第四話「北へ」
翌朝――宿場町。
ケント「…………。」
ミサキ「起きて。」
ケント「……起きてます。」
ミサキ「目、閉じてるけど。」
ケント「精神は起きてます……。」
ミサキ「身体も起こして。」
布団が――
バサッ!
ケント「寒っっっ!!」
ミサキ「おはよう。」
ケント「黒騎士の起こし方じゃないんですよ!!」
ミサキ「起きたでしょう?」
ケント「起きましたけど!」
朝から容赦がない。
昨日、少し打ち解けたと思ったが――
やはりこの人は黒騎士だった。
宿を出る。
昨日より空気が冷たい。
遠くには、昨日まで見えなかった巨大な山脈が姿を現していた。
ミサキ「今日中に《ゲラーデン》へ入る。」
ケント「いよいよ北端か……。」
ミサキ「ここから先は観光気分じゃ困る。」
ケント「分かってますよ。」
そう答えながら――
ケントは魔導撮影機を構えた。
カシャ。
ミサキ「…………。」
ケント「何?」
ミサキ「言った直後に撮る?」
ケント「危険なのと写真撮るのは別問題です。」
ミサキ「……ほんと変な人。」
ケント「三回目。」
ミサキ「数えてるの?」
ケント「そっちも昨日数えてたでしょう」
ミサキ「……行くよ。」
北方街道
昼を過ぎるころには、景色が一変した。
緑豊かな平原は消え、岩肌が増えていく。
行き交う商人も、ほとんどいない。
そして――
ケント「……ミサキ。」
ミサキ「気づいた?」
街道脇。
地面に、深い傷が走っている。
三本。
並行して。
まるで――
巨大な爪で抉られたような跡。
ケントは馬から降りる。
ミサキ「待って。」
ケント「写真だけ。」
ミサキ「私が先。」
ミサキは剣に手を掛け、周囲を確認する。
森。
岩陰。
空。
数秒後。
ミサキ「……いいよ。」
ケント「ありがとう。」
魔導撮影機を構える。
カシャ。
今まで撮ってきた美しい景色とは違う。
これは――記録。
ケント「大きいな……。」
ミサキ「おそらく竜。」
ケント「こんなのが空から来るのか。」
ミサキ「怖くなった?」
ケント「そりゃ怖いですよ。」
ミサキ「…………。」
ケント「でも、だから撮らないと。」
ミサキ「……どうして?」
ケントは爪痕を見た。
ケント「俺たちが『竜を見た』って言うだけじゃ、見てない人には分からないでしょう?」
ミサキ「……。」
ケント「怖かったものも、綺麗だったものも――写真なら残せるから。」
ミサキは、しばらく何も言わなかった。
ミサキ「……なるほど。」
ケント「?」
ミサキ「サクラ陛下があなたを選んだ理由、少し分かった。」
ケント「俺はまだ分かってないけど。」
ミサキ「そこは分かりなさい。」
再び北へ。
やがて――。
ミサキ「見えた。」
山間に、巨大な石造りの砦都市が現れる。
アルヴェリア王国最北端。
《ゲラーデン》
しかし。
ケント「…………。」
様子がおかしい。
城壁の上には大量の兵士。
門の前には、避難してきた人々。
負傷者を運ぶ騎士。
そして――
空を見張る弓兵たち。
ケント「これ……。」
ミサキ「想像以上に悪そうね。」
二人が門へ近づいた、その時。
「ケント伯爵!」
王国騎士が駆けてくる。
「お待ちしておりました!」
ケント「状況は?」
騎士の顔が曇る。
「昨夜――また出ました。」
ミサキ「竜?」
「はい。」
ケント「被害は?」
「襲撃はありません。しかし……。」
騎士が北を指差した。
その先には、雪を被った山々。
「今朝、監視兵が確認しました。」
ケント「何を?」
騎士は一瞬、言葉をためらった。
「竜が――」
そして告げる。
「人を乗せていました。」
ケント「…………。」
ミサキ「……人?」
「少なくとも、人型です。」
二人の表情が変わる。
野生の竜ではない。
もし、人が操っているのなら――。
ケント「……撮影記録は?」
「ありません。」
ケント「次に現れたら――」
肩から魔導撮影機を外す。
「俺が撮ります。」
ミサキ「ケント。」
ケント「?」
ミサキは真剣な顔でこちらを見る。
ミサキ「撮るのはいい。」
そして――
ケントの肩を掴んだ。
「でも絶対に、私より前へ出ないで。」
ケント「……分かった。」
ミサキ「本当に?」
ケント「分かったって。」
ミサキ「昨日、光を撮るために森へ入ろうとした人が?」
ケント「…………。」
ミサキ「信用できない。」
ケント「ひどい」
その瞬間だった。
――ゴォォォォ……。
低い音。
風ではない。
地鳴りでもない。
城壁の兵士が叫ぶ。
「――上空!!」
ケントとミサキが同時に空を見る。
雲の向こう。
巨大な黒い影。
バサッ――!!
