第16話 貴族社会より先に宮廷が壊れそうです
「そっち!?」
店内にツッコミが響いた。
だが。
魔導師長は真顔だった。
「断言しよう」
彼はプリンを見つめながら言う。
「これは危険物だ」
「デザートなんだけど」
「宮廷へ持ち込めば、会議中に全員これしか食べなくなる」
「子供みたいな理由だった」
しかし。
後ろの秘書女性まで深刻そうに頷いている。
「……あり得ます」
「マジで?」
「宮廷貴族は新しい嗜好品に弱いので」
「異世界も変わらんなぁ」
すると、同行していた貴族男性が恐る恐る手を挙げた。
「あ、あの……」
「なんでしょう」
「私にも、その“ぷりん”を……」
「もう落ちてる!」
数分後。
貴族男性は完全に沈黙していた。
スプーンを握ったまま、虚空を見つめている。
「……戻って来ーい」
俺が声をかけると、彼はハッと我に返った。
「し、失礼」
「大丈夫ですか?」
「……危険ですな」
「また!?」
なんで感想がみんな一緒なんだ。
すると貴族男性は真剣な顔で言った。
「甘味とは、もっと重く、くどいものだと思っていた」
「まあ、砂糖ドバドバ文化はありがちだしな」
「だがこれは違う」
彼はプリンを見つめる。
「軽い」
「柔らかい」
「それでいて満足感がある」
「おお、ちゃんと食レポしてる」
すると。
レオンが小さくガッツポーズした。
「勝ちましたね」
「何に?」
「市場です」
だから商人怖いって。
その時。
魔導師長がふと店内を見回した。
騎士。
冒険者。
商人。
孤児の少女。
そして貴族。
様々な人間が、同じ空間で笑っている。
「……不思議な店だ」
「そうですか?」
「普通、ここまで身分の違う者は混ざらない」
「あー……」
確かに。
言われてみれば、かなり特殊かもしれない。
でも。
この店では、それが普通になっていた。
すると魔導師長は静かに続ける。
「しかも皆、穏やかだ」
「コーヒー飲んでるからでは?」
「それだけではあるまい」
彼は真っ直ぐこちらを見る。
「店主殿」
「はい?」
「貴殿、“場”を作っているのだな」
「……場?」
「人が安心して集まれる空間だ」
その言葉に。
少しだけ、店内が静かになる。
するとリリアが、小さく頷いた。
「確かに、この店って落ち着きます」
「自分で働いてる店なのに?」
「はい」
アリシアも微笑む。
「私も、ここでは肩の力が抜けます」
「侯爵令嬢って普段そんな疲れてるの?」
「かなり」
即答だった。
大変なんだな貴族社会。
すると。
魔導師長が、ふっと笑った。
「なるほどな」
「?」
「王都で噂になる理由が分かった」
「コーヒー?」
「いや」
彼はゆっくり首を振る。
「“休める場所”だからだ」
「……」
「王都には、意外とそういう場所が少ない」
その言葉は。
妙に重みがあった。
きっと。
偉い立場になればなるほど、休めなくなるのだろう。
すると。
魔導師長は、コーヒーを飲み干して立ち上がった。
「店主殿」
「はい?」
「王都へ来るといい」
「やっぱりそうなる?」
「うむ」
彼は真顔だった。
「王都には、貴殿の店が必要だ」
「大げさだなぁ」
「大げさではない」
その時。
後ろの秘書女性が、小声で呟いた。
「宮廷魔導師塔にも欲しいです……」
「職場にカフェ欲しいだけでは?」
「欲しいです」
真顔だった。
なんか急に親近感が湧いた。
すると。
騎士団長が腕を組みながら頷く。
「王都進出、決まりだな」
「まだ決めてないんだけど!?」
だが。
店内の空気は、完全に“決定事項”になっていた。
その時だった。
魔導師長が、ふと思い出したように言う。
「そういえば」
「ん?」
「王都で、“黒の賢者”について妙な噂が流れている」
「嫌な予感しかしない」
「“隠遁していた伝説級魔導師が、ついに表舞台へ出る”らしい」
「誰だよそれ!?」




