第九話「十の証言」
半世紀という時間は、どんな機密であっても、その分厚い国家機密の壁を風化させるには十分な長さである。そして日本人たちにとって一本の薪を巨大な炎の渦へと育てるのには充分すぎる期間であった。
一九七四年にアメリカの圧力によって無惨に頓挫した三つの計画。しかし、臥薪嘗胆の炎を絶やさなかったこの極東の島国は、令和の御代に至り、ついに自力での「真の独立」を成し遂げた。
二〇二一年三月十一日、コロナ禍の中での完全国内技術による国産原子力潜水艦一番艦の就役。
二〇二六年八月一五日、公式には認められてはいないが、同潜水艦へ熱核弾頭付き潜水艦発射弾道弾(SLBM)を搭載した核パトロールの開始である。
かつて宇宙の虚空を目指した狂気のベクトルは、誰の目にも触れない深海へとその矛先を変え、ついに完成を見たのだ。
この核抑止力の完成により、かつての冷戦下における無謀な初期計画群は、歴史的使命を終えた過去の遺物として、その一部が静かに機密解除され始めた。官僚たちの回顧録が出版され、当時の技術者たちが「あの頃は無茶をしたものだ」と苦笑交じりにテレビのドキュメンタリーで語るようになった。
しかし、どれほど機密の扉が開かれようとも、「ラジオ体操第四」に関する資料や証言だけは、極めて不自然なほどに欠落している。
関係者の口は一様に重い。彼らが口を閉ざす理由は、単に「非人道的な人体実験への加担」を恥じているから、というような生易しい倫理観によるものではない。彼らの瞳の奥には、半世紀経った今でも、触れてはならない「何か」の尻尾を踏んでしまったことへの、根源的な恐怖がこびりついているのだ。
散逸した情報の断片を拾い集め、様々な立場で「マル四」の影に触れた十人の関係者から得られた証言を、以下に記す。
証言一:元NHK音響技術職員・S氏(八十八歳、取材当時)
「昭和四十八年の初め頃でしたかね。真夜中の千代田放送会館の地下スタジオに、警務隊の腕章を巻いた自衛官たちが機材を持ち込んできたことがありました。持ち込まれたテープをダビングする作業だったんですが、立ち会った自衛隊の幹部の人が『音をスピーカーから出すな、VUメーターの針だけ見てレベルを合わせろ』と命じるんです。ヘッドホンをつけることすら許されなかった亅
「でも、作業中にどうしても微かに漏れ聞こえてくるんですよ。あれはピアノの音でしたが、とても人間が弾いているとは思えない、無機質で、背筋が凍るような音でした。まるで金属の板をヤスリで擦り合わせながら、心臓の鼓動を狂わせるような……。録音中、テープが走行するキャプスタンローラー周辺の空気が、何が空間の屈折率を変え蜃気楼のように歪んで見えたのを覚えています亅
「作業が終わった後、コピーとマスターテープは鉛張りのジュラルミンケースに厳重に収められて、運び去られました。私はその後、右耳の聴力を原因不明の神経衰弱で失い、NHKを早期退職しました。今でも、たまに無音の部屋にいると、あの音が右耳の奥で鳴り響くんです」
証言二:元宇宙開発事業団(NASDA)技術開発員・K氏(八十五歳)
「……我々が開発していたのは、本当にロケットの居住区だったのだろうかと、今でも疑問に思います。上層部から降りてくるカプセルの仕様書は、常に『内部の振動環境』を異常なほど厳しく規定していました。振動周波数4〜8Hzの振幅を極限まで抑えろという。そんなものは月へ行くアポロ宇宙船ですら要求していないんです」
「中の人間が壊れるからだろと、チーフエンジニアが吐き捨てるように言っていたのを覚えています。しかし、私が本当に恐ろしかったのは、カプセルの内壁に要求された『特殊な吸音材』の配置です。それは外の轟音を防ぐためではなく、明らかに『中から発せられる特定の周波数』を外に漏らさない、あるいはカプセル内で乱反射させて搭乗員自身に叩きつけるための設計でした亅
「計画頓挫後、私は深海探査艇の耐圧殻設計の部署へ回されました。宇宙から深海へ。皮肉なものです。しかし、一万メートルの水圧に耐えるチタン球の設計図を引いている時の方が、あの『虫籠』のカプセルを作っている時よりも、よほど心が安らぎましたよ」
