第5話 貴族は静かに入店できない
翌朝。
店の前には、また行列ができていた。
「いや増えてるな!?」
昨日より明らかに人が多い。
冒険者。
騎士。
商人。
そして今日は――。
「貴族っぽいの混ざってない?」
列の後方に、豪華な馬車が止まっていた。
紋章入り。
護衛付き。
どう見ても偉いやつである。
嫌な予感しかしない。
「店主」
開店準備を手伝っていたリリアが、小声で言った。
「あの馬車、“ローゼンベルク家”のものです」
「有名なの?」
「王都でもかなり力のある侯爵家です」
「帰りたい」
まだ朝だぞ。
なんで地方のカフェに侯爵家が来るんだ。
絶対、面倒事だろ。
「……とりあえず営業するか」
現実逃避気味に看板を裏返す。
OPEN。
その瞬間、客たちが雪崩れ込んできた。
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「黒薬を三つ!」
「私はミルク入りを!」
「店主! 眠気に一番効くやつを頼む!」
「効き方にそんな差はない!」
朝から大混乱だった。
完全に回っていない。
だが不思議なことに、店自体はなんとか成立していた。
「はい、こちら空きましたー」
「列はこっちです」
「熱いので気をつけてください」
リリアが有能すぎる。
もはや正式に雇った方がいいレベルだ。
「……お前、本当に助かってる」
「ふふん」
ちょっと得意げだった。
するとその時。
店内が、すっと静かになった。
扉が開く。
入ってきたのは、一人の女性だった。
長い金髪。
深紅のドレス。
凛とした立ち姿。
美人だ。
しかも、“育ちの良さ”が滲み出ている。
後ろには護衛らしき騎士が二人。
店の空気が変わった。
「……ローゼンベルク侯爵家の長女」
誰かが小声で呟く。
「アリシア様だ……」
うわ本物か。
女性――アリシアは店内を見回し、まっすぐこちらへ歩いてきた。
その動きだけで、客たちが自然と道を開ける。
圧がすごい。
「初めまして」
彼女は優雅に頭を下げた。
「“黒の賢者”殿」
「その呼び方やめません?」
一瞬で否定したが、アリシアは微笑むだけだった。
「噂は聞いております。兵士たちを救った秘薬の話も」
「コーヒーです」
「孤児に無償で食事を与えたとも」
「余りものです」
「さらに、疲弊した冒険者の精神を安定させる癒やしの空間を作っているとか」
「ただのカフェです」
なんで全部スケールアップして伝わってるんだ。
アリシアは興味深そうに店内を見回した。
木のテーブル。
漂う香り。
客たちの穏やかな表情。
「……確かに、不思議なお店ですね」
「そうですか?」
「ええ。騎士と冒険者と商人が、同じ空間で静かに過ごしている」
言われてみれば、確かにそうだった。
普通はもっと揉めるらしい。
だがこの店では、皆わりと落ち着いている。
理由は単純だ。
コーヒー飲んでるからだと思う。
「この香りには、人を落ち着かせる力があります」
アリシアは静かに言った。
「戦場帰りの騎士まで穏やかな顔をしている店など、初めて見ました」
「……まあ、リラックス効果はあるかも」
「やはり特別な飲み物なのですね」
「そこに戻るのかぁ……」
会話が一周してしまった。
するとアリシアは席に座り、真剣な目でこちらを見る。
「一杯、いただけますか?」
「……はい。おすすめは?」
「あなたが最初に淹れたいものを」
メニューを指定せず、店主に全て任せる。
妙に“強者感”のある注文だった。
「なんだそのラスボスみたいな台詞」
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数分後。
俺は丁寧にコーヒーを淹れていた。
湯を注ぐ。
香りが立つ。
店内が静まり返る。
全員が見ていた。
なんで?
「儀式みたいになってる……」
俺の呟きに、リリアが小声で返す。
「半分くらい、そう思われています」
「やめてくれ」
やがて、カップをアリシアの前に置く。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
彼女は静かにカップを持ち上げた。
一口。
そして。
その整った顔が、わずかに崩れた。
「……これは」
驚き。
困惑。
そして、安堵。
そんな感情が混ざった表情だった。
「苦い、のに……落ち着く」
「まあ、コーヒーなんで」
「心が静かになるようです」
アリシアは、ゆっくり息を吐いた。
それから、小さく笑う。
「なるほど。皆が夢中になるわけですね」
その笑顔は、さっきまでの“侯爵令嬢”ではなく、年相応の少女のようだった。
店内の男どもがざわつく。
「笑った……」
「アリシア様が……」
「奇跡だ……」
「いや普通に笑うだろ人間なんだから」
すると護衛の騎士が、震える声で言った。
「お嬢様が……最近ずっと眠れていなかったのに……」
アリシアは少し気まずそうに目を逸らした。
……あー。
つまり、かなり疲れてたのか。
貴族も大変なんだな。
だが周囲は違った。
「やはり黒薬は精神を癒やす……!」
「貴族の不眠すら救うとは……」
「賢者様すげぇ……!」
「だから違うって!」




