第七話「三つの光」
王都アルヴェリア――王城。
ケント「…………。」
右手を見る。
昨夜まで存在しなかった紋章。
円の中に、三つの星。
光はすでに消えている。
痛みもない。
だが――。
消えない。
ケント「……洗ったら落ちたりしない?」
ミサキ「何だと思ってるの。」
ケント「インクとか。」
ミサキ「古代帝国の紋章がインクだったら、昨日の騒ぎ全部返してほしい。」
ケント「ですよね。」
サクラ「二人とも。」
ケント・ミサキ「はい。」
女王の一言で姿勢が戻る。
机の上には昨夜と同じ古文書。
そして一枚の写真。
肉眼では見えなかった文字が写り込んだ――あの写真。
サクラ「改めて整理しましょう。」
指先が古文書をなぞる。
『星の鍵を宿す者。
三つの光に導かれ――
失われた帝国への門を開く。』
サクラ「問題は、この《三つの光》です。」
ミサキ「三つの星と関係が?」
サクラ「おそらく。」
ケント「三つ……。」
ふと。
頭に三人の顔が浮かんだ。
フウカ。
ミサキ。
サクラ。
ケント「…………。」
ミサキ「何?」
ケント「いや。」
サクラ「今、何か思い浮かびましたね?」
ケント「なんで分かるんですか!?」
サクラ「顔に出ています。」
ミサキ「出てる。」
ケント「二対一ずるくない!?」
サクラ「で?」
ケント「…………。」
さすがに言えない。
『三人とも女性だから、もしかして三つの光って……』
なんて。
ケント「……偶然だと思います。」
サクラ「そうですか。」
ミサキ「怪しい。」
ケント「違うって!」
サクラ「まあいいでしょう。」
古文書へ視線を戻す。
サクラ「そもそも、三つの光が人間とは限りません。」
ケント「ですよね。」
サクラ「三つの国かもしれない。三つの宝石。三つの魔導具。三つの場所――」
ミサキ「あるいは三人。」
ケント「!」
ミサキ「何?」
ケント「何でもありません!」
サクラ「…………。」
ミサキ「…………。」
ケント「その顔やめて!?」
王立大書庫
三人は王城地下へ向かった。
王族でも自由に立ち入ることのできない区域。
王家の許可を必要とする――
《封印書庫》。
重い扉。
サクラが王冠から小さな赤い宝石を外す。
ケント「それ、鍵だったんですか?」
サクラ「王家の証です。」
宝石を扉へ近づける。
カチン。
巨大な魔法陣が浮かび上がる。
ミサキ「……毎回これを?」
サクラ「ええ。」
ケント「普通の鍵じゃダメなんです?」
サクラ「雰囲気がありません。」
ケント「そこ!?」
サクラ「冗談です。」
ケント「女王陛下が最近ミサキに似てきた。」
ミサキ「私のせい?」
サクラ「心外ですね。」
扉が開く。
その先。
巨大な地下書庫。
天井まで続く本棚。
古文書。
石板。
巻物。
そして――。
ケント「…………。」
サクラ「どうしました?」
ケント「撮りたい。」
ミサキ「ダメ。」
ケント「まだ何も言ってない!」
ミサキ「言った。」
サクラ「撮影は禁止です。」
ケント「ですよねぇ……。」
古代ルミナリア帝国。
三人は関連資料を探した。
だが。
ミサキ「……少なすぎる。」
サクラ「ええ。」
一時間。
二時間。
見つかったのは断片ばかり。
《星の皇帝》
《竜との盟約》
《三光》
そして――
《大断絶》
ケント「大断絶?」
サクラ「ルミナリア帝国が滅亡したとされる出来事です。」
ケント「何があったんです?」
サクラ「分かりません。」
ミサキ「戦争?」
サクラ「記録が存在しないのです。」
ケント「存在しない?」
サクラ「正確には――」
古い書物を閉じる。
「そこから先だけ、歴史が抜け落ちています。」
ケント「…………。」
ルミナリア帝国は存在した。
強大な文明。
竜。
魔導技術。
そしてある日――
消えた。
ケント「国が丸ごと消えるなんて……。」
サクラ「だから長い間、伝説として扱われてきました。」
ミサキ「でも。」
机の上。
北方で撮影された写真。
黒い城。
ミサキ「これが本当にルミナリア帝国なら――」
サクラ「滅びたのではなく。」
ケント「……どこかへ消えた?」
三人が黙る。
ケント「……ん?」
一冊の本。
他とは違う。
表紙に――
三つ星。
ケント「これ。」
サクラ「待って。」
ケント「?」
サクラ「その本……。」
女王の表情が変わる。
サクラ「私も知りません。」
ミサキ「封印書庫にあるのに?」
サクラ「王家の目録にもない。」
ケント「…………。」
嫌な予感。
でも。
右手の紋章が――。
ドクン。
ケント「……!」
本が光る。
ミサキ「ケント!」
サクラ「離れて!」
しかし。
本は勝手に開いた。
ページが高速でめくれる。
バラバラバラバラ――!
