序章「新しい朝が来た、希望の朝だ」
「新しい朝が来た、希望の朝だ」
このフレーズを耳にした瞬間、およそ日本で生まれ育った者であれば、脊髄反射的にある特定の情景を脳裏に浮かべるはずだ。
まだ少し肌寒い夏休みの早朝、目をこすりながら首から下げた厚紙のスタンプカード。最終日にもらえるささやかなノートや鉛筆のためだけに重い体を引きずり、近所の公園や神社の境内に集まった眠たげな子供たちの群れ。そして、どこからともなく聞こえてくる、あの軽快でありながら「有無を言わさぬ」謎の威圧感を持ったピアノの旋律である。
ラジオ体操。それは、この島国に住む一億数千万人の肉体に、まるで初期設定のOSのように深く、そしてこっそりとインストールされた巨大な身体プログラムである。
パブロフの犬が鐘の音を聞いてよだれを垂らしたように、我々日本人はあの「タンタータ、タタタタ」というハ長調のイントロを聞くだけで、大脳皮質を経由する間もなく、小脳と運動神経が勝手に「腕を前から上に挙げて大きく背伸びの運動」の準備を始めてしまう。よくよく考えてみれば、これほどまでに広範かつ強力な合法ボディコントロールの体系を、私は他に知らない。
私たちが日常的に親しんでいるこの体操は、用途と対象年代によって、二つの極めてわかりやすい顔を持っている。
まず、不動の玉座に君臨する「ラジオ体操第一」だ。
これはまさに、万人向けの普遍的アーキテクチャである。おじいちゃんから寝起きの幼児まで、誰一人として取り残すことなく肉体を覚醒させるという、ある種の社会主義的な優しさすら漂う見事な設計思想を持っている。
関節をほぐし、血流を促し、呼吸を整える。その動作の一つ一つは流麗で無駄がなく、人間の身体が本来持っている可動域を優しく、しかし確実に使い切るようにできている。朝一番のバキバキに硬直した身体に「君、今日も無事に生きているよ」という事実を思い出させるための、極めて洗練された生命賛歌だとも言えよう。
一方、その直後に放送される「ラジオ体操第二」はどうだろうか。
第一が優しい「目覚めの儀式」であるならば、第二は明らかに気合いの入った「労働への出陣式」である。
テンポは唐突に速くなり、要求される運動強度はグンと跳ね上がる。腕を力強く曲げ伸ばし、ゴリラのように豪快に胸を反らし、太ももや腹筋といった大きな筋肉群に直接的な負荷を容赦なくかけていく。それもそのはず、第二体操は主に職場での利用、つまり高度経済成長期の工場や建設現場で働く屈強な労働者たちの肉体を鍛え上げ、怪我を防ぐための「実務的な筋力トレーニング」として生み出されたものだからだ。
第一が誰にでも優しい文化系の優等生なら、第二は「気合い入れていこうぜ!」と肩を叩いてくる体育会系の熱血漢である。私たちは毎朝、この二つの見事なツンデレ的コントラストを味わいながら、今日という一日を回すためのエンジンに火を入れてきたのだ。
さて、ここまでは誰もが知る「表」の歴史である。
しかし、数字というものは残酷なまでに連続性を要求する生き物だ。1があり、2がある。ならば、当然その先があるのではないかと考えるのが人情というものだろう。
好事家や歴史愛好家の間では有名な話だが、実は「ラジオ体操第三」というものは実在する。いや、過去形で語るべきだろう。私たちが認識しているラジオ体操の歴史において、国民が知るラジオ体操は、第一と第二までである。
第三は戦後ごく短期間のみ放送され、そそくさと姿を消していた。昭和二十一年、敗戦の焦燥と混乱が色濃く残る日本において、GHQの民主化政策の波に乗り、新たな時代にふさわしい躍動的な体操として生み出されたのが第三であった。しかし、この第三体操は、あまりにも短命に終わった。「幻の体操」と呼ばれるゆえんである。
なぜ普及しなかったのか。理由は極めて単純かつ、少しばかり滑稽なものだった。動作が複雑すぎて、誰一人としてついていけなかったのである。
