最終話「焼きたてのスコーンは冷めないうちに」
歴史というものは、時に極めて悪趣味な非対称性をもって人々の運命を振り分ける。
国家の将来と命運を背負い、冷戦構造のなか自主独立の道を模索し足掻き、一つの解を見い出そうとしつつあったエリート政治家や官僚たちは、アメリカの恫喝の前に無様にひれ伏し、半世紀近く、その野心を地下書庫へと封じ込められた。
極限の生体を作り出すという狂気の妄念に取り憑かれた神保博士は学会から姿を消し、その指導の下で血反吐を吐いた誇り高き自衛隊のテストパイロットたちは、肉体に消えない痙攣の記憶を刻み込まれたまま、町工場や田舎の空の果てへと散っていった。
そして、前代未聞の録音セッションにおいて、インペリアルの発する不自然な超低周波のうなりが三半規管と内臓の共振周波数に直撃し、激しい吐き気と目眩を訴えて鼻血を吹き出したベテランの専属調律師は、二度とピアノの音を聴くことができなくなった。
特定の和音を聴くと激しいフラッシュバックと嘔吐に襲われるようになった彼は、翌月にNHKを辞職し、一切の音楽から逃れるように信州の山奥で林業に従事して生涯を終えたという。
狂気の「ラジオ体操第四」の伴奏を作曲した張本人、服部正信も計画がオイルショックと米国の圧力によって頓挫した後、忽然と音楽業界から姿を消した。
一説には、彼の生体音響に関する危険な知識を恐れた公安当局によって精神疾患を理由に某県の閉鎖病棟へ隔離されたとも、あるいは防衛庁の技術研究所へ幽閉され、対潜水艦用の音響ソナー兵器の開発に一生を捧げたとも言われている。彼がその後、公の場で曲を発表することは二度となかった。
巨大な計画に関わった男たちが皆、深淵を覗き込んだ代償として発狂し、あるいは破滅していく中、最も劇的な運命を辿ったのは、他でもないあの録音セッションで使い捨ての「生体部品」として扱われた十九歳の女子学生ピアニスト、華佗中亜希子であった。
連続十四時間にも及ぶ地獄のセッションの末、最後の第十二節、全神経をリセットする虚脱の和音を弾き終えた瞬間、彼女は鍵盤の上に倒れ伏し、深い昏睡状態に陥った。彼女の手首は腱鞘炎を通り越し、微細な疲労骨折を起こしていた。
国家の暗部を知りすぎ、マル四を耳にするどころか、自らが発していた起点である彼女もまた、目覚めた後に精神を病み、凄惨な末路を辿るのだと、副調整室いた役人たちは深い同情を寄せていた。まだ若いのにと。しかし、数日間の昏睡から目覚めた彼女は、発狂するどころか、何かが決定的に変わっていたのである。
かつて桐朋学園の教授陣から「技術は世界クラスだが、演奏に血が通っていない」「機械的だ」と評されていた彼女の演奏には、昏睡からの目覚め以降、深淵を覗き込んだ者だけが持つ、恐ろしいほどの霊的なエネルギーと、宇宙の虚無を思わせる凄絶なオーラが宿っていた。
彼女は、服部が仕掛けたあの「狂気の変拍子」と「ピタゴラス音律の不協和音」に脳髄を破壊されるのではなく、あろうことかその宇宙的な冷たい狂気を、自らの音楽的語彙として完全に消化吸収してしまっていたのだ。
男たちが恐怖した名状しがたい宇宙の暗黒を、彼女は「あら、少し変わった和声進行ね。指が痛くなっちゃたわ」と受け入れてしまったのである。そう、受け入れてしまったのだった。
指の骨折が完治した一年後、彼女はまるで日本から逃げるようにヨーロッパへと渡った。
そして一九七四年、現代音楽の登竜門として知られるヨーロッパの最高峰の国際コンクールであるオリヴィエ・メシアン国際コンクールにおいて、彼女は審査員たちを恐怖のどん底に叩き落とすような圧倒的な演奏を披露し、満場一致の優勝を飾る。
審査員の一人は、後に回顧録でこう記している。「彼女の打鍵が響いた瞬間、ホールの空気が凍りつき、私はパリの華やかな音楽堂にいるのではなく、光の届かない海溝の底か、あるいは星一つない冷たい宇宙空間に放り出されたような錯覚に陥った。それはもはや音楽ではなく、重力や時間といった物理法則そのものの顕現であった」と。
その後の亜希子の活躍は、クラシック音楽ファンであれば誰もが知るところである。
