第六話「帰還、そして一枚の写真」
。
空の亀裂。
異世界と思われる黒い城。
巨大な竜の瞳。
そして――
肉眼では見えなかった、謎の古代文字。
ミサキ「それ、絶対に失くさないで。」
ケント「命より?」
ミサキ「あなたの命も。」
ケント「……。」
ミサキ「両方持って帰る。」
ケント「はい。」
王都への帰路
行きとは違った。
ケント「…………。」
ミサキ「…………。」
ケント「…………。」
ミサキ「……静かね。」
ケント「え?」
ミサキ「行きは『会話がない』って騒いでたのに。」
ケント「騒いではないでしょう」
ミサキ「似たようなもの。」
ケント「……考えてた。」
ミサキ「昨日のこと?」
ケント「うん。」
あの声。
――見つけた。
そして。
――鍵。
ケント「ミサキは、本当に何も聞こえなかった?」
ミサキ「何も。」
ケント「……そっか。」
ミサキ「でも。」
ケント「?」
ミサキ「あなたが嘘を言ってるとも思ってない。」
ケント「…………。」
ミサキ「だから王都で調べる。」
ケント「ありがとう。」
ミサキ「それと――」
ケント「?」
ミサキ「次に同じことが起きても、勝手に近づかない。」
ケント「分かってる。」
ミサキ「本当に?」
ケント「本当に。」
ミサキ「撮りたいものがあっても?」
ケント「…………。」
ミサキ「ほら。」
ケント「努力します。」
ミサキ「約束しなさい!」
ケント「約束します」
ミサキ「まったく……。」
でも。
ミサキの声には、もう初日にあった冷たさはなかった。
昼。
街道沿いの小さな丘で休憩を取る。
ケントは水を飲みながら、遠くの山を見る。
ミサキは馬のそば。
ケント「…………。」
撮影機へ手が伸びる。
ミサキ「ケント。」
ケント「まだ何もしてないよ!?」
ミサキ「撮ろうとしたでしょう。」
ケント「なんで分かるの?」
ミサキ「分かるようになった。」
ケント「怖っ」
ミサキ「撮れば?」
ケント「え?」
ミサキ「景色。」
ケント「……いいの?」
ミサキ「安全確認したから。」
ケント「じゃあ遠慮なく。」
撮影機を構える。
北方の山々。
長く続く街道。
その手前には――
馬の横に立つミサキ。
ケント「…………。」
ミサキ「何?」
ケント「そこ動かないで。」
ミサキ「……私?」
ケント「うん。」
ミサキ「また勝手に撮るつもりだった?」
ケント「今回は聞いたじゃん」
ミサキ「……。」
少しだけ困った顔。
ミサキ「どうすればいい?」
ケント「普通でいい。」
ミサキ「普通って何。」
ケント「俺じゃなくて、山見てて。」
ミサキ「……こう?」
風が吹く。
長い髪が揺れる。
黒い騎士装束。
遥か向こうには、二人が戻ってきた北方山脈。
ケント「……いい。」
カシャ。
ミサキ「終わり?」
ケント「終わり。」
ミサキ「見せて。」
ケント「今は無理。」
ミサキ「……あ。」
ケント「現像したらね。」
ミサキ「そうだった。」
ケント「だんだん撮影機に興味出てきてない?」
ミサキ「出てない。」
ケント「ほんとかなぁ」
ミサキ「置いてくよ。」
ケント「待って!」
数日後――アステリア伯爵領
王都へ戻る街道は、アステリア伯爵領を通っている。
久しぶりに見慣れた景色が近づいてきた。
ケント「…………。」
ミサキ「ここがあなたの領地?」
ケント「うん。」
ミサキ「思ったより……。」
ケント「何?」
ミサキ「普通。」
ケント「どういう領地想像してたの!?」
ミサキ「もっと変なのかと。」
ケント「領主が変でも領地は普通です!」
ミサキ「自分で変って認めた。」
ケント「あ。」
ミサキ「六回目。」
