第22話 街道の休憩所
王都への旅、二日目。
馬車は街道をゆっくり進んでいた。
「尻が痛い……」
俺は荷台でぐったりしていた。
異世界の馬車、想像以上に揺れる。
サスペンションという文明の偉大さを思い知った。
すると。
「店主、顔が死んでます」
向かいに座るリリアが、呆れた顔で言う。
「文明レベルの差を感じてる……」
「ぶんめい?」
「気にしなくていい」
異世界へ輸出すると危険な単語である。
その時。
前方から騎士団長の声が聞こえた。
「そろそろ休憩に入る!」
「助かった……!」
馬車が止まる。
そこは街道沿いの小さな休憩所だった。
木造の建物。
井戸。
馬を繋ぐ場所。
旅人たちがちらほら休んでいる。
「へぇ……異世界のサービスエリアだ」
「さーびすえりあ?」
「休憩所のこと」
俺は馬車から降り、大きく伸びをする。
空気がうまい。
街から離れると、かなり自然が多い。
すると。
休憩所の主人らしきおじさんが、こちらへ近づいてきた。
「おや?」
彼は、俺たちの顔を見て目を丸くした。
「騎士団に侯爵家……ずいぶん大所帯ですな」
「まあ色々ありまして」
俺が苦笑すると、おじさんは笑った。
「旅人なら歓迎ですよ」
良い人そうだった。
すると。
リリアが店内を覗き込み、小声で言う。
「店主」
「ん?」
「……コーヒーありませんね」
「そりゃ普通ないだろ」
完全に感覚がおかしくなってる。
だが。
休憩所で出されているのは、薄いスープとお茶っぽい飲み物だけだった。
悪くはない。
でも。
なんというか、物足りない。
すると。
騎士団長が真顔で言った。
「……飲みたいな」
「何を?」
「黒薬」
「お前まで禁断症状みたいになるな」
しかし。
周囲の騎士たちも頷いていた。
「確かに、ちょっと恋しいですね……」
「朝飲まないと調子が……」
「完全に依存なんよ」
すると。
休憩所のおじさんが不思議そうに聞いてきた。
「黒薬?」
「あー、違うんです。ただのコーヒーで――」
その瞬間。
周囲の旅人たちがざわついた。
「……コーヒー?」
「まさか」
「噂の“黒薬”か!?」
「ここまで来てる!?」
情報網どうなってるんだ。
すると、一人の商人風の男が立ち上がる。
「あんた、“喫茶ミナト”の店主か!?」
「……はい」
「本物だ!」
ざわっ、と空気が変わる。
「黒の賢者だ!」
「王都へ向かっているって噂は本当だったのか!」
「黄金の甘味もあるのか!?」
「なんで皆知ってるの!?」
旅人たちが一気に集まってきた。
怖い。
完全に芸能人みたいな状況になっている。
すると。
休憩所のおじさんが、おずおずと言った。
「……その、もし良ければ」
「はい?」
「うちでも、“こーひー”を出せたりしませんかね?」
「え?」
「旅人が休めるなら、いい商売になりそうで」
その言葉に。
レオンの目が光った。
「……!」
「おい商人の顔するな」
だが。
レオンは真剣だった。
「店主殿」
「何?」
「これです」
「何が?」
「“喫茶文化”です」
「……」
「王都だけじゃない」
「街道にも需要がある」
彼は周囲を見る。
疲れた旅人たち。
長距離移動の商人。
休憩する騎士。
「人が移動する場所には、“休める場所”が必要なんです」
その言葉に。
俺は少しだけ考えた。
……確かに。
前世でもそうだった。
高速道路のサービスエリア。
駅前の喫茶店。
旅先のカフェ。
人は、移動の途中で休みたくなる。
すると。
リリアがぽつりと言う。
「店主の店、増えたら面白そうですね」
「簡単に言うなぁ」
「でも、こういう場所にあったら嬉しいです」
そう言って、彼女は少し笑った。
その時。
休憩所のおじさんが頭を下げる。
「もし良かったら、淹れ方を教えてもらえませんか?」
「え?」
「旅人たちが、少しでも元気になれるなら」
その言葉に。
俺は、少しだけ驚いた。
……最初は。
自分が生きるために始めたカフェだった。
でも今は。
こうやって、“誰かの場所”を増やそうとしている。
それがなんだか、不思議で。
少しだけ、悪くなかった。