復刻された映像資料を見るとよくわかるが、第三の動きは体操というよりも、もはや意識の高すぎる前衛舞踊か何かのように難解である。テンポはめまぐるしく変わり、左右非対称のトリッキーな動きが連続し、おまけにかなりの筋力と瞬発力を要求される。
そのうえ当時はテレビなどない。ラジオからの「言葉(号令)」だけを頼りに、その複雑怪奇な動きを脳内でデコードし、自らの肉体で再現しなければならないのだ。「今なんて言った!?」と戸惑っている間に次の動作に行ってしまう。当時の食糧難で栄養失調気味だった国民に、アクロバティックな脳トレと筋トレを同時に要求するような、とんでもない無茶振りであった。
結果として、現場からは「難しすぎる」「とにかく疲れる」「そもそも覚えられない」という大ブーイングが巻き起こり、第三体操はわずか一年半足らずで放送網からひっそりと姿を消すこととなった。あまりにも高い理想を掲げすぎたがゆえに盛大に自滅した、少しドジで悲運の体操。それが第三である。
第一、第二という見事な成功作。そして、複雑さゆえに淘汰された第三という失敗作。
歴史の表舞台に刻まれたラジオ体操の系譜は、ここで完全に途絶えている。私たちはそう信じ込まされてきたし、実際のところ、それ以上の数字を求める理由もなかった。
だが、人間の想像力とは厄介なものである。
インターネットの海が広がり、都市伝説という名の現代の妖怪たちが跋扈するようになると、どこからともなく奇妙な噂が囁かれ始めた。
「ラジオ体操には、実は『第四』が存在するらしい」
最初は、取るに足らないネット上の冗談だった。
ある者は「あまりにも激しすぎて死者が出たから封印されたのだ」とまことしやかに語り、またある者は「悪魔を召喚するための儀式だった」と中二病めいたオカルトの味付けを施した。数年前には、ある企業がエイプリルフールのジョークとして、スーツ姿の男たちがCGを駆使してバック転や宙返りなどの超人的なアクロバットを繰り広げる「ラジオ体操第4」という精巧なパロディ動画を公開し、大いに世間の笑いを誘ったこともある。
人々はそれを良質なエンターテインメントとして消費した。4という数字が持つ「死」のイメージと、誰もが知る健全なラジオ体操という極端なギャップが、極上の諧謔を生み出したのだ。世間は「んなアホな」と笑い合い、「そんなものがあるわけがない」と胸をなで下ろした。
しかし、真の恐怖とは、皆が笑い飛ばして安心しきったその死角にこそ、息を潜めて待っているものである。
もし、パロディでも冗談でもなく、国家の深い闇の中で、極めて大真面目に、そして狂気じみた情熱をもって作られた「第四」が実在したとしたら、どうだろうか。
第一のようにみんなの健康を保つためでもない。第二のように労働の能率を上げるためでもない。そして第三のように、新しい時代の理想を掲げて空回りしたわけでもない。
人間の肉体という脆弱な器を、本来の用途から著しく逸脱した「ある極限の環境」に強制的に適応させるためだけに、徹底的な生体力学と狂気の音響設計をもって組み上げられた、血と嘔吐にまみれた呪われた体操プログラム。
これは、日本の健やかな朝の象徴の裏側に隠蔽された、おぞましき国家機密の物語である。
これから私が語る内容は、にわかには信じがたい妄想のように聞こえるかもしれない。しかし、読み進めるうちにあなたは気づくはずだ。私たちが毎朝何気なく動かしているこの関節や筋肉の奥底に、いかに恐ろしい「可能性」が眠っているかということに。
さあ、ラジオのチューニングを合わせよう。
決して一般の周波数では受信することのできない、歴史のノイズに埋もれた不協和音に耳を澄ませてほしい。
準備運動は、もう必要ない。
第一話につづく
最後までお付き合いいただき感謝します。
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