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第一話「案山子と火鉢と虫籠」

 千代田区霞が関の一角、旧郵政省簡易保険局の地下書庫には、かつて「赤本」と通称された極秘文書群が存在した。


 それは、決して日の目を見ることのない国家の暗部を精緻に綴った、公文書と呼ぶのも憚られる様な、血と泥で描かれたような記録である。


 昭和四十七年(一九七二年)の秋と言えば、世間は日中国交正常化や沖縄返還という、華々しくも激動の政治日程に沸き立っていた時期だ。しかし、その輝かしい歴史の表舞台の裏側で、一通の内閣官房極秘指定文書が、当時の郵政大臣、防衛庁長官、ならびに科学技術庁長官という三者の連名によってひっそりと決裁されていた。


 表題は『特殊環境下における生体保全並びに即応国民体育体系の構築に関する研究開発計画』


 お役所言葉の典型とも言える、無味乾燥で、それでいて何一つ具体的な中身を説明していない見事なネーミングである。しかし、その文書の末尾に記された公文書抹消番号「郵計・特資七四号」という符丁を、当時の担当官たちは畏怖と、そしてほんの少しの嫌悪を込めてこう呼んだ。


 ――「ラジオ体操第四(極秘呼称:マル四)」




 戦後日本の復興と、それに続く奇跡的な高度経済成長。それは確かに、灰燼に帰した国家が成し遂げた偉業であった。しかし、その眩い光の影には、国家の存亡を賭けた極秘プロジェクト群が、まるで複雑に絡み合う毒蛇のように蠢いていたのである。


 一九六〇年代後半、佐藤栄作政権下において「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という、世界に向けて自らを縛るような非核三原則が高らかに表明された。しかし、国家というものは常に二枚舌を持つ生き物である。その裏では、外務省や内閣調査室、防衛庁の一部幹部による「核政策研究会」が秘密裏に組織されていたことは、後年の機密解除文書でも部分的に明らかになっている。


 だが、彼らはあくまで机上の空論を弄ぶ官僚に過ぎなかった。歴史の表舞台に決して現れることのない「実動部隊」は、別の場所に巣食っていた。それが、科学技術庁原子力局および宇宙開発推進本部(後の宇宙開発事業団=NASDA)の最深部に設置された、通称「第九企画室」である。



 日本の宇宙開発の歴史を紐解けば、それは糸川英夫博士に始まる固体燃料ロケットの系譜――ペンシルからカッパ、ラムダ、そしてミュー(M)へと至る輝かしい流れを正統とする。


 純粋な科学的探究心だけで巨大な予算は下りないが、固体燃料ロケットには軍事的な旨味があった。それは「常温で即時発射可能」であり、「構造が堅牢」であり、何より「サイロや移動式発射台からの運用が容易」であるという点に尽きる。要するに、大陸間弾道ミサイル(ICBM)そのものの要件を完璧に満たしていたのである。


 そのためもあったのであろう。科学衛星の開発に対しての予算はなかなか厳しいものもあったが、個体燃料ロケットの開発予算については比較的以上に優遇されていたと言って良い。我国が後年、1980年代の末にはM-Vロケット、90年代末にイプシロンロケットを実用化できたのは、この時期からの予算の優遇があったからこそとも言えよう。



 ここで第九企画室が主導したのが、極秘裏に進められた二つの根幹計画であった。


 一つは、『高高度飛翔体を用いた広域環境測定ポッド実証試験』、通称『案山子(かかし)』計画。大気圏外という天空の畑に突っ立って、ただ下界を見下ろすだけの棒切れ、という極めて諧謔的なネーミングだが、その実態は純国産の弾道弾開発である。


 一九七〇年代初頭の段階において、一メガトンクラスの単弾頭であれば、再突入体を込みにしても五百キログラム以内で製造可能であるという目算が立っていた。したがって、この案山子計画のロケットに最初から数トンもの巨大な宇宙船を打ち上げる推力を持たせる必要はなかった。補助ブースターなどの不格好な後付けに頼らず、ミサイルサイロにすっぽりと収まる純粋な多段式固体燃料ロケットとして設計を洗練させること。


