第7話 コーヒー牛乳は革命らしい
数日後。
『喫茶ミナト』は、完全に街の名所になっていた。
朝は騎士。
昼は商人。
夕方は冒険者。
なぜか全員コーヒーを飲みに来る。
「店主、いつもの!」
「はいよー」
「黒薬追加!」
「その呼び方そろそろやめよう?」
最初は抵抗していた俺も、最近は半分諦めていた。
訂正しても誰も聞かないのである。
人類は思い込みが強い。
そんな中。
俺は、新メニューの試作をしていた。
「……よし」
カップに注いだコーヒーへ、温めたミルクを入れる。
さらに少し砂糖。
完成。
カフェオレ……と言いたいところだが、この世界にそんな名前はない。
俺は試しに一口飲む。
「うん、普通にうまい」
すると。
「店主、それ何ですか?」
リリアが覗き込んできた。
「新作」
「黒薬の進化版ですか?」
「その発想から離れてくれ」
俺は苦笑しながら、もう一つカップを作る。
「飲んでみるか?」
「……いただきます」
リリアは恐る恐る口をつけた。
そして。
ぴたり、と動きが止まる。
「……甘い」
「ミルク入ってるからな」
「苦くない……」
さらにもう一口。
そのまま無言で飲み続ける。
「どうだ?」
「……危険です」
「なんで?」
「これ、ずっと飲めます」
でしょうね。
ブラックコーヒーが苦手な人間は多い。
だがミルクを入れると、一気に飲みやすくなる。
すると。
リリアが真剣な顔で言った。
「店主」
「ん?」
「これ、絶対流行ります」
「まあ、たぶん」
「あと女性客が増えます」
「なんで分かるんだよ」
「私が好きなので」
説得力があった。
その時。
カラン、と扉が開く。
「こんにちは」
入ってきたのはアリシアだった。
最近、普通に通ってきている。
侯爵令嬢って暇なんだろうか。
「いらっしゃい」
「今日は何やら、良い香りが違いますね」
「あー、新メニュー試してた」
そう言うと、アリシアは興味深そうに目を細めた。
「新しい“黒薬”ですか?」
「だからその名称が定着してるの嫌なんだよなぁ……」
「飲めますか?」
「試作品だけどいいなら」
俺は新しく一杯作り、彼女の前へ置く。
アリシアはゆっくりカップを持ち上げた。
一口。
そして。
「……あら」
いつものような落ち着いた表情が崩れる。
「優しい味ですね」
「ミルク入りだからな」
「苦味が柔らかい……でも香りは残っている……」
彼女は少し驚いたようにカップを見る。
「不思議です」
「まあ、組み合わせただけだし」
「いいえ」
アリシアは静かに首を振った。
「貴族の料理人でも、こういう発想はあまりありません」
「そうなの?」
「苦味は消すもの、と考えられていますから」
なるほど。
つまり“苦いけど美味しい”という文化自体が薄いのか。
コーヒーが存在しないなら当然かもしれない。
すると。
リリアがぽつりと呟いた。
「これ、“白の黒薬”ですね」
「矛盾してるんだよなぁ」
だが。
その単語を聞いた周囲の客たちが反応した。
「白の黒薬……!」
「新種だ……!」
「賢者様が新たな秘薬を……!」
「待て待て待て」
なんで毎回そうなる。
しかも。
「甘い黒薬……女性向けか……!」
「貴族向け商品になるぞ……!」
「王都で売れば大儲けでは!?」
商人たちがざわつき始めた。
嫌な予感がする。
非常にする。
するとアリシアが、ふっと笑った。
「確かに、王都では流行るでしょうね」
「えっ、本当に?」
「間違いなく」
彼女は断言した。
「特に貴族の女性は、こういう“新しくて上品なもの”に弱いですから」
「へぇ……」
「おそらく、一杯で銀貨を取っても飲みに来ます」
「高っ!?」
今の価格の十倍近い。
ぼったくりでは?
だが周囲の商人たちは真顔で頷いていた。
「いや、むしろ安い」
「王都ならもっといける」
「流行を独占できるぞ……!」
「商売の目してる……」
俺は少し引いた。
だが。
アリシアは静かにカップを置くと、まっすぐこちらを見る。
「店主」
「はい?」
「この街だけで終わるには、少し惜しいかもしれませんね」
その言葉に。
店内が静かになった。
……なんか。
また面倒事が始まりそうな気がした。