ヨーロッパを拠点とし、ヤニス・クセナキス、ジェルジ・リゲティ、そしてかつて服部が師事したメシアンといった、現代音楽の最難関レパートリーを次々と録音。彼女の演奏は「神の数式を音符に変換する巫女」「ピアノという打楽器で宇宙を創世する」と世界中の批評家から絶賛され、世界最高峰のオーケストラであるベルリン・フィルやウィーン・フィルと幾度も共演を重ねた。
かつて薄暗い地下室で指から血を流しながら「ラジオ体操第四」の伴奏を弾き続けた名もなき生体部品は、こうして日本が世界に誇る、歴史的かつ生ける伝説のピアニストとして大成したのである。
彼女はメディアのインタビューで、自身の音楽の原点や、一九七二年の空白の期間について問われても、決して多くを語ることはない。ただ穏やかに微笑み、「若い頃に、少しだけ暗闇の中で音の真理に触れる機会があったのです」と躱すのみである。インタビュアーは声を失った。その横顔は静絶で美しく、混沌の中に咲いた百合の花のようであったと伝えられている。
さて、ここまでの話であれば、「深淵を音楽に昇華した孤高の芸術家の美しい伝説」として片付く。天才とは常に孤独であり、才能の代償として生涯その影を背負って生きるものだ、というロマンチックで美しいストーリーである。彼女の演奏を知る者はほとんど皆がそう信じた。神の意向を背負うものは、地上での幸福は与えられる事は無いであろうと。彼女の演奏と、そして彼女の佇まいは、それを信じるにに足るものであった。
しかし、事実は小説よりも奇なり、そして時として、コズミック・ホラーよりも拍子抜けするほどに日常的で、それが故に不条理でもある。
三十代の頭、ヨーロッパでの名声を確固たるものにしつつあった彼女は、彼女の音楽を知る誰もが予期せぬ行動に出た。あっさりと、そうあっさりと結婚して幸せな家庭を持ったのである。
しかもその相手は、高名な指揮者でも、前衛芸術家でも、パトロンの大富豪でもなかった。ベルリン滞在中に知り合ったという、極めて凡庸で温厚な、日本の大手光学機器メーカーに勤める駐在員の男であった。彼は現代音楽など全く理解しておらず、クセナキスのレコードを聴いて「工事現場の音みたいだね」と笑うような、絵に描いたような善良な市民であった。
「宇宙の暗黒を鍵盤に宿す巫女」が、休日のスーパーマーケットで夫と二人、特売のニンジンをカゴに入れながら「今夜はカレーにしましょうか」などと笑い合っている姿を、彼女の演奏を聞いた者の一体誰が想像できただろうか。
彼女はその後、無事に健康な男児を出産した。出産直後には一時的に演奏活動を休止し、ベルリン郊外の閑静な住宅街で、ベビーカーを押し、ママ友たちとカフェで談笑し、ごく普通の、いや、あまりにも普通すぎる充実した私生活を謳歌し始めたのである。
音楽評論家たちは混乱した。深淵を覗いたはずの彼女が、深淵を我々に見せつける彼女が、なぜこれほどまでに「こちら側」の世界で健やかに生きられているのか。発狂もせず、破滅もせず、あろうことか手作りのアップルパイを焼いて町内会のバザーに出品しているのだ。
ある記者が、意を決して彼女の自宅へインタビューに訪れた際の記録が残っている。記者が「あなたの音楽に潜むあの圧倒的な『虚無』と、この温かい家庭生活のギャップは、どのように折り合いをつけているのですか?」と尋ねたところ、彼女は庭で水遊びをする我が子を眩しそうに見つめながら、こう答えたという。
「ええと……折り合いも何も、別に矛盾はしていませんよ。だって、宇宙がどれほど冷たくて広大で、私たち人間の存在が塵のように無意味だとしても、それはそれとして、今日の夕飯の支度はしなくちゃいけないでしょう? どんなに恐ろしい高次元の物理法則があろうと、息子のおむつは替えないと泣くんですから」
彼女は、宇宙的な怪異に巻き込まれてなどいなかった。いや、正確に言えば、彼女の精神構造は、宇宙的恐怖を前にして発狂するほどヤワではなく、かといって英雄のように戦って打ち勝つようなものでもなかった。
彼女はただ、その常軌を逸した「超・絶対音感」と独自の独特の感性によって、多くの人々を深淵の底のまた底の狂気に落とし込んだ、あのマル四を「まあ、そういうのもあるわよね」と、日常のタッパーウェアの隅にでも押し込んで、完全に飼い慣らしてしまったのである。
服部正信が発狂寸前で恐れたあの「脈動」も、彼女にかかれば、ちょっとリズムを取るのに不便なメトロノーム程度の扱いであったのだ。