 衛星打ち上げ用ロケットの開発を隠れ蓑として、ペイロードはまず初期型単弾頭用の軽量級から始め、段階的に推力を強化して最終的には弾頭の小型化と多弾頭化(MIRV)に対応させる。ある意味、至極真っ当な弾道弾開発計画であった。


 そして二つ目の計画が、その案山子の頭に据え付けられるべき特殊質量体の開発――『第四種・特殊熱源機関の基礎研究』、通称『火鉢(ひばち)』計画である。都市を一つ灰にする絶対温度の火種を表現した、官僚特有の薄暗いユーモアの産物だ。


 しかし、この火鉢計画は技術的観点から言えば狂気の沙汰であった。基礎的な核分裂爆弾(原爆)の実証プロセスを完全にすっ飛ばし、一足飛びに核融合兵器(水爆=熱核兵器)を実用化しようというのである。


 本来、熱核兵器はプライマリー(核分裂爆発)の強烈なX線をセカンダリー(核融合物質)に収束させることで起爆する。一段階目の原爆の動きが完璧でなければ、二段階目の水爆は絶対に点火しない。この絶望的な困難を乗り越えるため、舞台となった茨城県・東海村の動力炉・核燃料開発事業団(動燃)の地下施設では、日本最高峰の頭脳たちが常軌を逸した手法を採用した。


 彼らは、ウランの代わりに代替重金属(タングステン等)を用いた非核の臨界前爆発実験を何千回と反復し、同時に開発されたばかりの超高速度X線フラッシュ撮影装置を用いて、爆縮レンズが生み出す衝撃波の三次元的な圧縮過程を完全に視覚化したのである。


 さらに、国内の大学で萌芽しつつあった高出力レーザーによるプラズマ加熱(レーザー慣性核融合)の初期理論を極秘裏に軍事転用し、テラー・ウラム型配置における「放射爆縮」のメカニズムを、最新鋭の国産メインフレームによるモンテカルロ法シミュレーションで力技で解き明かしていった。



 しかし、案山子と火鉢の二つの計画が机上の計算でどれほど完成に近づこうとも、日本政府は最終的に致命的なパラドックスに直面することになる。


 兵器としての確実性を担保するには、一度は実際の起爆テストを行わなければならない。だが、日本には広大なネバダの砂漠も、ポリネシアの孤島のような核実験場もない。国土が狭すぎ、地下核実験すら不可能である。


 この地球上で核実験ができないという日本特有の事情が、当初の計画には存在しなかった『第3の計画』を泥縄式に生み出すこととなった。


 表向きの名目は『高高度閉鎖環境における可逆的情報収集ポッド実証計画』。そして関係者がつけた秘匿名称は『虫籠(むしかご)』であった。


 秋の夜長に鳴く虫を閉じ込めて楽しむように、一人の人間を狭く薄暗いカプセルに幽閉し、宇宙空間という絶対的な虚無の中へ放り投げる。中の虫がどれほどの恐怖に震えようが、最終的に籠ごと地上へ引き戻し、美しい鳴き声(実験データ)さえ聴ければそれでいい。


 いくら国家の存亡を背負う官僚とて、生贄や特攻を直接的に連想させる名をつけることには微かな良心の呵責があったのだろう。「あくまで観察用の虫である」と嘯くその隠語には、命を命とも思わぬ冷酷なユーモアと、目を背けたい現実への自己欺瞞が入り混じっていた。


 ミッションのプロファイルはこうだ。


 試験用の熱核弾頭(火鉢)と、各種計測機器、そしてそれらを制御する搭乗員を乗せた宇宙機を極軌道上(高度数百キロメートルの真空空間)へと打ち上げる。軌道到達後、搭乗員は手動で弾頭を切り離し、コールドガススラスターを用いて自機を熱輻射の限界安全距離(数十キロメートル)まで退避させる。相対運動を相殺して軌道を同期させた後、光学望遠鏡、X線スペクトロメーター、中性子線検出器の照準を弾頭にシビアな手動操作で照準合わせ(アライメント)し、起爆を指令する。


