第19話 王都店、準備開始
「泣きます」
真顔だった。
王城文官、感情を隠す気がない。
するとリリアが小声で言う。
「店主」
「ん?」
「多分もう逃げられません」
「分かってる……」
俺は遠い目をした。
王城。
侯爵家。
商会。
宮廷魔導師。
ここまで包囲されると、さすがに理解する。
王都店、ほぼ決定である。
すると。
レオンが勢いよく立ち上がった。
「では早速!」
「うわ仕事モード入った」
「店舗候補を見に行きましょう!」
「今から!?」
「商機は速度が命です!」
この人、ずっとアクセル全開だな。
だが。
セシルまで頷いていた。
「王城としても、早めの出店を希望します」
「国家規模で急かされてる……」
するとアリシアが苦笑する。
「ここまで歓迎される飲食店、普通ありませんよ?」
「普通の飲食店だからね?」
「もう普通ではないと思います」
全員頷いていた。
解せぬ。
その日の閉店後。
俺たちは店内で、王都行きの打ち合わせをしていた。
「まず問題になるのは、豆の供給です」
レオンが地図を広げながら言う。
「今の仕入れ量では、王都店を支えきれません」
「あー……」
確かに。
今は街の商人経由で細々と仕入れているだけだ。
王都で流行ったら、一気に足りなくなる。
するとレオンは真剣な顔で続ける。
「なので、専用の流通ルートを作ります」
「そんな大げさな」
「大げさではありません」
商人の目だった。
「これは既に、“商品”ではなく“文化”です」
「文化」
「はい」
レオンは断言する。
「コーヒーを飲む習慣」
「休憩する習慣」
「喫茶店へ集まる習慣」
「それ自体が広がっています」
その言葉に。
俺は少しだけ黙った。
前世では当たり前だった。
でも、この世界にはなかったのだ。
だから皆、こんなに驚いている。
すると。
リリアがぽつりと呟く。
「確かに、前より街の空気変わりましたよね」
「そう?」
「皆、前より余裕があります」
騎士も。
商人も。
冒険者も。
この店へ来る時だけは、少し肩の力を抜いている。
するとアリシアが静かに微笑む。
「店主は、そういう空気を作るのが自然なんでしょうね」
「いや、そんな立派なことは……」
「無自覚なのが、一番厄介です」
「厄介扱いされた」
だが。
その時。
セシルがふと真顔になる。
「ただ、王都では気をつけてください」
「何を?」
「敵もいます」
空気が少し変わった。
レオンも頷く。
「既存の商会」
「高級料理店」
「貴族派閥」
「……あー」
まあ、そうなるか。
新しい文化は、歓迎されるだけじゃない。
「特に、“喫茶ミナトだけが注目される”状況を嫌う者は多いでしょう」
「面倒くさいなぁ」
すると。
騎士団長が鼻で笑った。
「問題ない」
「え?」
「店主殿には我々がついている」
「騎士団が常連面してる」
「実際常連だ」
否定できなかった。
その時。
店の外から、また誰かの声がした。
「店主ー!」
「まだ客来るの!?」
扉を開ける。
そこにいたのは、小さな少女だった。
以前、食事を出した孤児の子だ。
「あ」
「こんばんは」
少女は少し照れくさそうに、小さな包みを差し出した。
「これ……」
「ん?」
「おれい」
中には、不格好なクッキーが入っていた。
たぶん手作りだ。
少し焦げている。
形もバラバラ。
でも。
すごく一生懸命作ったのが分かった。
「……ありがとう」
俺が受け取ると、少女は嬉しそうに笑った。
「店主のお店、すき」
「……」
「ここ、あったかいから」
その言葉に。
店内が静かになる。
リリアが優しく目を細めた。
アリシアも、どこか嬉しそうだった。
すると。
セシルが小さく呟く。
「……なるほど」
「?」
「王都に必要な理由、分かりました」
「大げさだって」
「いいえ」
セシルは静かに首を振った。
「人が安心して、“帰って来られる場所”なんです」
その言葉を聞いて。
俺は少しだけ思った。
……王都にも。
こういう店があっても、いいのかもしれない。




