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第二話 「王都アルヴェリア」

星降りの丘。


つい先ほどまで二人で夕景を撮っていた場所に、張り詰めた空気が流れていた。


ケントは騎士から受け取った封書を開く。


そこには王家の紋章と、短い文章。


――――――――――


アステリア伯ケント。

至急、王城へ登城されたし。


――サクラ・アルヴェリア


――――――――――


「……至急、か」


「何かあったんでしょうか……?」


フウカが心配そうに尋ねる。


「分からない。でも女王陛下が直接名前を入れて召喚してる。普通の報告じゃなさそうだ」


封書を閉じるケント。


その横顔を見つめながら、フウカは初めて実感した。


さっきまで一緒に夕景を追いかけていた、“撮影好きのケント”。


けれど、この人は本当に――伯爵なのだ。


「フウカさん」


「はい」


「ごめん。今日はここまでになりそう」


「そんな! 謝らないでください」


「次はもっとゆっくり――」


「待ってます」


「……え?」


フウカは魔導撮影機を胸元に抱えて笑った。


「次の撮影」


「…………うん」


「約束ですよ?」


「約束」


二人はそこで別れた。


――けれど。


丘を下りながら、ケントは一度だけ振り返った。


フウカは、まだそこにいた。


こちらに気づくと、大きく手を振る。


ケントも少し照れながら手を上げた。


そして――。


先ほど撮った一枚を、もう一度確認する。


夕日に照らされ、こちらを振り返るフウカ。


ケントが初めて撮った、彼女の写真。


「…………」


少しだけ笑って、ケントは魔導撮影機をしまった。


◆ ◆ ◆


数日後――王都アルヴェリア


巨大な城壁を抜けた瞬間、景色が変わった。


「……相変わらずデカいな」


白い石造りの建物。


魔導灯の並ぶ大通り。


各地から集まった商人たち。


空を横切る魔導飛行艇。


そのすべてを見下ろすように、王都の中心にそびえているのが――


アルヴェリア王城。


アステリア伯爵領とは、規模がまるで違う。


ケントを乗せた馬車が、王城へと近づいていく。


ところが。


「……?」


大通りの途中から、妙に兵士の姿が多い。


城門へ着くころには、完全武装した王国騎士が何十人も配置されていた。


「……物々しいな」


馬車を降りたケントの前へ、出迎えの騎士が進み出る。


「ケント伯爵。女王陛下がお待ちです」


「何があった?」


「私からは申し上げられません」


「……なるほど」


やっぱり普通じゃない。


◆ ◆ ◆


王城・謁見の間


巨大な扉が開く。


ケントは赤い絨毯の上を進んだ。


その先――。


玉座に、一人の女性が座っている。


華美すぎない王冠。


威厳を感じさせる衣装。


そして、静かにこちらを見る落ち着いた瞳。


サクラ・アルヴェリア。


アルヴェリア王国を治める女王。


ケントは玉座の前で片膝をついた。


「アステリア伯爵、ケント。召喚に応じ参上いたしました」


「……久しいですね、ケント伯」


「はい。女王陛下」


「顔を上げなさい」


ケントが顔を上げる。


「領地の様子は?」


「大きな問題はありません。今年の収穫も――」


「そうではありません」


「……?」


「あなた自身の話です」


「俺?」


一瞬。


周囲の側近たちが、なんとも言えない顔をした。


「あっ……失礼しました。私ですか?」


「…………ふっ」


ほんの一瞬だけ、サクラの口元が緩んだ。


「相変わらずですね」


「申し訳ありません」


「構いません。今は公式の謁見ではありませんから」


そう言うと――


サクラは玉座から立ち上がった。


「陛下?」


側近たちがざわめく。


「場所を変えます」


◆ ◆ ◆


王城・女王執務室


「…………」


思っていたのと違った。


もっと国家機密らしい、重苦しい部屋へ連れていかれると思っていたのに。


目の前には紅茶。


焼き菓子。


そして向かい側には――女王。


「……陛下」


「何でしょう」


「至急の召喚……でしたよね?」


「ええ」


「俺……じゃなくて私、何かやりました?」


「なぜ怒られる前提なのです」


「城の兵士の数が尋常じゃなかったので!」


そこで――


サクラの表情が変わった。


「……その件です」


「!」


サクラは机の上に、一枚の地図を広げる。


エルディア大陸北部。


アルヴェリア王国。


そのさらに北――。


ドラケベル山岳公国。


「……ドラケベル?」


「三日前、国境付近にある監視塔との連絡が途絶えました」


