第17話 黒の賢者、盛られすぎ問題
「誰だよそれ!?」
俺の叫びに、店内の客たちが一斉にこちらを見た。
だが。
魔導師長は真面目だった。
「店主殿のことではないのか?」
「違います」
「しかし、“黒薬”を扱っている」
「コーヒーです」
「騎士団の士気を改善した」
「カフェインです」
「侯爵令嬢の不眠を救った」
「普通に寝不足だっただけでは?」
すると。
アリシアが静かに言った。
「最近はちゃんと眠れています」
「よかったね」
「店主のおかげで」
「そこまでではない」
だが。
周囲はうんうん頷いていた。
納得するな。
すると魔導師長が腕を組む。
「しかも、“黄金の甘味”まで生み出した」
「プリンね?」
「王都では既に、“禁断の癒やし”と呼ばれている」
「誰がそんな名前つけた!?」
レオンがすっと目を逸らした。
「お前か!!」
商人、仕事が早い。
するとレオンは咳払いする。
「いえ、商売には“ブランド戦略”というものがありまして」
「プリンでやるな」
「ですが効果は絶大です」
「効果って言うな」
もう完全に薬扱いである。
その時。
魔導師長の後ろにいた秘書女性が、おずおずと手を挙げた。
「あの……」
「はい?」
「実は私、王都へ戻ったら友人に自慢しようと思っていて」
「うん」
「“黒の賢者と会ってきた”って」
「やめて?」
さらっと風評被害を増やさないでほしい。
だが。
秘書女性は真剣だった。
「でも、本当にそういう雰囲気ありますよ?」
「どんな?」
「隠居してる超大物感」
「なんで!?」
するとリリアがぽつりと言う。
「確かに店主、妙に落ち着いてますし」
「元社畜だからね」
「しゃちく?」
「気にしなくていい単語」
異世界に輸出してはいけない概念である。
すると騎士団長が深く頷いた。
「どんな強敵が来ても動じぬ」
「いや内心めちゃくちゃ動揺してる」
「常に余裕がある」
「諦めてるだけなんだよなぁ」
ブラック企業で鍛えられたメンタルが、こんなところで役立つとは思わなかった。
その時。
アリシアが少し楽しそうに言った。
「ですが、“黒の賢者”という呼び名は結構気に入っています」
「えぇ……」
「格好いいじゃないですか」
「中身ただのカフェ店主なんだけど」
「そこが良いんです」
分からない。
貴族の感性が分からない。
すると。
魔導師長がふと真顔になる。
「だが、冗談では済まない問題もある」
「え?」
空気が少し変わった。
店内も静かになる。
「王都には、“黒薬”を独占したがる者も出始めている」
「……あー」
まあ、そうなるか。
人気商品だし。
するとレオンが苦い顔で頷く。
「既に幾つかの商会が、“製法を押さえろ”と動いています」
「怖いなぁ」
「貴族派閥も絡み始めています」
「もっと怖いなぁ」
コーヒーで権力争いしないでほしい。
だが。
魔導師長は落ち着いた声で言った。
「安心しろ」
「?」
「少なくとも王家は、店主殿を敵視していない」
「ならいいけど」
「むしろ保護したがっている」
「なんで?」
すると。
魔導師長は、当たり前のように答えた。
「国益だからだ」
「コーヒーが!?」
店内の全員が頷いた。
「違うんだよなぁ……」
だが。
魔導師長は続ける。
「騎士団の空気改善」
「貴族社会の緊張緩和」
「冒険者ギルドの治安安定」
「……」
「それらを、“戦わずに”実現している」
その言葉に。
俺は少し黙った。
……そんなつもりはなかった。
ただ店を開いて。
飯を作って。
コーヒーを淹れていただけだ。
でも。
それで人が落ち着いて。
少し笑えるなら。
悪くないのかもしれない。
すると。
リリアが、ふっと笑った。
「店主、またちょっと嬉しそうです」
「気のせい」
「最近、否定の勢いが弱くなってますよ?」
「……」
図星だった。
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