そして。
一ページで止まった。
三人「…………。」
そこには絵。
一人の男。
その周囲に――
三つの光。
ケント「これ……!」
サクラ「《三光》……。」
だが。
人物ではない。
三つの光は――
それぞれ違う形をしていた。
一つ目。
花。
二つ目。
剣。
三つ目。
王冠。
ケント「…………。」
ミサキ「…………。」
サクラ「…………。」
沈黙。
ケント「いやいやいや。」
ミサキ「……。」
ケント「待って。」
サクラ「…………。」
ケント「出来すぎてない!?」
花。
ケントの脳裏。
金色の髪。
青いリボン。
花飾り。
笑顔。
――フウカ。
剣。
横を見る。
ミサキ。
腰には剣。
ミサキ「……私を見るな。」
ケント「見てない。」
ミサキ「見てる。」
そして。
王冠。
ゆっくり反対を見る。
サクラ「…………。」
頭には王冠。
ケント「…………。」
サクラ「何か?」
ケント「いやもう隠す意味なくない!?」
サクラ「偶然です。」
ミサキ「さっき自分で『三人かもしれない』って言ってたでしょう。」
サクラ「可能性を述べただけです。」
ケント「じゃあ花は!?」
サクラ「…………。」
三人とも同じ人物を思い浮かべる。
サクラ「フウカ・リーヴェル。」
ケント「なんで陛下がフルネーム知ってるんですか!?」
サクラ「王家の情報網を甘く見ないでください。」
ケント「怖いよこの国!!」
だが。
ページの下には文字がある。
古代語。
サクラ「読めませんね。」
ケント「写真に撮って――」
ミサキ「撮影禁止。」
ケント「こういう時くらい!」
サクラ「…………。」
女王が考える。
サクラ「許可します。」
ケント「よし!」
ミサキ「嬉しそう。」
ケント「こういう資料撮るの初めてだから。」
撮影機を取り出す。
高感度感光媒体を装填。
ケント「……いきます。」
カシャ。
当然。
何が写ったかは――
まだ分からない。
ケント「帰ったら現像します。」
サクラ「お願いします。」
その瞬間。
ゴゴゴゴゴ……。
ケント「え?」
ミサキ「何?」
書庫全体が揺れる。
サクラ「地震?」
違う。
光っている。
ケントの右手。
三つ星。
そして。
本の――
花。
剣。
王冠。
三つの絵。
それぞれから光が飛び出した。
ケント「うわっ!」
ミサキ「下がって!」
三本の光。
一本は――西。
一本は――ミサキ。
一本は――サクラ。
ケント「…………!」
剣の印から伸びた光が、ミサキの胸元へ。
ミサキ「っ!」
王冠から伸びた光が、サクラへ。
サクラ「……!」
そして。
花から伸びた光は――
書庫の壁を突き抜け。
遥か彼方へ。
ケント「…………。」
方向。
ケントには分かった。
アステリア。
同時刻――アステリア
フウカ「よし。」
《星降りの丘》。
一人。
撮影機を構える。
今日はケントがいない。
でも。
約束した場所へ来てしまった。
フウカ「……次に来る時は一緒ですからね。」
夕暮れ。
風。
花畑。
ファインダーを覗く。
フウカ「…………。」
綺麗。
カシャ。
その瞬間。
フウカ「……え?」
胸元。
淡い光。
フウカ「何……?」
そして。
彼女の撮影機が――
勝手にシャッターを切った。
カシャ。
フウカ「!?」
触っていない。
フウカ「えっ!? 壊れた!?」
撮影機を見る。
当然、写真は確認できない。
フウカ「…………。」
もう一度シャッター。
普通に動く。
フウカ「……なんだったんだろ。」
その時。
風が吹いた。
花畑が一斉に揺れる。
まるで――
何かが通り抜けたように。
王立大書庫
光が消えた。
ミサキ「…………。」
サクラ「…………。」
ケント「二人とも大丈夫!?」
ミサキ「私は平気。」
サクラ「私も。」
ミサキの手首。
一瞬だけ――
剣の紋章。
サクラの胸元。
一瞬だけ――
王冠の紋章。
そして消えた。
ケント「……見た?」
ミサキ「見た。」
サクラ「ええ。」
ケント「じゃあ……。」
ミサキ「まだ決めつけない。」
ケント「でも。」
ミサキ「写真と同じ。」
ケント「!」
ミサキ「一つの証拠だけで、全部を決めつけちゃダメなんでしょう?」
ケント「…………。」
自分がゲラーデンで言った言葉。
ケント「……覚えてたんだ。」