「魔物ですか?」


「最初はそう考えました」


サクラが、もう一枚の報告書を置く。


「ですが昨日、偵察隊が戻りました」


「何が?」


「監視塔そのものは無傷でした」


「……では、兵士は?」


「全員、生きています」


「…………?」


ますます意味が分からない。


「ただし――」


女王の指が、地図上の一点を示した。


「彼らは皆、同じ証言をしています」


「同じ証言?」


サクラは静かに言った。


「山の向こうで――**『空が割れた』**と」


「…………は?」


「そして、その裂け目から――」


サクラの表情から、完全に笑みが消えた。


「巨大な竜が現れた」


「竜……」


ドラケベル山岳公国。


その北方には――竜海がある。


大型竜や海竜の目撃が多い危険海域。


だから、竜そのものが存在することは誰も疑っていない。


だが――。


「問題は、その竜ではありません」


「……まだ何か?」


「偵察隊が遠距離記録魔法で残した映像があります」


机の上に、水晶板が置かれる。


淡い光が浮かび――映像が映った。


雪山。


黒い雲。


その中央。


まるで空そのものに亀裂が走ったような――


巨大な紫色の裂け目。


そして、その前を飛ぶ黒い竜。


「…………」


「見えますか?」


「はい」


「竜の後ろ」


ケントは目を凝らす。


「…………!」


裂け目の向こう。


ほんの一瞬だけ――何かが見える。


山ではない。


雲でもない。


巨大な――建造物。


「……城?」


「私にも、そう見えます」


「でも……こんな城、北方には――」


「ありません」


沈黙が落ちる。


やがてサクラが口を開いた。


「だから、あなたを呼びました」


「……なぜ俺を?」


「ケント伯」


女王は水晶板を指した。


「あなたはこの国でも珍しいほど、各地を撮影して回っている」


「……」


「記録魔法ではなく――魔導撮影機で」


「まさか……」


「ええ」


女王サクラ・アルヴェリアは告げた。


「私の名代として、北方へ向かってください」


「…………」


「そして――」


サクラは真っ直ぐにケントを見る。


「その目で見て、その魔導撮影機で記録してきてほしいのです」


「…………」


いや。


ちょっと待て。


「陛下」


「はい」


「俺――」


「ええ」


「風景撮ってただけなんですけど!?」


「知っています」


「なんで国家案件になってるんですかぁぁぁ!?」


「あなたが伯爵だからです」


「伯爵やめたい!!」


「却下します」


「即答!?」


「あなたが伯爵でなくなれば、アステリア伯爵領を誰が治めるのです?」


「…………」


「それとも、フウカ・リーヴェルという女性に任せますか?」


「…………はい?」


空気が止まった。


「……なんでフウカさんの名前が出てくるんですか?」


「女王ですから」


「説明になってませんけど!?」


サクラは優雅に紅茶を一口。


「領主であるあなたが、若い女性と二人で《星降りの丘》へ出掛けたのでしょう?」


「撮影です!!」


「私は何も言っていませんが?」


「…………」


「ふふ」


やられた。


「……情報網怖っ」


「領主の身辺を把握するのも王家の仕事です」


「写真撮ってただけですよ……」


「分かっています」


サクラの表情が少し柔らかくなる。


「あなたが誰かと楽しそうに過ごしていると聞いて、少し安心しました」


「……陛下?」


「最近のあなたは、仕事と撮影ばかりですから」


「余計なお世話です」


「女王に向かって随分な物言いですね?」


「……申し訳ございません」


「遅いです」


この人は昔からこうだ。


公の場では、近寄りがたいほど威厳のある女王。


だが二人だけになると――妙に人をからかう。


そしてケントもまた、サクラの前では時折「伯爵」という立場を忘れる。


「さて」


カップが置かれる。


その音ひとつで、空気が変わった。


「冗談はここまでです」


「……はい」


サクラが北方の地図を広げる。


目的地はアルヴェリア王国北部。


さらにその先には、険しい山々を領土とするドラケベル山岳公国。


「まず、王国北端の《ゲラーデン》へ向かってください」


「地図でしか見たことないな……」


「そこに王国騎士団の調査隊を待機させています」


「俺もその隊に?」


「いいえ」


「?」


「あなたには護衛を一人つけます」


「一人?」


「十分です」


「いやいや、空割れて竜出てきてるんですよ!?」


「十分です」


二回言った。


「……誰なんです、その護衛」


「会えば分かります」


