第8話 王都から来た商人
翌朝。
店を開けると、見慣れない男がカウンターに座っていた。
黒い髪を後ろで束ねた、細身の男。
年齢は三十代くらいだろうか。
高級そうな服を着ているが、貴族っぽさはない。
その代わり。
目が妙に鋭かった。
商売人の目だ。
「……いらっしゃい」
「初めまして、店主殿」
男はにこやかに頭を下げる。
「私はレオン。王都で商会を営んでおります」
「王都」
嫌な単語が出てきた。
最近、王都絡みで碌な予感がしない。
するとレオンは、カウンターへ金貨を一枚置いた。
ごとり。
重い音。
「まずは、噂の黒薬を」
「高すぎる高すぎる」
俺は慌てて金貨を押し返した。
「普通に銅貨でいいから」
「おお……」
なぜかレオンが感動していた。
「本当に噂通りだ」
「何が?」
「金に執着しない賢者」
「違います」
最近、否定が挨拶みたいになってきた。
俺はため息をつきながらコーヒーを淹れる。
湯を注ぐ。
香りが広がる。
するとレオンの目が細くなった。
「……なるほど」
「?」
「この香りだけで、人を呼べる」
商人らしい感想だった。
やがて、カップを差し出す。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
レオンはゆっくり口をつけた。
数秒後。
彼の表情が変わる。
「……これは」
驚き。
計算。
興奮。
色んな感情が、一瞬で目に浮かんだ。
あ、この人。
完全に商売の顔になった。
「店主殿」
「はい?」
「この飲み物、王都で扱う気はありませんか?」
「来たよ」
思わず天井を見た。
予想通りすぎる。
すると、近くで聞いていたリリアが小声で言う。
「店主、顔が死んでます」
「面倒事の匂いしかしない……」
だがレオンは真剣だった。
「これは間違いなく流行ります」
「いやまあ、そうかもしれないけど」
「いえ、“かもしれない”ではありません」
彼は断言した。
「貴族は流行を欲しがる」
「商人は利益を欲しがる」
「冒険者は覚醒効果を欲しがる」
「その言い方やめて」
覚醒効果ではない。
ただのカフェインだ。
しかしレオンは止まらない。
「しかも、この店には“物語”があります」
「物語?」
「騎士団を救った黒薬」
「孤児に食事を与える賢者」
「侯爵令嬢が通う店」
「なんでそんな情報まで広まってるの?」
怖い。
情報伝達速度が怖い。
するとレオンは静かに笑った。
「人は、“特別な物語”に金を払うのです」
商人っぽいこと言ってる。
いや実際商人なんだけど。
「だからこそ、王都へ出すべきです」
「いやぁ……」
俺は正直、乗り気ではなかった。
静かに暮らしたい。
その気持ちは今も変わらない。
だが。
「王都かぁ……」
少しだけ興味もあった。
この世界最大の都市。
どんな場所なんだろう。
どんな食べ物があるんだろう。
どんな文化があるんだろう。
考えていると。
隣でアリシアが、ふっと笑った。
「少し興味が出ていますね?」
「顔に出てた?」
「ええ、かなり」
しまった。
するとレオンが畳み掛けるように言う。
「もちろん、すぐに決めろとは言いません」
「……」
「ですが王都には、店主殿の店を必要とする人間が大勢います」
「必要って、大げさじゃ」
「いいえ」
レオンは真顔だった。
「疲れ切った貴族も」
「眠れない騎士も」
「居場所を失った人間も」
「……」
「この店の空気を求めるでしょう」
その言葉に。
少しだけ、店内が静かになる。
俺は周囲を見た。
談笑する冒険者。
笑っている騎士。
リリアと話している孤児の少女。
この店は、いつの間にか“居場所”みたいになっていた。
……いや。
そんな大層なものじゃない。
ただ飯を食って、コーヒー飲んでるだけだ。
でも。
それだけで救われる人間もいるのかもしれない。
すると。
レオンが最後にこう言った。
「王都に、“二号店”を出しませんか?」
「……二号店?」
「ええ」
商人は笑う。
「異世界初の“喫茶店チェーン”です」
「チェーン店!?」
その瞬間。
なぜか店内の客たちが盛り上がった。
「おおおお!!」
「ついに王都進出か!」
「賢者様の伝説が広がる!」
「黒薬が全国へ……!」
「だからなんでそうなるんだよ!!」
だが。
誰も、俺の否定を聞いていなかった。




