第4話 売上が増えるたびに話が大きくなる
「賢者様!」
「英雄殿!」
「黒薬を追加でいただけませんか!」
「落ち着け!!」
北門の戦いから一夜明け。
俺の店は、開店前から大行列になっていた。
騎士。
冒険者。
商人。
なぜか貴族っぽい奴までいる。
全員の目的は一つ。
コーヒーだった。
「ブラックファングを倒した秘薬だ!」
「飲めば集中力が極限まで高まるらしい!」
「宮廷魔導師でも再現できなかったとか!」
「どんどん話盛るのやめよう?」
昨日、一撃で魔物を倒したのは騎士団長本人の実力だ。
俺のコーヒーはただのカフェインである。
だが、この世界の人間はそう思っていない。
特に問題なのは――。
「店主、いつもの」
カウンターに座ったリリアが、慣れた様子で言った。
「お前、もう常連面してるな」
「もう常連です」
断言された。
しかも最近は、完全に店員みたいな立ち位置になっている。
「並んでくださいー」
リリアが店の外へ声をかける。
すると客たちが素直に列を整えた。
なんで回ってるんだこの店。
「……いや、人増えすぎだろ」
席数は六つしかない。
完全にキャパオーバーである。
しかも注文内容が偏っていた。
「黒薬を二つ!」
「覚醒の黒薬、大盛りで!」
「眠気を飛ばすやつを!」
「メニュー名みたいに言うな」
俺はカウンターの奥で、半ば無心になりながらコーヒーを淹れ続けた。
豆を挽く。
湯を注ぐ。
香りが広がる。
そのたびに店内から感嘆の声が漏れる。
「この香り……!」
「落ち着く……」
「戦場の緊張が消える……」
なんかもう、アロマ扱いされ始めている。
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昼過ぎ。
ようやく客足が落ち着いた頃には、俺は完全に疲弊していた。
「死ぬ……」
「はい、お水です」
リリアがコップを差し出してくる。
「……ありがとう」
「どういたしまして、店主」
自然に給仕してるなこいつ。
しかも妙に手際がいい。
「元々、飲食店とかで働いてたのか?」
「森の集落で薬草茶を出していました」
「あー、なるほど」
エルフの集落っぽい。
薬草茶とか好きそう。
「でも、こんなに繁盛する店は初めて見ました」
リリアは店内を見回した。
空になったカップ。
積み上がった銅貨。
外にはまだ列が残っている。
「……正直、私も驚いています」
「俺もだよ」
静かに暮らしたかっただけなのに。
どうしてこうなった。
その時だった。
カラン、と扉が鳴る。
入ってきたのは、一人の少女だった。
年齢は十歳くらい。
ボロボロの服。
痩せた体。
孤児だろうか。
少女はおずおずと店内を見回し、申し訳なさそうに俯いた。
「あの……」
「いらっしゃい」
俺が声をかけると、少女はびくっと肩を震わせた。
「えっと……においが、良くて……」
腹が鳴った。
小さく、ぐぅ、と。
店内が静かになる。
少女は真っ赤になって下を向いた。
「あ……ご、ごめんなさい……」
……あー。
そういう感じか。
俺はため息をつき、厨房の奥へ向かった。
「店主?」
「ちょっと待ってろ」
残っていたパンを切る。
卵を焼く。
ベーコンを炙る。
スープを温める。
せっかくだ。
適当なものを出す気にはなれなかった。
数分後。
俺は湯気の立つ皿を少女の前へ置いた。
「ほら」
「え……?」
「余りものだから気にすんな」
少女は目を丸くした。
パンとスープ、それに卵料理。
この世界では、決して安い食事じゃない。
「で、でも、お金……」
「あとで出世払い」
「しゅっせ……?」
「大人になったら誰かに優しくしろってこと」
少女はしばらく呆然としていた。
やがて。
「……いただきます」
小さく呟き、スープを口に運ぶ。
次の瞬間。
ぽろっ、と。
少女の目から涙が落ちた。
「お、おい!? 熱かったか!?」
「ち、違います……」
少女は慌てて涙を拭う。
「こんなに、おいしいの……久しぶりで……」
店内が静まり返る。
騎士たちも。
冒険者たちも。
誰も喋らなかった。
そして。
「……やはり英雄だ」
誰かが呟いた。
「違う」
「人を救う食事を作れるなんて……」
「違う違う」
「黒薬だけでなく、癒やしの料理まで……!」
「話を広げるな!」
だが。
客たちの目は、ますます尊敬に満ちていく。
俺は頭を抱えた。
――なんで飯を出しただけで信仰が始まるんだ。




