第2話 覚醒の黒薬
「……いや、帰ってもらっていいですか?」
俺は即答した。
だが、店の前に整列した騎士たちは誰一人動かない。
朝だぞ?
営業前だぞ?
しかも全員、妙に真剣な顔をしている。
「団長、本当にこの店で間違いないのですか?」
「うむ。“黒き秘薬で兵を眠りから解放した賢者”がいると聞く」
「眠りから解放って、ただのカフェインなんだけど……」
「かふぇいん……!」
騎士たちがざわついた。
なんだその反応。
禁忌呪文でも聞いたみたいな顔をするな。
先頭に立つ大柄な男――騎士団長は、鋭い目で俺を見る。
銀の鎧。
背中の大剣。
傷だらけの顔。
どう見ても歴戦の猛者だ。
そんな男が、なぜか緊張した様子で口を開いた。
「単刀直入に言おう」
「はい」
「我が騎士団は、慢性的な寝不足に悩まされている」
「知らんがな」
「最近、魔物の活動が活発化していてな。夜通し警備が続いているのだ」
「あー……」
それはまあ、きつそうではある。
「ポーションでは眠気は取れん。疲労は回復できても、頭が働かなくなる」
騎士団長は深刻そうに続けた。
「だが貴殿の黒薬を飲んだ兵士が、三日三晩働けたという報告が上がっている」
「盛られてる盛られてる」
三日三晩は普通に危険だ。
どんな飲み方したんだ。
「しかも飲んだ者は皆、“視界が晴れる”“思考が加速する”“世界が鮮明になる”と言っている」
「ただの目覚まし効果だよ!」
「やはり秘薬……!」
「なんでそうなる」
俺が頭を抱えている横で、店の扉が開いた。
「店主ー。いつもの黒いやつ――って、うわっ」
現れたのは、昨日のエルフの少女だった。
名前はリリア。
初来店以降、完全にコーヒーにハマった常連である。
朝と昼に来る。
たまに夕方も来る。
飲みすぎである。
「リリアさん、この方が例の賢者か?」
騎士の一人が尋ねる。
するとリリアは、真顔で頷いた。
「はい。この人です」
「おい」
「この人の飲み物を飲むと、眠れなくなります」
「言い方ァ!」
騎士たちが再びざわつく。
「やはり……」
「睡眠を不要にする術……!」
「軍事利用できるのでは……」
「できねぇよ!」
なんでどんどん危険な方向に解釈されていくんだ。
俺は深いため息をついた。
「……とにかく、飲んでみます?」
説明するより早い。
実際に飲ませれば、“ただの飲み物”だと理解するだろう。
たぶん。
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数分後。
店内には、鎧姿の騎士たちがぎっしり座っていた。
狭い。
圧がすごい。
完全に場違いである。
俺はカウンターの奥で、黙々とコーヒーを淹れていた。
カリカリ、と豆を挽く音。
ふわりと広がる香り。
騎士たちが一斉に顔を上げる。
「……なんだこの香りは」
「落ち着く……」
「森のような……いや、花か?」
意外だった。
この世界の人間にも、ちゃんと香りの良さは分かるらしい。
少し嬉しくなる。
俺は一杯ずつ、丁寧にカップを並べていく。
「熱いので気をつけて」
「…………」
騎士たちは緊張した様子でカップを持ち上げた。
そして。
一口。
静寂。
数秒後。
「――うまっ」
誰かが、ぽつりと呟いた。
空気が変わる。
「苦いのに……妙に落ち着く」
「香りが良い……」
「なんだこれ……飲んだ後、頭が軽い……!」
次々と驚きの声が上がる。
騎士団長も、無言のままカップを見つめていた。
そしてゆっくりと、もう一口飲む。
「……なるほど」
「ただの飲み物ですよ」
「いや」
団長は真顔で言った。
「これは、戦場を変える」
「やめてその発想」
嫌な予感しかしない。
だが。
その時だった。
バァン!!
突然、店の扉が勢いよく開いた。
「た、大変です!!」
飛び込んできたのは、血相を変えた若い兵士だった。
「北門に魔物の群れが……!」
店内の空気が、一瞬で張り詰める。
「数は!?」
「三十以上! しかも上位種がいます!」
騎士たちが立ち上がる。
騎士団長は、飲みかけのカップを置いた。
その目に、鋭い光が宿る。
「総員、出撃準備」
そして彼は俺を見た。
「店主殿」
「はい?」
「できれば、その黒薬を人数分いただきたい」
「戦闘前に飲む気か!?」




