第11話 初めての定休日
王都からの招待状。
それはつまり。
しばらく街を離れるということだった。
「……準備しないとなぁ」
閉店後。
俺はカウンターで、ぼんやり呟いた。
リリアが食器を片付けながら首を傾げる。
「何から始めます?」
「まず移動手段?」
「馬車ですね」
「何日かかるんだろ」
「普通なら七日ほどです」
「遠っ」
異世界、やはり移動が大変である。
すると。
リリアが少し不思議そうな顔をした。
「店主」
「ん?」
「お店、どうするんですか?」
「…………」
そこで気づいた。
あ。
営業できない。
俺がいないとコーヒー淹れられないし、料理も作れない。
つまり。
「休業?」
「お客さん、泣きますね」
「大げさ――」
と言いかけたところで。
外から声が聞こえた。
「明日もプリンありますかー!?」
「黒薬切らさないでくれよー!」
「最近ここ来ないと朝つらいんだよ!」
「……依存症患者多くない?」
ちょっと怖くなった。
するとリリアが真顔で言う。
「この街、もう店主のコーヒーに支配されています」
「言い方」
悪の組織みたいになるだろ。
その時。
カラン、と扉が鳴る。
閉店後なのに、誰か入ってきた。
「失礼します」
アリシアだった。
今日は珍しく、少しラフな服装だ。
護衛もいない。
「どうした?」
「王都行きの件で、少し」
彼女は席へ座る。
最近、本当に自然に来るなこの人。
「王都までの馬車は、こちらで用意できます」
「おお、助かる」
「ただ」
アリシアは少しだけ苦笑した。
「……王都は、たぶん店主が思っているより騒ぎになります」
「やっぱり?」
「はい」
ですよねぇ。
なんとなく分かっていた。
「今、王都の貴族社会では、“黒薬”と“黄金の甘味”の噂で持ち切りです」
「黄金の甘味?」
「プリンです」
「名前が大層になってる……」
どんどん伝説アイテムみたいになっていく。
するとアリシアは、小さく笑った。
「ですが、少し楽しみでもあります」
「何が?」
「店主が、王都でどんな騒ぎを起こすのか」
「起こしたくて起こしてるわけじゃないんだけど?」
むしろ毎回巻き込まれている。
その時。
リリアがふと思い出したように言った。
「そういえば」
「ん?」
「王都へ行く前に、定休日のお知らせを出した方がいいのでは?」
「……定休日」
異世界へ来てから。
毎日店を開けていた。
というか、忙しすぎて休む発想がなかった。
するとアリシアが少し驚いた顔をする。
「お休み、取っていなかったのですか?」
「気づいたらこうなってた」
「それは駄目です」
珍しく、きっぱり言われた。
「店主が倒れたら、このお店は終わってしまいます」
「いやそこまでじゃ――」
周囲を見回す。
静かな店内。
漂うコーヒーの香り。
皆が集まる場所。
……確かに。
最近、この店は俺が思っている以上に大きくなっていた。
するとリリアが頷く。
「休むのも仕事です」
「どこで覚えたその社会人みたいな台詞」
「店主がよく言ってます」
「俺そんなこと言ったっけ?」
「疲れてる冒険者によく」
……言ってたかもしれない。
少しだけ恥ずかしくなる。
その時。
店の外からまた声がした。
「店主ー! 明日も開いてるー!?」
俺は少し考えてから、立ち上がる。
そして扉を開け、外の客たちへ向かって言った。
「明日、休みます」
一瞬。
沈黙。
そして。
「「「えええええええっ!?」」」
大騒ぎになった。
「黒薬が切れる!?」
「ど、どうすれば……!」
「禁断症状が……!」
「だから薬扱いやめろ!」
すると。
騎士団長が真顔で呟く。
「……備蓄が必要か」
「戦時中みたいな発想するな」
だが。
客たちは本気でショックを受けていた。
俺は苦笑する。
……まあ。
たまには休むのも悪くない。
そう思ったのだった。
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