 宇宙空間には空気が無いため、通常の爆風は発生しない。しかし、太陽すら霞む閃光と共に、減衰することのない強烈な熱輻射(X線)とガンマ線の奔流が宇宙機に襲いかかる。直撃したX線は機体外装を瞬時にプラズマ化させ、その爆発的な蒸発反動(アブレーション)が凄まじい衝撃となって船体を打ち据える。搭乗員は、中性子を減速させる水素化合物と、ガンマ線を防ぐ分厚いタングステンで構成された『シャドウ・シールド(日傘)』の裏側に身を潜め、この絶対的な死の波をやり過ごさなければならない。


 そしてこの決死行において最も重要なのが『データの回収』である。強烈な放射線と、船体金属そのものがガンマ線を浴びて引き起こす内部EMP(システム生成電磁パルス)によって、半導体回路は焼き切れ、電離層も乱れ切るため、地上へのテレメトリー送信は直ちに途絶する。変動磁場に脆弱な磁気テープも一切役に立たない。したがって、起爆瞬間の詳細な物理データは、オシロスコープの波形を直接焼き付ける『光学記録フィルム』や『鉛ガラスで厳重に保護された写真乾板』といった、電磁気の影響を物理的に受けない媒体へと直接刻み込まれる。


 搭乗員は、放射線の嵐が通り過ぎた直後、この重厚なデータコアを計測ポッドから手動の機械式マニピュレーター、あるいは命がけの船外活動(EVA)によって引き抜き、自らが帰還するための大気圏再突入カプセルの最奥部に厳重に格納しなければならないのだ


 最後に、焼け焦げた宇宙機から再突入カプセルを切り離し、数千度の空力加熱と殺人級の減速Gに耐えながら、太平洋の南鳥島沖合へ着水、回収部隊を待つ。


 これが『虫籠』における宇宙実験の全貌であった。自動制御など到底不可能な過酷な環境下で、人間の臨機応変な判断力と手作業だけが頼みの綱となる、文字通りの決死行である。


 だが、ここで問題となるのが運搬手段である。


 同盟国アメリカは、日本の固体ロケット技術の急速な進展に警戒感を抱き、液体燃料ロケット導入を強く迫ってきていた。日本政府は表向きは日米協調を装い、このロケットも並行して採用する(史実のN-Iロケットである)。しかし、発射直前に極低温の燃料を注入する手間がかかり、何よりアメリカの技術者たちの監視の目が光る液体燃料ロケットを、熱核兵器の起爆実験という狂気のワンオフミッションに流用することなど絶対に不可能であった。


 そのため第九企画室は、現在あくまでも人工衛星打ち上げ用として開発を進めているミサイル転用前提の固体燃料ロケットを、強引に流用する暴挙に出た。五百キロの弾頭を運ぶために洗練されるはずだったスマートなロケットモーターを、無理やり横に束ねてクラスタ化し、推力だけを暴力的に増強させようとしたのだ。


 核弾頭、シャドウ・シールド、計測ポッド、そして生命維持装置を備えた有人カプセル。これらすべてを含めた巨大なペイロードを無理やり軌道に押し上げるためだけに急造された、汎用性など皆無の、醜悪で歪なワンオフの怪物ロケット。これが、彼らの用意した使い捨ての宇宙への駕籠であった。



 歴史の歯車は、一握りの若者たちを無慈悲にすり潰していく。


 一九七一年春、航空自衛隊の百里、小松、築城基地に所属する戦闘機パイロットの中から、卓越した反射神経と空間識見を持つ十二名が極秘裏に選抜された。

最後の有人戦闘機と称されたピーキーなF-104Jスターファイター、通称「マルヨン」の手綱を握る空の騎士たちである。少しの操縦ミスが死に直結する後家作り(ウィドウ・メーカー)と呼ばれる暴れ馬を乗りこなせる者たちであれば、未知のクラスタ化固体ロケットの暴力的な加速度にも耐えうるだろうという、医官たちの浅はかな計算であった。


