鈴が同じ檻の中に立たされている。
「……悪い、鈴」
綾戸は、喉の奥で絞るように言った。
「俺、今ちょっと、どうすりゃいいか分かんねぇ」
鈴の目が揺れた。
白無垢の奥で、彼女は苦しげに息を吸う。襟に喉を押さえられ、袖に腕を整えられ、それでも言葉を探していた。
「謝らないでください」
声は掠れていた。
「綾戸様が迷うのは、私を物として見ていないからです。だから、謝らないでください。私は、それが……嬉しいのに、今は、その優しさがあなたを傷つけてしまう」
鈴の眉が痛みに歪む。
「それが、こんなに苦しい」
次の袖が来る。今度は速い。白い布が空中で折れ、黒い手の模様を内側に浮かべながら綾戸の腹へ滑り込む。綾戸は受け流そうとした。だが糸が足首を引き、半歩遅れる。
衝撃が入った。
肺から息が抜け、視界が一瞬白くなる。綾戸の体が作業台へ叩きつけられ、古い裁断板が軋んだ。
同時に、鈴が悲鳴を押し殺した。
「やめて……」
それは仕立てへ向けた言葉だったのか、衣へ向けたものだったのか、自分自身へ向けたものだったのか、鈴にも分かっていないようだった。
「私の体で、綾戸様を傷つけないで。私の煙で、綾戸様の逃げ道を塞がないで。お願いです。私の形を、そんなことに使わないでください」
白無垢は答えない。
ただ、鈴の祈りを姿勢として整えるだけだった。
襟が揺れ、鈴の喉から細い息が漏れる。彼女は痛みに耐えようとしているのに、衣はその姿勢すら整え、膝をつくことを許さない。苦痛を抱えたまま、ただ美しく立たされている。
綾戸は作業台に片手をつき、立ち上がろうとした。
「鈴。聞け。お前のせいじゃない」
「でも、私が動いています」
「違う」
「私の声で、私の煙で、私の手で、綾戸様が傷ついています。違うと言っていただいても、痛みは、私にも返ってくる。私が傷つけたって、体が覚えてしまうんです」
鈴の声が、そこで初めて崩れた。
「私は、あなたを守りたかったのに」
綾戸は歯を食いしばった。
その一言は、殴られるより効いた。
守りたい相手に傷つけられることより、その相手が自分を傷つけたと思い込まされていることの方が、ずっときつい。
「鈴」
綾戸は綴桴を握り直したが、腕はまだ思うように動かない。
「俺を見ろ。衣じゃなくて、俺を見ろ」
鈴は苦しげに顔を上げた。
白無垢は彼女を祈るような姿に整えたまま、視線だけは奪いきれていない。
「俺はまだ立ってる。お前もまだそこにいる。だったら終わってねぇ」
「……終わっていないのに」
鈴は、小さく首を振ろうとした。けれど襟がそれを許さず、わずかな震えだけが白布に伝わった。
「もう、終わった形にされていくんです。綺麗に、静かに、何も間違っていないみたいに」
仕立てが満足げに目を細める。
「ええ。痛みは乱れですが、乱れすら整えれば美しさになります。悲鳴を祈りに、抵抗を所作に、苦痛を輪郭に変える。それが仕立てです」
「黙れ」
綾戸の声は低く、震えていた。
怒りだけではない。焦りと、恐怖と、鈴へ届かない距離への苛立ちが混じっている。
「お前が整えてるのは美しさじゃねぇ。壊れそうな奴に、壊れてない顔をさせてるだけだ」
白い衣は、鈴が崩れることを許さなかった。膝が折れかければ裾が支え、肩が震えれば袖が整え、喉から漏れた苦痛の息さえ、祈る前の吐息のように見せかけてしまう。
痛みを抱えたままでも、鈴は美しく立たされる。
その美しさは、鈴のものではない。
壊れそうなものに、壊れていない顔をさせるための美しさだった。
竜胆は、それを見ていた。
拳銃を握る指に力が入る。撃てば鈴へ返る。踏み込めば罠にかかる。理屈では分かっていた。だが、綾戸が立ち上がるたびに傷つき、鈴がその痛みを受けて声を殺す。その繰り返しを、これ以上見ていることはできなかった。