証言三:元防衛庁警務隊員(現・南東北の密教系寺院の住職)・T氏(七十九歳)
「あの日、我々の部隊は虎ノ門の郵政省分室地下へ向かいました。計画凍結に伴う、言っちゃ悪いが証拠隠滅の任務です。機材や書類を次々とトラックに積み込んだんですが、最後に渡されたのが、恐ろしく重い、内側が鉛で覆われた黒い防水トランクでした」
「四人がかりで荷台に持ち上げる際、私は確かに感じたんです。トランクの中身はただのオープンリールテープと書類のはずなのに、まるで中に『生き物』が入っているように、重心がぐらりと不規則に移動したのを。そして、トランクの表面から、微かな、本当に微かなひどく低い音、そう低周波の様な振動が伝わってきたんです亅
「その後すぐ、私は自衛隊を辞め、出家して仏門に入りました。国を守るためには武器が必要です。しかし、あのトランクの中に入っていたものは、国を守るための盾でも矛でもない。人間の魂を腐らせる『呪具』でした。いまは毎日お経を唱えていますが、あの時のトランクの手触りだけは、どうしても消し去ることができません」
証言四:元大蔵省主計局幹部・M氏(九十歳)
「(取材に対してひどく狼狽し、何度も周囲を見回しながら)……あれは、ただの視察のはずだった。莫大な予算の使い道を確認するための、形式的なね。だが、マジックミラー越しにあの空自の男が血を噴き出して倒れた時、そしてあのピアノの音が鳴り響いた時、私の頭の中で、国家予算の巨大な数字の羅列が、ドロドロの黒い液体になって溶け落ちていく幻覚が見えたんだ」
「論理が通じない。計算が成り立たない。人間が、数字が、世の中の理が、物理法則を無視して、ただの『圧力の塊』に変異していく光景。私はあの時、国家というフィクションが根本から崩壊する音を聞いた」
「私はその後、神経衰弱の診断を受けて本省を外され、足し算と引き算だけで済む、地方の小さな予算の数字だけを見ればいい田舎の県議会議員として余生を過ごした。掛け算や、ましてや人を壊す予算など、二度と目にしたくないんだ」
証言五:元航空自衛隊「天翔」搭乗員候補・倉本二等空尉(当時)(七十七歳)
「……神谷は運が良かったのかもしれません。あそこで倒れて、計画が終わったんですから。我々残された者は、計画中止後も地獄でした。身体が、あの『等尺性収縮』の感覚を忘れてくれないんです」
「ふとした瞬間に、無意識のうちに拮抗筋が全力で収縮を始め、関節がロックされてしまう。夜中に突然、背骨が砕けるほどの力で腹筋と背筋が痙攣を起こし、息ができなくなる。我々の身体は、いつでも宇宙の真空と過剰Gに耐えられるように、勝手に戦闘態勢に入ってしまうんです」
「私は定年前に自衛隊を退官し、町工場で金属を削る仕事に就きました。金属の冷たい感触と、旋盤の規則正しいモーター音だけが、私の狂いかけた神経を落ち着かせてくれる。ただ、工場のラジオから、あの『タタタタ……』という第一体操のイントロが流れてきた時だけは、どうしても工場から逃げ出してしまう。私の筋肉が、あの拍子の裏に隠された『マル四』の狂気を思い出して、内側から私を殺そうとするからです」
証言六:元動力炉・核燃料開発事業団(動燃)研究員・N氏(八十二歳)
「東海村で『火鉢(核弾頭)』の設計計算をしていた時、私は奇妙なデータに気がつきました。爆縮レンズを起爆させるための高密度中性子線の発生シグナルが、なぜか『虫籠』側の生体適応プログラム、つまり『マル四』のテンポと完全に同期するように設計変更されていたんです」
「つまり、搭乗員が行うあの体操の第七節の『血流の爆発的再灌流』のタイミングと、核弾頭の起爆のタイミングが、数式のレベルでリンクしていた。人間の心拍と血圧のピークを、核爆発のトリガーとして使おうとしていたのだと気づいた時、私は背筋が凍りました。人間を機械の部品にするどころか、人間の生命活動そのものを『起爆装置』にしようとしていた。あんな悪魔的な発想、普通の技術者にできるはずがない」
証言七:神保博士の元医療助手・W女史(八十歳)