 彼らをこの極秘計画に引き込むための手口は、いかにも日本の官僚組織らしい、陰湿かつ巧妙なものであった。高高度生理学の特殊医学検証プログラムの被験者という名目で呼び出された彼らの人事記録は、「防衛庁技術研究本部・第三航空室付(特殊装備実験班)」という幽霊部署へと移管された。


 書類上は重度の航空性中耳炎による長期地上勤務として処理され、飛行記録から完全に姿を消す。その代償として毎月振り込まれる、当時の国家公務員の平均月収の3倍以上の特殊研究協力手当。それは、理不尽な人体実験に従属する彼ら自身の口を塞ぐための、法外な危険手当であった。


 そして、万が一彼らが実験中に不慮の事故で宇宙の塵となった場合のシナリオも、当然別立てで用意していた。 


 宇宙空間や訓練中に帰らぬ人となった場合、彼らは表向き地上勤務中の突発的な病死や、不慮の交通事故として処理される。そして遺族には、防衛庁の外郭団体を装ったダミー財団から、一切の詮索と他言をしないことを絶対条件に、おおよそ三億円ほどのこの時代としては莫大な特別弔慰金が一括で支払われる手はずとなっていた。彼らの命は、生前も死後も、国家の分厚い裏金によって完全に買い取られていたのである。



 彼らに与えられた任務の過酷さは、テストパイロットの領分すら遥かに超えていた。


 急造の固体クラスタロケット特有の、内臓が背骨に押し付けられ、眼球がひしゃげるような猛烈な初期加速度(最大9G)に耐えること。


 無重力空間の閉鎖環境で孤独と宇宙酔いに耐えながら、絶対的な精度で核兵器の分離と計測機器の操作を行うこと。


 至近距離での熱核爆発による精神的パニックを抑え込み、手動でデータコアを回収すること。


 そして、再突入時の極限の灼熱と旋回Gを克服し、生きたままデータを持ち帰ること。


 それは、生身の人間を大砲の弾に詰めて撃ち出し、地獄の釜の蓋を開けさせてから引き戻すに等しい行為である。マルヨンで日常的に強いGを経験していた彼らでさえ、このロケットがもたらす暴力的な物理エネルギーと、宇宙空間という絶対的な虚無の前では、あまりにも脆弱な「虫」に過ぎなかった。



 人体実験に近い過酷な訓練が進むにつれ、彼らを監視する医学チームは絶望的な壁に激突する。


 鋼鉄の機械は計算通りに宇宙を目指すが、人間の肉体と精神はそれに耐えきれずに容易く崩壊してしまうのだ。宇宙酔いによる嘔吐、閉鎖空間でのパニック、急激なG変化によるブラックアウトや臓器の損傷。


 この悲鳴を上げる肉体を強引にねじ伏せ、強制的に高加速・無重力・高緊張・密閉狭小空間という、過酷で異常な環境に適合させるための手段が必要だった。搭乗員の肉体を極限まで強化し、同時にあらゆる恐怖やパニックから精神を切り離し、完全な従属と集中を強要するための、生体への不可逆的な介入。


 そのための第4の計画。


 過酷極まるミッションを完遂させるべく、人間の生体を強制的に統制・保全するために開発された究極のメソッドこそが、『特殊環境下における生体保全並びに即応国民体育体系の構築』――すなわち、ラジオ体操第四(マル四)の真の姿である。


 そこには、国民の健康増進などという生易しい目的は微塵も存在しなかった。


 ただ国家の狂気と執念を宇宙へ届けるための、生きた部品(パーツ)を作り出すための儀式。


 ラジオ体操第四という名の悪魔が産声を上げる事は、この歪な冷戦構造の影で、既に必然の運命として定められていたのである。



 次話につづく


最後までお付き合いいただき感謝します。

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