とはいえ、彼女の中にあの「マル四」の呪いが完全に消え去ったわけではないらしい。
熱狂的な現代音楽の愛好家たちの間では、一つの奇妙な噂が語り継がれている。
彼女のコンサートのアンコール。極度の緊張と熱狂に包まれたホールの静寂の中、彼女がごく稀に、自作の「短い無調の即興曲」を弾くことがあるという。
ピタゴラス音律を思わせる不協和音が、変拍子の強烈なポリリズムに乗って叩きつけられ、ホールの空気を物理的に振動させるその曲。聴く者の呼吸を浅くさせ、心拍数を異常に早め、背筋に氷を当てられたような絶対的な孤独と宇宙の闇を感じさせるその短い演奏が終わると、聴衆は拍手すら忘れ、ただ呆然と立ち尽くすという。
音楽評論家たちはその即興曲を「虚空の断章の為のピアノ協奏曲(Fragmente des Nichts – Ein Klavier)」と呼んで称賛した。
だが、あの昭和四十七年の深夜、NHK地下第五スタジオのコントロールルームで録音に立ち会った元内閣調査室の老人は、ラジオから流れてきた彼女のそのライブ録音を聴き、顔面を蒼白にして震え上がったという。
「……違う。これはピアノ協奏曲なんかじゃない。第七節『末梢微小循環遮断運動』の伴奏パートだ。しかもひどくなってる……。彼女の中では、マル四の呪いがまだ鳴り続けているんだ……」
そう、呪いは確かに残っているのだろう。
しかし、それがどうしたというのだろう。彼女はその呪いを抱えたまま、現在に至るまで何の後遺症もなく、穏やかに家庭生活も音楽生活も続けながら存命である。
すでに七十代も半ばを過ぎ、白髪の混じった上品な老婦人となった華佗中亜希子は、今も東京都下にある胃の頭町の自宅の居間で、孫を膝に乗せては楽しげにピアノを弾いている。
「本当に、怪異などとは無縁の、幸せな人生なのでしょうか?」と、好事家たちは首を傾げるかもしれない。
本当に? ええ、本当に。
彼女の人生は極めて平穏であり、彼女の周りで奇妙な失踪事件が起きたり、触手が現れたり、巨大な顔の奥さんが近所に住んでいたり、冒涜的なゼリー状の怪物が這い回ったりしたという記録は一切ない。
ただ、ほんの少しだけ、ごくごく些細なことを除いては。
例えば、彼女が孫を寝かしつけるために口ずさむ子守唄が、常に7/8拍子と5/8拍子がランダムに入れ替わる奇妙なポリリズムであること。
その子守唄を聴いていると、なぜか飼い猫が部屋の何もない隅の空間をじっと見つめ、目に見えない多関節の「何か」の動きを目で追い続けること。
そして、彼女が庭で育てている朝顔のツルが、一般的な螺旋を描くのではなく、時に非ユークリッド幾何学的な、人間の空間認識をバグらせるような奇妙な角度で絡み合って伸びていくこと。
それらの些細な「世界の歪み」に気づく者がいたとしても、亜希子はただ上品に微笑みながら、熱い紅茶を勧めるだけである。
「お砂糖はいくつにいたします? そうそう、宇宙の根源的や星間の深淵について考えるのも良いですけれど、スコーンが焼き上がったばかりですから、冷めないうちに召し上がってね」
日本の朝の平和な象徴であるラジオ体操。その裏側に隠されたマル四の狂気は、マスターテープが永遠に行方不明(心からそうあって欲しい)となった今もなお、世界最高峰のピアニストの指先を通じて、時折この世界にその恐ろしい残響を響かせているのかもしれない。
だが、案ずることはない。名状しがたい宇宙の狂気も、圧倒的なる暗黒の神々も、この剛胆でマイペースな日本のピアニストの足元では、すっかり去勢され、大人しくテンポを刻むための忠実なペットに成り下がっているのだから。
もしあなたの耳に、どこからともなくあの狂った変拍子のピアノ伴奏が聴こえてきたとしても、恐れる必要はない。それはきっと、彼女が今日の夕飯の献立を考えながら、機嫌よく口ずさんでいる鼻歌に過ぎないのだ。
おしまい
おまけがあります。
最後までお付き合いいただき感謝します。
気に入っていただけたら、ページ下部よりブックマークとポイント評価をお願いします。
宜しければこちらもどうぞ
「南山共和国建国史シリーズ」
https://ncode.syosetu.com/s0124k/
ご興味がある方はご一読くださいませ。