ケント「今度はそっちが数えてるじゃん」
町へ入る。
すると――。
「伯爵様だ!」
「お帰りなさい!」
「ケント伯爵!」
あちこちから声が飛ぶ。
ケント「ただいまー!」
ミサキ「…………。」
ケント「どうした?」
ミサキ「いや。」
町の人々が自然にケントへ話しかける。
子どもが手を振る。
商人が頭を下げる。
老婆が「ちゃんと食べてるの?」と声を掛ける。
ケント「食べてますって」
ミサキ「…………。」
王都で見る貴族とは、少し違う。
ミサキ「……好かれてるのね。」
ケント「俺が?」
ミサキ「他に誰がいるの。」
ケント「そうかな。」
ミサキ「本人が一番分かってないタイプ。」
ケント「?」
その時だった。
「――ケントさん!」
ケント「……!」
聞き覚えのある声。
振り返る。
通りの向こう。
金色の髪。
撮影機を肩から提げた女性が立っている。
フウカ・リーヴェル。
ケント「フウカさん!」
フウカ「……!」
駆け寄ってくる。
フウカ「帰ってきたんですね!」
ケント「うん。まだ王都に報告があるから途中だけど。」
フウカ「よかったぁ……。」
明らかに安心した顔。
フウカ「手紙もらってから、ずっと心配してたんですよ!」
ケント「ごめん。」
フウカ「もう……。」
そして。
フウカの視線が――
ケントの隣へ。
ミサキ「…………。」
フウカ「…………。」
ミサキ「…………。」
ケント「…………。」
初対面。
フウカ「……ケントさん?」
ケント「はい。」
フウカ「こちらの方は……?」
ケント「あっ。」
忘れていた。
ケント「今回の任務で護衛してくれた――」
ミサキが一歩前へ出る。
ミサキ「ミサキ・ヴァレンティア。」
フウカ「!」
ミサキ「王国直属の騎士よ。」
フウカ「フ、フウカ・リーヴェルです!」
ぺこり。
ミサキ「よろしく。」
フウカ「よろしくお願いします……!」
ケント「…………。」
何だろう。
妙に緊張する。
フウカ「……護衛、だったんですね。」
ケント「そう。」
フウカ「ずっと?」
ケント「王都から北方まで。」
フウカ「二人で?」
ケント「うん。」
フウカ「…………。」
ケント「?」
フウカ「……そうですか」
笑ってる。
いつものフウカだ。
なのに――。
ケント(……なんだろう。)
ちょっと怖い。
ミサキ「…………。」
そしてミサキも、そんなフウカを静かに見ている。
ミサキ「あなたがフウカね。」
フウカ「え?」
ケント「え?」
フウカ「私のこと、ご存じなんですか?」
ミサキ「名前だけ。」
フウカ「…………。」
ミサキ「帰り道で、何度か聞いたから。」
ケント「えっ。」
ゆっくり。
フウカがケントを見る。
フウカ「……へぇ」
ケント「ち、違う!」
フウカ「私、何も言ってませんけど?」
ケント「最近それサクラ陛下にもやられた!!」
ミサキ「サクラ陛下?」
ケント「あ。」
ミサキ「……あとで聞こうかな。」
ケント「なんで!?」
フウカ「ふふっ」
緊張が少しだけ解けた。
その日の夕方。
ケントは自邸へ戻り、北方で使った感光媒体の整理を始めていた。
コンコン。
ケント「はい。」
フウカ「失礼します。」
ケント「フウカさん?」
フウカ「……来ちゃいました。」
手には小さな包み。
フウカ「旅から帰ったばかりだから、何か食べるものでもって。」
ケント「ありがとう!」
フウカ「それと……。」
少し照れながら。
フウカ「写真。」
ケント「?」
フウカ「前に撮ってくれたでしょう?」
ケント「……あ!」
星降りの丘。
初めてフウカを撮った日。
フウカ「ちゃんと撮れてたら見せてくれるって。」
ケント「そうだった!」
