第9話 貴族はプリンに勝てない
王都進出。
二号店。
チェーン展開。
そんな単語が飛び交った翌日。
俺は厨房で卵を見つめていた。
「……あるな」
卵。
牛乳。
砂糖。
最低限の材料は揃っている。
つまり。
「プリン、作れるんじゃ?」
思いついてしまった。
そして一度思いつくと、試したくなる。
王 料理人の性である。
「店主、何してるんですか?」
リリアが覗き込んできた。
「新作」
「またですか」
「またです」
最近、新メニューを出すたび騒ぎになる。
だが。
甘味は強い。
特に異世界は、まだ菓子文化が弱い気がする。
だからこそ。
「これは絶対ウケる」
俺は小鍋へ牛乳を注いだ。
砂糖を加える。
卵を混ぜる。
焦がした砂糖――カラメルも用意。
ぷるり、と揺れる黄色いそれを見て、少しテンションが上がった。
「できた」
「……なんですか、それ」
リリアが真顔になる。
「柔らかそうです」
「プリン」
「ぷりん」
異世界には当然ない単語だった。
俺はスプーンを渡す。
「食ってみ」
リリアは恐る恐る一口食べた。
そして。
固まった。
「……」
「どうだ?」
「……ずるいです」
「なんで?」
「こんなの、美味しいに決まってます」
気に入ったらしい。
そのまま二口、三口と食べ進める。
「甘い……柔らかい……幸せです……」
「感想が素直だな」
すると。
カラン、と扉が開く。
「こんにちは」
アリシアだった。
最近、本当に来店頻度が高い。
もう常連では?
「いらっしゃい」
「今日は、また新しい香りがしますね」
「ちょうど試作してた」
そう言うと、アリシアの視線がプリンへ向いた。
「……これは?」
「デザート」
「でざーと?」
やっぱり概念自体が薄いらしい。
「食後に食べる甘いもの」
「そんな文化があるのですか?」
「ある」
前世では。
俺は新しくプリンを皿へ乗せ、彼女の前に置いた。
「どうぞ」
「いただきます」
アリシアは上品にスプーンを入れる。
ぷるり、と揺れた。
一口。
そして。
「……っ!」
目が見開かれる。
いつもの優雅モードが崩壊した。
「な、なんですかこれは……!」
「プリン」
「柔らかい……甘い……消える……!」
語彙が減っている。
リリアが隣で頷いた。
「分かります」
「分かるの!?」
二人とも真顔だった。
すると。
周囲の客たちがざわつき始める。
「なんだあれ……」
「新しい料理か?」
「黄色い……」
「また賢者様が何か作ったぞ……!」
「その認識やめない?」
だが、もう遅かった。
「店主! 俺にもくれ!」
「こっちも!」
「甘い物だって!?」
あっという間に注文が飛ぶ。
しまった。
完全に見つかった。
「いや待て、まだ試作――」
「追加で十個お願いします」
「アリシア様!?」
侯爵令嬢が即注文していた。
しかも真顔。
「これを食べた後では、もう普通のお茶会に戻れません」
「そんなレベル?」
「はい」
断言された。
さらに。
「王都の貴族令嬢たちは、間違いなく夢中になります」
「また王都かぁ……」
最近ずっとそれだ。
するとアリシアは、ふっと微笑む。
「特に、“甘い物は太るから控えなさい”と言われ続けている令嬢ほど」
「リアルな話やめて」
でも、ちょっと説得力があった。
その時。
レオンが店へ入ってきた。
王都商人である。
そして。
彼はプリンを見た瞬間、止まった。
「……店主殿」
「はい?」
「また世界を変える気ですか?」
「変えてないんだよなぁ」
しかし。
レオンは一口食べた瞬間、額を押さえた。
「終わった……」
「え?」
「王都の菓子市場が終わりました……」
「そこまで!?」
だが彼は本気だった。
「これを貴族女性に出したら、全員落ちます」
「物騒な言い方するな」
「しかも量産可能……保存もある程度効く……」
レオンの目が完全に商人になっている。
「まずい……これはまずい……」
「何が?」
「利益が出すぎます」
「知らんがな」
すると。
周囲の客たちが口々に言った。
「黒薬に続く第二の秘宝か……」
「いや甘味だから白魔法系では?」
「賢者様、今度は精神回復薬を……」
「プリンだよ!?」
なぜ異世界人は、すぐ効能付きアイテム扱いするのか。
だが。
プリンを食べた客たちの顔は、皆幸せそうだった。
笑っている。
和んでいる。
それを見て。
俺は少しだけ思った。
……まあ。
こういう顔が増えるなら、悪くないかもしれない。




