第1話 これは秘薬ですか?
R15指定にしていますが,バイオレンス要素はほとんどない予定です。念のためになります。
その日、俺は異世界で初めて“コーヒーの香り”を嗅いだ。
――いや、正確には。
俺が淹れたコーヒーを、この世界の人間が初めて嗅いだ日だった。
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「黒い……薬湯?」
目の前の少女が、警戒した顔でカップを見つめている。
銀色の髪。尖った耳。年齢は十六、七くらいだろうか。
ファンタジー作品で見たことのある典型的なエルフだ。
そんな彼女が、俺の淹れたコーヒーを前に、完全に怯えていた。
「いや、毒じゃないから。飲み物だから」
「黒い液体は大体危険です」
「偏見が強いなこの世界」
俺――相沢 湊は、元会社員。
ブラック企業で働いていたはずが、気づけば森の中に放り出されていた。
テンプレみたいな異世界転移。
違ったのは、“チート能力”がなかったことだ。
剣も使えない。
魔法も使えない。
レベルもステータスも表示されない。
唯一あったのは、趣味で極めていたコーヒーと料理の知識だけ。
だから俺は考えた。
――戦えないなら、店をやればいい。
そうして始めたのが、この小さなカフェだった。
王都から少し離れた街外れ。
古びた空き店舗を安く借りて、木の看板を掲げる。
『喫茶ミナト』
……名前のセンスはない。
だが、味には自信があった。
「とにかく一口飲んでみて」
「…………」
エルフの少女は恐る恐るカップを持ち上げる。
そして、少しだけ口をつけた。
数秒後。
「――っ!?」
少女の目が、大きく見開かれた。
「な、なんですかこれ……!」
「コーヒー」
「苦いのに……変です……! でも、もう一口飲みたくなります……!」
「カフェインだなぁ」
「かふぇいん?」
「こっちの話」
少女は困惑した顔のまま、また一口飲む。
そして、さらにもう一口。
完全にハマっていた。
その様子を見て、俺は内心ほっと息を吐く。
正直、不安だったのだ。
この世界にはコーヒー文化が存在しない。
豆はただの薬草扱いだった。
だから最初は、
「なんで苦い物をわざわざ飲む?」
という反応ばかりだった。
だが、一度ハマると早い。
コーヒーは依存性がある。
特に、疲労回復ポーションしか飲んだことのない冒険者たちには衝撃だったらしい。
「……店主」
「ん?」
「これを飲むと、頭が冴えます」
「まあ、そういう飲み物だから」
「眠気が消えます」
「うん」
「つまり……精神強化の秘薬?」
「違う」
だが、その誤解が。
後々、とんでもないことになるとは、この時の俺はまだ知らなかった。
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三日後。
店の前に、鎧姿の騎士団が並んでいた。
「ここが、“覚醒の黒薬”を作る賢者の店か」
「…………は?」
しかも。
騎士団長らしき男が、真顔で片膝をついた。
「どうか我が国を救ってください、英雄殿」
俺は静かに思った。
――なんで???