ケントは机の引き出しを開ける。
一枚の封筒。
実は王都へ出発する直前に現像を済ませていた。
ケント「これ。」
フウカ「…………。」
封筒から写真を取り出す。
夕暮れ。
草原。
風に揺れる金色の髪。
遠くに広がるアステリアの街。
そして。
振り返って笑うフウカ。
フウカ「…………。」
ケント「どう?」
返事がない。
ケント「フウカさん?」
フウカ「……ずるい。」
ケント「え?」
フウカ「私、こんな顔してたんですか?」
ケント「してた。」
フウカ「…………。」
写真を見る。
もう一度。
フウカ「……好きです。」
ケント「!」
フウカ「この写真。」
ケント「…………あ、写真ね。」
フウカ「?」
ケント「いや!何でもない!」
フウカ「……?」
危ない。
なぜか一瞬――別の意味に聞こえた。
フウカ「これ……一枚もらってもいいですか?」
ケント「もちろん。焼き増しするよ。」
フウカ「ありがとうございます」
ケント「原版は俺が持ってていい?」
フウカ「もちろん。」
ケントは写真を見る。
ケント「……俺もこれ、好きなんだ。」
フウカ「ほんと?」
ケント「うん。」
フウカ「どうして?」
ケント「だって――」
少し照れくさい。
でも。
「初めて撮ったフウカさんだから。」
フウカ「…………。」
頬が赤くなる。
フウカ「……そういうこと。」
ケント「?」
フウカ「普通に言うんですね。」
ケント「何が?」
フウカ「……もういいですっ////」
まただ。
前にも言われた。
ケント「俺なんか変なこと言った?」
フウカ「自分で考えてください!」
ケント「えぇ!?」
その夜。
別室。
ミサキは一人、窓辺にいた。
コンコン。
ケント「ミサキ、入っていい?」
ミサキ「どうぞ。」
ケント「これ。」
一枚の写真を渡す。
ミサキ「……?」
昼間。
北方から戻る途中。
山を見つめるミサキ。
ケント「簡易現像した。」
ミサキ「…………。」
しばらく見る。
ミサキ「……私、こんな顔してた?」
ケント「してた。」
ミサキ「…………。」
ケント「気に入らない?」
ミサキ「逆。」
ケント「?」
ミサキ「……好き。」
ケント「!」
ミサキ「この写真。」
ケント「…………。」
ミサキ「何、その顔。」
ケント「いや……今日二回目だなと思って。」
ミサキ「何が?」
ケント「何でもない」
ミサキ「変な人。」
ケント「七回目。」
ミサキ「……これ、もらっていい?」
ケント「そのつもりで持ってきた。」
ミサキ「ありがとう。」
ケント「じゃ、おやすみ。」
扉へ向かう。
ミサキ「ケント。」
ケント「ん?」
ミサキ「…………。」
写真を見る。
ミサキ「今度は。」
ケント「?」
ミサキ「勝手にじゃなくて――」
ほんの少し照れながら。
「ちゃんと私を撮って。」
ケント「…………。」
ミサキ「何?」
ケント「いや。」
笑う。
ケント「もちろん。」
扉が閉まる。
ミサキはもう一度写真を見る。
そして――
小さく笑った。
翌日――王都アルヴェリア
王城。
謁見の間ではない。
今回は最初から――
女王執務室。
サクラ「…………。」
机の上。
何枚もの写真。
竜騎士。
公国軍の紋章。
空の亀裂。
黒い城。
赤い月。
巨大な瞳。
サクラ「……これを、本当にあなたが撮ったのですね。」
ケント「はい。」
ミサキ「私も現場にいました。」
サクラ「そして声を聞いたのは?」
ケント「俺だけです。」
サクラ「『見つけた』。」
ケント「はい。」
サクラ「そして――『鍵』。」
ケント「はい。」
サクラは黙り込む。
やがて。
最後の写真を手に取った。
肉眼では存在しなかった古代文字。