ミサキ「誰かさんが偉そうに言ってたから。」
ケント「偉そうは余計。」
サクラ「ですが――」
女王が本を見る。
花。剣。王冠。
サクラ「確認する価値はあります。」
ケント「フウカさんを?」
サクラ「ええ。」
ケント「……。」
嫌な予感しかしない。
ケント「陛下。」
サクラ「何でしょう。」
ケント「まさかフウカさんを王城に?」
サクラ「呼びます。」
ケント「やっぱり!」
ミサキ「いいんじゃない?」
ケント「ミサキまで!?」
ミサキ「本人に確認しないと進まない。」
ケント「それはそうだけど……。」
サクラ「何か問題が?」
ケント「…………。」
昨日。
アステリア。
フウカとミサキの初対面。
あの微妙な空気。
そこに。
今度は女王サクラまで加わる。
ケント「…………。」
ミサキ「顔。」
サクラ「出ていますよ。」
ケント「俺、北方の竜より怖いものに立ち向かおうとしてない?」
ミサキ「何の話?」
サクラ「さあ?」
ケント「絶対分かってるだろ!!」
その夜――王城・魔導現像室
撮影した古文書を現像する。
ケント「…………。」
ミサキ「まだ?」
ケント「またそれ言う?」
ミサキ「今回は私も気になる。」
サクラ「私もです。」
ケント「女王陛下まで現像待ちしてる光景、すごいな……。」
サクラ「静かに。」
ケント「はい。」
像が浮かぶ。
古文書。
花。
剣。
王冠。
ケント「……ちゃんと写ってる。」
ミサキ「文字は?」
ケント「待って。」
定着。
乾燥。
そして拡大焼き。
古代文字の部分を大きくする。
サクラ「…………。」
ミサキ「読めない。」
ケント「やっぱりか。」
だが。
ケント「……ん?」
写真。
原本にはなかったものが――
また写っている。
ケント「待って。」
ミサキ「何?」
ケント「ここ。」
花の下。
小さな文字。
剣の下。
文字。
王冠の下。
文字。
サクラ「原本には……。」
ケント「なかった。」
写真にだけ現れた文字。
だが今回は。
なぜか――
読める。
ケント「…………。」
一つ目。
花。
その下。
《心を照らす者》
二つ目。
剣。
《道を守る者》
三つ目。
王冠。
《世界を導く者》
三人「…………。」
ケント「……三つの光。」
サクラ「ええ。」
ミサキ「でも、まだ名前はない。」
ケント「うん。」
誰がそうなのか。
確定したわけではない。
ただ。
あまりにも――
符合している。
ケント「…………。」
写真を持ち上げる。
その時。
裏側。
ケント「……?」
何かある。
ケント「待って。」
写真を裏返す。
ミサキ「何?」
ケント「文字……?」
焼き付けたはずのない裏面。
そこに。
金色の文字が――
ゆっくり浮かび上がる。
サクラ「…………!」
一行。
『三光が揃う時、星の鍵は第一の門を開く。』
ケント「第一の……門。」
ミサキ「つまり。」
サクラ「これで終わりではありません。」
ケント「…………。」
むしろ。
始まってすらいない。
同じ頃。
アステリア。
フウカは昼間、勝手にシャッターが切れた感光媒体を――
一人で現像していた。
フウカ「…………。」
像が浮かぶ。
星降りの丘。
花畑。
夕焼け。
そして――。
フウカ「……え?」
そこに。
いるはずのない人が写っていた。
丘の向こう。
遠く。
一人の少女。
白い服。
こちらを向いている。
フウカ「誰……?」
知らない。
会ったこともない。
少女は写真の中で――
静かに微笑んでいる。
そして。
その背後。
夕暮れの空に――
三つの小さな光。
星にしては明るすぎる。
並び方も、不自然だった。
まるで。
少女を囲むように浮かんでいる。
フウカ「…………。」
写真をさらに近づける。
少女の顔。
どこかで見た気がする。
けれど――
思い出せない。
そして写真の下。
小さな文字。
『見つけて。』
フウカ「…………。」
夜の部屋。
誰もいない。
フウカは写真を握ったまま――
小さく呟いた。
「……ケントさん。」
遥か北。
閉じたはずの空の亀裂。
その向こう。
黒い城。
少女の声が響く。
『一つ目は、目覚めた。』
暗闇。
別の声。
『では――』
巨大な瞳が開く。
『星の鍵を、こちらへ。』
――第七話「三つの光」了。
次回――第八話
「三人、王都にて」




