第24話 街道に広がる黒薬
翌朝。
休憩所は、朝から騒がしかった。
「おお、本当に出してる!」
「昨日の黒いやつだ!」
「旅人の間で噂になってたぞ!」
「早くない?」
俺は朝食を食べながら呆然としていた。
一晩だぞ?
なんで既に広まってるんだ。
すると。
レオンが得意げに言った。
「旅人の口コミを甘く見てはいけません」
「商人ネットワークより怖いな」
しかも。
休憩所のガルドは、妙に生き生きしていた。
「お待たせしました、“こーひー”です!」
完全にハマっている。
昨日まで普通の休憩所のおじさんだったのに。
すると旅人たちが、木のカップを片手に盛り上がる。
「苦ぇ!」
「だが目が覚める!」
「旅前にちょうどいいな!」
「落ち着く……」
完全に喫茶空間になっていた。
俺はちょっと笑う。
すると。
リリアが隣でぽつりと言った。
「店主」
「ん?」
「なんだか、“喫茶ミナト”増殖してません?」
「言い方」
だが否定できなかった。
昨日コーヒーを教えただけなのに、もう空気が似てきている。
すると。
騎士団長が深く頷く。
「良いことだ」
「そう?」
「街道の空気が柔らかくなる」
確かに。
昨日より、旅人たちの表情が穏やかだった。
商人同士が雑談している。
冒険者が情報交換している。
ただ休むだけじゃなく、“居る”場所になっている。
すると。
ガルドが嬉しそうに言った。
「昨日、“また寄る”って言ってくれた旅人がいたんですよ」
「おお」
「休憩所やってて、初めてかもしれません」
その言葉に。
少しだけ、胸が温かくなる。
前世でもそうだった。
“また来ます”って言われる店は、ちょっと嬉しい。
すると。
レオンが真面目な顔になる。
「店主殿」
「ん?」
「これ、本当に革命ですよ」
「また始まった」
「いえ本当に」
商人は机を指で叩く。
「今までの街道休憩所は、“必要だから寄る場所”でした」
「……」
「ですが、“休みたいから寄る場所”になる」
「……あー」
それは、少し分かる。
ただ通過するだけじゃない。
そこで落ち着けるなら、また来たくなる。
すると。
セシルが、小さく感心したように呟いた。
「王都でも、こういう考え方は珍しいですね……」
「そうなの?」
「効率ばかり重視されるので」
異世界も現代社会っぽい。
すると。
アリシアが静かに笑う。
「でも店主は、“休む方が大事”って考えますよね」
「まあ、疲れ切ると碌なことにならないし」
ブラック企業で学んだ真理だった。
その時。
休憩所へ、新しい馬車が入ってきた。
かなり立派な馬車だ。
護衛付き。
貴族っぽい。
「……また面倒事の予感」
俺が呟くと。
リリアが慣れた顔で言う。
「最近ずっとですね」
すると。
馬車から降りてきた男が、周囲を見回して驚いた顔をした。
「なんだこの休憩所は……」
旅人たちが笑っている。
コーヒー飲んでる。
情報交換してる。
明らかに普通の街道休憩所じゃない。
すると男は、困惑した顔でガルドへ聞いた。
「何があった?」
「へへっ」
ガルドは少し誇らしげに笑った。
「“喫茶”ってやつですよ」
「きっさ?」
「人が休める場所です」
その言葉に。
男は、少しだけ目を丸くした。
そして。
「……なるほど」
静かに呟いた。
「悪くないな」
その様子を見て。
俺は少しだけ思う。
……こうやって。
少しずつ広がっていくのかもしれない。
コーヒーも。
喫茶店も。
“休める場所”も。




