第56話 王様、椅子を替えると決める
王城の中庭は、笑いに包まれていた。
「なぜ王城の椅子はあんなに座りにくいので?」
老職人の一言が、思った以上に刺さったらしい。
国王は笑いをこらえながら答えた。
「……そうか?」
「そうですよ」
老職人は真面目な顔だった。
「一時間も座れば腰が痛くなります」
「二時間なら肩も痛くなります」
すると。
離れた席の文官が、小さく手を挙げた。
「はい」
「うむ」
「私もそう思います」
「お前もか」
さらに。
別の文官も頷く。
「会議の後は毎回腰が……」
「私は首が……」
「長机も少し高い気がします」
「急に本音大会になった」
俺が思わず呟くと。
グランベル侯爵が苦笑した。
「こういう話は、普段なかなか出ませんからな」
「言えないんですか?」
「相手が陛下ですから」
「なるほど」
確かに。
普通は言いづらい。
その時。
国王が腕を組んだ。
「余は座りにくいと思ったことはないのだが」
「陛下」
老職人が静かに言う。
「陛下は会議中、ほとんど立っておられます」
「あ……」
文官たちが一斉に頷いた。
「確かに」
「陛下、説明の時は立っています」
「長時間座るのは私たちです」
「そうだったか」
国王は少し驚いたようだった。
すると。
老職人は椅子へ手を添える。
「椅子は立派であることも大切です」
「うむ」
「ですが」
職人はにっこり笑った。
「長く座るなら、座り心地の方がもっと大事です」
その場が静かになった。
俺は思わずリリアを見る。
リリアも小さく頷いている。
すると。
国王はゆっくり椅子へ腰掛けた。
座る。
少し姿勢を変える。
もう一度座る。
「……」
「……」
皆が見守る。
やがて国王は、小さく息を吐いた。
「少し硬いな」
「今さらですか」
限界文官が思わず口にする。
しまった、という顔になる。
だが。
国王は怒らなかった。
「今さらだな」
そう言って笑った。
緊張していた空気が、一気に和らぐ。
すると。
国王は老職人へ向き直った。
「作れるか?」
「もちろんです」
「もっと座りやすい椅子を」
「お任せください」
老職人の目が輝いた。
「会議が少し楽しみになる椅子を作ってみせます」
すると。
グランベル侯爵が感心したように言う。
「まさか喫茶会で椅子の話になるとは」
「俺も思いませんでした」
すると。
リリアが静かに微笑む。
「でも、喫茶店らしいですね」
「どういうこと?」
「座って、ゆっくり話す場所ですから」
「……」
確かにそうだ。
コーヒーやプリンも大事だけど。
一番大事なのは。
そこに座って、誰かと話せることなのかもしれない。
その時。
限界文官が、プリンを食べながらぽつりと呟いた。
「次は机ですね」
「いや、増やすなよ!」
店内――いや、中庭に笑い声が広がった。