翼。
ケント「…………来た。」
ミサキは一瞬で剣を抜いた。
キィン――!
ミサキ「ケント、私の後ろ。」
ケント「……。」
魔導撮影機を構える。
ファインダーの中。
黒い竜が雲を突き破る。
そして、その背には――
確かに。
誰かが乗っている。
ケント「……人だ。」
さらにその姿を追う。
風になびく外套。
人影。
そして――
その人物が、こちらを見た。
ケント「…………え?」
ミサキ「どうした?」
ケント「今……。」
カシャ。
すぐさま、もう一度。
カシャ。
さらに竜を追う。
カシャ。
直後――
竜が大きく旋回する。
ミサキ「来る!」
城壁に緊張が走る。
しかし竜は攻撃せず――
ゲラーデン上空を一周すると、再び北へ向かった。
ケントは、遠ざかる黒い影をファインダー越しに追い続けた。
やがて山の向こうへ消える。
静寂。
ケントはゆっくり魔導撮影機を下ろした。
ミサキ「……撮れた?」
ケント「分からない。」
ミサキ「……え?」
ケント「ちゃんと写ってるかは、現像してみないと。」
ミサキ「今、確認できないの?」
ケント「できない。」
ミサキ「……ずいぶん不便な道具ね。」
ケント「そこがいいんですよ。」
ミサキ「やっぱり変な人。」
ケント「四回目。」
その日の夕刻。
ゲラーデン砦内の一室。
窓は厚い布で塞がれ、部屋には淡い赤色の魔導灯だけが灯されている。
机の上には薬液を満たした器。
ケントは慎重に、撮影に使った感光板を薬液へ沈めた。
ミサキ「……まだ?」
ケント「まだ。」
ミサキ「さっきも聞いた。」
ケント「だからまだです。」
ミサキ「……。」
ケント「そんなに見つめても早くなりませんよ。」
ミサキ「分かってる。」
ケント「絶対分かってないでしょ。」
やがて――
白かった感光板の上に、ゆっくりと像が浮かび上がってくる。
ケント「……出てきた。」
ミサキが隣へ寄る。
最初の一枚。
雲を突き破る――黒い竜。
ミサキ「……撮れてる。」
ケント「よし。」
次の一枚。
竜の背に乗る――人影。
ケント「やっぱりいた。」
ミサキ「ええ。」
そして――
次の一枚。
ケント「…………待って。」
ミサキ「何?」
ケントは感光板を魔導灯へ近づける。
騎手の外套。
その胸元に――
小さな紋章が写り込んでいた。
ミサキの表情が変わる。
ケント「知ってる?」
ミサキ「……ええ。」
ケント「どこの?」
ミサキは答える前に、一度だけ北の方角を見た。
その山脈の向こうにある国。
ドラケベル山岳公国。
ミサキ「公国軍の紋章。」
ケント「じゃあ……。」
ミサキ「野生の竜じゃない。」
沈黙。
そしてミサキは呟いた。
「――竜騎士よ。」
ケント「竜騎士……。」
その言葉を確かめるように、ケントはもう一度感光板を見る。
そして――
ケント「……ん?」
ミサキ「今度は何?」
ケント「ここ。」
ケントが写真の端を指差す。
二人が注目していた竜騎士とは反対側。
遥か北の空。
そこに小さく――
紫色の光が写っている。
ケント「これ……。」
ミサキ「……まさか。」
二人は顔を見合わせた。
サクラ女王から見せられた映像。
空に走った――
あの亀裂。
肉眼では気づかなかった。
竜騎士を追うことに必死だったケントも。
周囲を警戒していたミサキも。
けれど――
魔導撮影機だけが、それを見ていた。
ケント「明日。」
ミサキ「ええ。」
ケント「もっと北へ行こう。」
ミサキ「……ここから先は、本当に危険よ。」
ケント「分かってる。」
ミサキ「…………。」
ケントは、現像された一枚を見つめる。
そこに残された、紫色の光。
ケント「だから――」
魔導撮影機を握る。
「見に行く。」
ミサキ「…………ふっ。」
ケント「何?」
ミサキ「やっぱり変な伯爵。」
ケント「五回目!」
――第四話「北へ」了。
次回――第五話『空の亀裂』。




