第38話 夜喫茶、始まる
「……残業後に食べたい」
限界文官の呟きに。
店内の文官たちが、一斉に頷いた。
「分かる……」
「これは夜だ……」
「疲れた後に染みる……」
「なんで皆そんなに疲れているの?」
すると。
セシルが遠い目で答える。
「王都ですので」
「便利な万能説明やめろ」
だが。
フレンチトーストを食べた客たちは、妙に静かだった。
プリンの時みたいな爆発力ではない。
もっとこう。
ふわっと、気が抜ける感じ。
すると。
アリシアが、小さく微笑む。
「これは“落ち着く味”ですね」
「まあ、そんな感じかな」
「プリンより静かです」
「戦闘力みたいに言うな」
だが。
確かに空気が違った。
いつも騒がしい店内が、少しだけ穏やかになっている。
すると。
王女が、ほわっとした顔で呟く。
「これ食べたら……もうお仕事したくなくなります……」
「駄目な方向に効いている!?」
周囲の文官たちが、無言で頷いた。
共感するな。
その時。
レオンが、真剣な顔でメモを書いていた。
「店主殿」
「ん?」
「これは“夜市場”です」
「また始まった」
「今まで喫茶ミナトは、“昼の覚醒”だった」
「黒薬ね」
「ですがこれは、“夜の癒やし”です」
「なんか言い方が怪しい」
すると。
グランベル侯爵が深く頷いた。
「確かに、夜会後に欲しくなる味だ」
「夜会後?」
「酒で疲れた後にな」
「あー」
それは分かる気がした。
甘くて温かいものって、夜に合う。
すると。
リリアがぽつりと言う。
「店主」
「ん?」
「夜営業、やります?」
「……え?」
その瞬間。
店内が静まり返った。
「…………」
「…………」
嫌な予感がする。
すると。
王女が、ゆっくり顔を上げた。
「……夜の喫茶ミナト」
「やめろ、その言い方」
だが。
周囲の客たちがざわつき始めた。
「夜限定メニュー……!」
「仕事帰りに寄れる……!」
「最高では……?」
「王都民の目が死にかけている」
すると。
限界文官が、震える声で言った。
「夜に……帰る前に……寄れる場所が……」
「切実すぎる」
その時。
魔導師長が、静かにコーヒーを置く。
「……悪くない案だ」
「お前まで?」
「魔導師塔は夜の方が、人が多い」
「ブラック確定じゃん」
すると。
セシルまで、小さく手を挙げた。
「文官局も……」
「お前ら帰れ!?」
だが。
皆、本当に疲れていた。
だから。
“帰る前に少し休める場所”という言葉に、反応している。
その時。
リリアが、少し笑った。
「店主の店、昼は賑やかですけど」
「うん」
「夜は静かで似合いそうです」
「……」
少しだけ。
その光景を想像する。
夜の王都。
仕事帰り。
静かな灯り。
温かい甘い匂い。
コーヒー。
……まあ。
悪くないかもしれない。
すると。
王女が、きらきらした目で言った。
「夜限定プリンとかありますか!?」
「結局そこか!!」
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