竜胆が動いた。
「もういい。下がれ、綾戸」
彼は拳銃を構えたまま、二人の間へ踏み込んだ。無謀だった。怪異相手に銃で割り込むには、相手が悪すぎる。だが、これ以上綾戸と鈴が互いに傷つくのを見ているだけではいられなかったのだろう。
「竜胆、来るな!」
綾戸の制止より早く、白無垢の裾が動いた。
濡れた足音が、竜胆の背後で鳴る。白い袖が正面から来るのではない。背後の気配を作り、反応した一瞬を狙って、横から黒い手の模様が伸びる。
竜胆は振り向きざまに撃った。
銃声が教室を裂く。
弾丸は白い袖の端をかすめた。だが、そこに入った衝撃はそのまま鈴へ返る。鈴が息を詰まらせる。
「くそっ」
竜胆の顔が歪んだ。
その隙に、床の糸が跳ねた。竜胆の足首を取る。白い袖が彼の胸元へ伸びる。警察官として訓練された反応で身を引こうとするが、怪異の糸は人間の足捌きより早かった。
「竜胆さん!」
奏灯が前へ出た。
着ぐるみの丸い体が、竜胆の前に滑り込む。戦闘力はない。だが、その着ぐるみには守りの術がある。白い袖が奏灯に触れた瞬間、柔らかな結界が膨らみ、布の圧を受け止めた。
鈍い音がした。
奏灯の小さな体が後ろへ押され、竜胆にぶつかる。それでも彼は倒れなかった。丸い手を広げ、竜胆を庇うように立つ。
「無茶をするな」
竜胆が低く言った。
「それ、竜胆さんも同じ」
奏灯の声は震えていた。だが、彼は白無垢を見ていた。
「……待って」
その声が、戦闘の音の中で妙にはっきり響いた。
「今、触れた。これ……知ってる」
白い袖が奏灯の結界に押し返される。その一瞬、袖の裏がめくれた。
白の下に、黒があった。
影ではない。煤だった。
熱を失いきっていない、ざらついた黒。燃えたものが、それでもまだ消えずに布の裏へ擦り込まれている。その気配が、奏灯の結界に触れたことでかすかに震えた。
奏灯は胸元を押さえる。
「前にも、触れたことがある。熱くて、ざらざらして、捨てられてもまだ残ってるみたいな気配」
白無垢の裾が揺れる。
黒い煤が、縫い目に沿って細い筋になって浮いた。
「残火さん……?」
仕立ての顔から、笑みが消えた。
初めてだった。
余裕でも、観察でも、美意識でもない。不快感が、はっきりとその目に浮かんだ。
「余計な煤が、まだ残っていましたか」
綾戸はその言葉を聞き逃さなかった。
残火。
煤の男。
曵奈を使役し、奏灯に執着し、既に倒されたはずの怪貨連の男。その残滓を、仕立ては下地として使っている。
白い無垢衣の上を、黒い線が走る。
それは汚れではない。
縫い目だった。
いままで見えなかった接続が、煤によって浮かび上がっている。赤い布と黒い手を繋ぐ線。裾の足音を襟元の鏡へ繋ぐ線。鈴の煙を衣の内側へ吸い込む線。複数の怪異を無理やり一着にまとめている、仕立ての手つきそのものが、黒い煤によって暴かれていた。
綾戸は息を吸った。
壊せない。
だが、ほどける。
「鈴」
綾戸は綴桴を握り直す。
「まだ持つか」
白い襟に喉元を押さえられながら、鈴が顔を上げた。苦しそうだった。今にも膝をつきそうだった。それでも、その目はまだ鈴のものだった。
「……ええ」
鈴は、息を整えようとしながら答えた。
「まだ、私は私です」
その返事を聞いた瞬間、綾戸の中で迷いが消えた。
次は間に合わせる。
壊すのではない。
この白を、ほどく。
ミシンの音が、教室中でさらに速く鳴り始めた。仕立てが、煤の浮いた縫い目を隠すように糸を走らせる。白無垢が鈴の体を再び包み込み、黒い筋を覆い隠そうとする。
だが、もう見えた。
白の下にある黒を。
綾戸は、糸に縛られた腕を無理やり引き上げた。
綴桴の先が、黒く浮かんだ一本の縫い目へ向く。
「仕立て」
綾戸は低く言った。
「お前の白、汚れてんぞ」
仕立ての目が、冷たく細められた。