そして中央に――
円の中の三つ星。
サクラ「…………。」
ケント「陛下?」
サクラ「この紋章……。」
ミサキ「ご存じなのですか?」
サクラ「……ええ。」
ケント「どこの紋章です?」
サクラは立ち上がる。
部屋の奥へ。
本棚。
その中から一冊の古い本を取り出した。
埃を払う。
表紙には――。
同じ紋章。
ケント「…………!」
ミサキ「これは……?」
サクラ「王家に伝わる古文書です。」
机に置く。
サクラ「私も幼い頃、一度しか見たことがありません。」
ページを開く。
古い絵。
巨大な竜。
三つの星。
そして――
一人の人物。
その頭上には。
冠。
ケント「……王?」
サクラ「いいえ。」
サクラは静かに答える。
「皇帝です。」
ケント「…………。」
ミサキ「皇帝……?」
サクラ「この大陸に王国が生まれるより、遥か昔。」
古文書の文字を指でなぞる。
サクラ「エルディア大陸には――」
顔を上げる。
「一つの巨大な帝国が存在したとされています。」
ケント「名前は?」
サクラ「…………。」
一瞬。
女王が躊躇う。
そして。
サクラ「――ルミナリア帝国。」
ケント「…………。」
ミサキ「…………。」
静寂。
ケント「ルミナリア……。」
その名前を口にした瞬間。
ケントの胸の奥。
昨日、竜の瞳に見つめられた時と同じ――
奇妙な感覚。
ドクン。
ケント「……っ。」
ミサキ「ケント?」
サクラ「どうしました?」
ケント「いや……。」
胸を押さえる。
その時。
机の上に置かれた写真。
古代文字が写り込んだ――あの一枚。
淡く光った。
三人「…………!」
サクラ「……触らないで!」
しかし。
遅かった。
写真から――
細い光が伸びる。
そして。
まっすぐ。
ケントの胸へ。
ケント「――っ!」
ミサキ「ケント!!」
ミサキが抱き止める。
サクラ「衛兵!!」
光は一瞬で消えた。
ケント「…………。」
ミサキ「大丈夫!?」
ケント「……うん。」
サクラ「本当に?」
ケント「たぶん……。」
そして。
ケントの右手。
そこに――。
今までなかったものが浮かび上がっていた。
円。
その中に。
三つの星。
ミサキ「…………。」
サクラ「…………。」
ケント「…………。」
ケント「……これ。」
サクラが息を呑む。
古文書を見る。
写真を見る。
そして――ケントの手を見る。
すべて同じ。
サクラ「……あり得ない。」
ケント「陛下?」
サクラは古文書をめくる。
一枚の挿絵。
そこには――
三つ星の紋章を手に持つ、一人の男。
その下。
古代語の横に、後世の王家が残した翻訳。
サクラが読む。
『星の鍵を宿す者。
三つの光に導かれ――
失われた帝国への門を開く。』
ケント「…………。」
ミサキ「三つの……光?」
サクラ「…………。」
そして。
最後の一文。
『その者、やがて――』
紙が破れている。
ケント「続きは?」
サクラ「……ありません。」
ケント「そこで!?」
ミサキ「一番大事なところじゃない!」
サクラ「私に言われても困ります」
三人「…………。」
一瞬だけ。
空気が緩んだ。
だが。
ケントは自分の手を見る。
三つの星。
北方で聞いた声。
――鍵。
ようやく。
その言葉が――
意味を持ち始めた。
王城の窓の外。
遥か北。
誰にも見えない場所で。
ほんの一瞬。
空に紫色の亀裂が走った。
そして――。
その向こう。
黒い玉座。
何者かが目を開く。
『星の鍵が――目覚めた。』
暗闇の中。
巨大な竜たちが――
一斉に目を開いた。
――第六話「帰還、そして一枚の写真」了。
次回――第七話
「三つの光」