「地下室での実験後、倒れた神谷一尉から採血を行いました。シリンジ(注射器)に引かれた血液を見て、私は悲鳴を上げそうになりました。血液が、赤くなかったんです」
「極限の虚血と圧力、そして異常なストレスホルモンの分泌によって、彼の血液はどす黒いコールタールのように粘濁し、ガラス管の中で微かに『脈打って』いるように見えました。神保博士はそれを見て『素晴らしい、宇宙線に耐え得る高密度の生体プラズマだ』と恍惚とされていました」
「博士は計画頓挫後、防衛庁の嘱託も退かれ学会からも距離を置き、研究所の地下室で一人、ご自身の体を実験台にして等尺性収縮の研究を続けておられました。数年後、心不全で亡くなられた時、博士の遺体は硬直して、石の彫像のように丸まっており、解剖用のメスが筋肉の層を通り抜けなかったと聞いています」
証言八:元郵政省若手官僚・Y氏(七十八歳・資料を盗み出した張本人)
「若気の至りというやつです。あの恐ろしい図解の美しさに、なぜか魅入られてしまった。しかし、あれを手元に置いてから、私の人生は狂いました。夜な夜な、図解の人物が紙面から這い出し、私の首を絞め上げる悪夢を見るようになっちまった」
「平成になって、酒の勢いもあってネットの掲示板に画像をアップロードしてしまったんです。すぐに後悔して原本は庭で燃やしましたが、火にくべた紙片が、まるで悲鳴を上げるように変な音を立てて燃えたのを覚えています。私は今でも、自分の不用意な行動が、あの呪いを現代に解き放ってしまったのではないかと、恐ろしくて夜も眠れません」
証言九:現代音楽の元研究者・H氏(七十四歳)
「服部正信という作曲家は、音楽史における一種のブラックホールです。彼の残した『第四』のスコアの断片を見たことがありますが、あれは音楽ではない。数理物理学のトポロジー(位相幾何学)の図形に音符を無理やり貼り付けたような代物です」
「ピタゴラス音律の『ウルフの和音』を極限まで増幅させ、聴神経を通じて直接大脳辺縁系を麻痺させる。彼は計画終了後、忽然と姿を消しました。一説には、防衛庁の対潜水艦ソナー開発に携わったとも言われていますが、私は違うと思います。彼はきっと、自分自身で作ったあの『宇宙の周波数』に飲み込まれ、人間としての形を保てなくなったのではないでしょうか。彼が探求していたのは、音による人間の自己解体だったのですから」
証言十:故・大物政治家の元第一秘書・O氏(八十九歳)
「……先生が、あの計画を最終的にアメリカの圧力で手放した時、実はホッとされていたのをご存知ですか?」
「確かに、アメリカの横槍は屈辱でした。しかし、先生が本当に恐れていたのは、神谷一尉の流血ではありません。あのマジックミラー越しに見た彼の『目』です」
「彼らは痛みに耐えていたのではない。恐怖に打ち勝っていたのでもない。彼らの目からは、人間らしい感情が完全に消失し、ただ宇宙の虚無を反射するだけのガラス玉になっていた。先生は私にこう漏らしました。『あれは兵器としては優秀かもしれんが、もう日本人ではない。地球の生き物ですらない。我々は、国を守るために、国を構成する人間を別のクリーチャーに変えようとしていたのだ』と」
「政治家として数々の修羅場を潜り抜けてきた先生が、唯一本能的な恐怖を見せたのが、あの『体操』でした。だからこそ、あの資料一式は鉛のトランクに封印され、二度と日の目を見ない深淵へと沈められたのです」
証言は以上である。
国産原子力潜水艦の冷たい鋼鉄のハッチの奥で、現代の乗組員たちはどのような訓練を受けているのだろうか。半世紀の時を経て、深海という新たな極限環境に身を置く彼らの身体に、あの鉛のトランクの中で眠り続ける「第四」の亡霊が、密かにインストールされていないと、誰が断言できるだろうか。
歴史の真実は常に、最も深い闇の底で、我々の想像の及ばない変拍子のリズムを刻み続けているのである。
最終話につづく
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「南山共和国建国史シリーズ」
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