「一番怖いやつじゃん……」


「それから――」


サクラは机の横に置かれた革製の鞄を、ケントへ差し出した。


中には数本の筒。


「……?」


「撮影用の感光媒体です」


「えっ!?」


さっきまで嫌そうだったケントの目が変わる。


「王立魔導研究院が試作した高感度型。通常品より暗所に強いそうです」


「これ、まだ市販されてないやつじゃ……!?」


「国家任務ですから」


「…………」


「行きたくなりました?」


「ちょっと」


「単純ですね」


「新しい撮影用品を渡されたら仕方ないでしょう!」


「はいはい」


完全に扱いを理解されていた。


やがて話が終わり、ケントは席を立つ。


「では明朝、出発します」


「ええ」


扉へ向かう。


しかし――


「ケント伯」


ケントが振り返った。


さっきまでの女王の顔とは、少し違っていた。


「……必ず帰りなさい」


「…………」


「これは王命です」


ケントは小さく笑う。


「そんな王命、初めて聞きましたよ」


「返事は?」


「――御意」


扉が閉じる。


一人になった執務室。


サクラはしばらく、その扉を見つめていた。


そして、小さく――


「……本当に、昔から変わらない人」


この時。


サクラ自身もまだ気づいていなかった。


ケントの無事を願ったあの感情に――


いつか、別の名前がつくことを。


◆ ◆ ◆


その夜――王都の宿


「さて……」


ベッドの上には旅装。


地図。


新しい感光媒体。


そして、魔導撮影機。


「北方か……」


荷造りをしながら、ふと手が止まる。


魔導撮影機の中には――あの写真。


夕日に振り返るフウカ。


「…………」


約束した。


――また行きましょうね。


なのに、いつ戻れるか分からない。


「……一言くらい伝えておくか」


机に座り、便箋を広げる。


しかし。


「…………」


何を書けばいい?


『王命で北方に行きます』


……重い。


『ちょっと竜を撮りに行ってきます』


……絶対怒られる。


『空が割れたので見てきます』


……意味不明。


「…………」


悩んだ末に、ケントはペンを走らせた。


フウカさんへ。


急な仕事で、しばらくアステリアを離れることになりました。

次の撮影、少し待たせちゃうかもしれません。

でも約束は忘れてません。


帰ったら、また一緒に撮りに行きましょう。


ケント


「……これでいいか」


封をする。


その夜――


早馬によって、一通の手紙がアステリアへ向かった。


◆ ◆ ◆


翌朝――アステリア伯爵領


「私に……?」


届けられた封筒。


差出人を見た瞬間、フウカの顔が明るくなる。


しかし、内容を読み進めると――


「…………」


最後の一文。


『帰ったら、また一緒に撮りに行きましょう。』


フウカは胸元で、手紙をそっと抱きしめた。


「……約束ですからね」


少しだけ寂しそうに。


でも――嬉しそうに笑った。


◆ ◆ ◆


王都北門


同じころ。


ケントは旅装に身を包み、魔導撮影機を肩から下げていた。


「よし」


馬車へ向かおうとした――その時。


「あなたが、ケント伯?」


背後から女性の声。


「……?」


振り返る。


黒を基調とした騎士装束。


腰には剣。


長いダークブラウンの髪が、朝の風に揺れる。


王国騎士とは違う紋章。


そして――


こちらを値踏みするような、落ち着いた瞳。


「……そうですけど」


「ふーん」


「?」


女性はケントの腰の剣ではなく――


肩から下がった魔導撮影機を見た。


「……本当に魔導撮影機持ってきたんだ」


「そりゃ持ってきますよ」


「竜がいるかもしれないのに?」


「だから持ってきたんです」


「…………」


「…………」


「変な伯爵」


「初対面で!?」


彼女は小さく笑う。


そして――手を差し出した。


「ミサキ・ヴァレンティア」


「…………!」


「今回、あなたの護衛を任された」


「……あなたが?」


「不満?」


「いや、一人って聞いてたから……」


「一人で十分」


「サクラ陛下と同じこと言った!?」


「当然」


そして――。


ミサキは少しだけ挑発するように笑った。


「私、この国で一番強いから」


「…………」


こうして。


後にケントの人生を大きく変える、二人目の女性――


ミサキ・ヴァレンティア。


彼女との旅が、始まった。


――第三話「黒騎士ミサキ・ヴァレンティア」へ続く。

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