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第十話「三つの誓い」

王城――魔導現像室。


机の上に、一枚の写真が置かれている。


白い塔。

青い空。

紫色の亀裂。

巨大な赤い瞳。


そして――金色の文字。


『第二の門を開け。』


『三光と星が、真に結ばれる時――』


その隣には、小さな指輪の紋様。


ケント「…………」


ケントは腕を組んだまま、写真を睨んでいた。


昨日から何度見ても、文字が増える気配はない。


ケント「……なあ」


ミサキ「何?」


ケント「これ、やっぱり結婚しろって意味じゃないよな?」


ミサキ「まだ気にしてたの?」


ケント「気にするだろ!」


隣でフウカが吹き出す。


フウカ「ふふっ……」


ケント「フウカさんまで!」


フウカ「だ、だってケントさん、昨日からそればっかり」


ケント「未来の自分が冠被って三人と写ってて、その三人が全員指輪してたんだぞ!?」


フウカ「…………」


フウカの笑顔が止まった。


頬が赤くなる。


フウカ「……そうでした」


ケント「自分で思い出して照れないで!?」


フウカ「ケントさんが言ったんじゃないですか!」


ケント「そうだけど!」


サクラ「静かになさい」


サクラが古文書を閉じる。


サクラ「これは未来を示した写真なのかもしれません。しかし――」


視線が写真へ落ちる。


サクラ「未来とは、まだ起きていないものです」


ケント「……」


サクラ「写真一枚に人生を決められるつもりですか?」


ケント「……それは嫌だな」


ミサキ「私もです」


ミサキが短く答えた。


フウカも頷く。


フウカ「私も」


サクラは微笑む。


サクラ「ならば、まず調べましょう」


ケント「何を?」


サクラ「《誓い》とは何なのか」


星の皇帝


王城地下。


封印書庫。


四人は再び、ルミナリア帝国について記された古書を開いていた。


ページをめくる。


大断絶。


星の鍵。


三光。


そして――。


ケント「……あった」


古びた挿絵。


中央に、一人の人物。


頭上には星。


その周囲に三つの光。


花。


剣。


王冠。


フウカ「前に見たページですね」


ケント「うん。でも……」


ケントがページの端を指す。


紙が二重になっている。


ミサキ「剥がせる?」


ケント「たぶん」


慎重に魔力を流す。


パリッ。


薄い封印が解けた。


隠されていた文字。


サクラが読み上げる。


『星の皇帝は、三光を従える者にあらず。』


ケント「……え?」


続く。


『三光もまた、星に従う者にあらず。』


『四者は互いを選び、互いを支え、互いの未来を定める。』


フウカ「……選ぶ」


ミサキ「主従じゃない」


サクラ「なるほど」


ケントは少し安心した。


ケント「よかった……」


ミサキ「何が?」


ケント「俺、三人を強制的に従わせる能力とかだったらどうしようかと思ってた」


ミサキ「その瞬間斬る」


ケント「怖い怖い怖い!」


フウカ「私も怒ります」


ケント「フウカさんまで!?」


サクラ「私は国際問題にします」


ケント「俺の味方ゼロ!?」


三人が笑う。


だが。


サクラは次の文章を見て、表情を戻した。


『第一の門は、出会いの門。』


『第二の門は、選択の門。』


そして。


『門を開くには、三光それぞれの誓いを星へ捧げよ。』


ケント「……三つの誓い」


フウカ「これですね」


ミサキ「でも、何を誓えばいい?」


ページには――何もない。


ケント「また肝心なところ書いてない」


ミサキ「古代ルミナリア人、説明が足りない」


サクラ「そこだけは私も同意します」


花の誓い


その日の夕方。


王城の庭園。


ケントは一人、魔導撮影機を構えていた。


花壇に夕日が差し込む。


カシャ。


フウカ「やっぱり撮ってる」


ケント「ん?」


振り返る。


フウカが立っていた。


ケント「フウカさん」


フウカ「隣、いいですか?」


ケント「もちろん」


二人でベンチに座る。


しばらく無言。


フウカ「……未来の写真」


ケント「うん」


フウカ「私、いましたね」


ケント「いたね」


フウカ「ウェディングドレスでしたね」


ケント「……そうだね」


フウカ「指輪も」


ケント「…………そうですね」


フウカ「ふふっ」


ケント「なんで笑うの!?」


フウカ「ケントさん、急に敬語になったから」


ケント「仕方ないだろ!」


フウカは楽しそうに笑う。


そして。


少しだけ静かになる。


フウカ「でも」


ケント「?」


フウカ「私、あの写真を見ても……嫌じゃなかったです」


ケント「…………」


フウカ「だからって、今すぐどうこうって意味じゃないですよ!?」


ケント「分かってる」


フウカ「……よかった」


フウカは夕焼けを見る。


フウカ「未来が決まってるって言われたら、私は嫌です」


ケント「うん」


フウカ「でも」


魔導撮影機を抱える。


フウカ「自分で選んだ結果、いつかあの写真みたいに笑えてたら」


小さく笑う。


フウカ「それは……素敵だなって思いました」


ケント「……俺も」


風が吹く。


花びらが舞う。


フウカの手首。


花の紋章が光った。


フウカ「え?」


ケント「フウカさん!」


光。


古文書を持っていない。


儀式もしていない。


なのに。


声が響く。


『花よ。星へ誓え。』


フウカ「……!」


ケント「フウカさん?」


フウカは胸に手を置いた。


少し考える。


そして――。


ケントを見る。


フウカ「私は――」


いつもの明るい笑顔。


「ケントさんが、どんな景色を見ても――その心が帰ってこられる場所でいたい。」


「だから私は、ケントさんと一緒に歩きます。」


花の紋章が輝く。


一つ目。


花の誓い。


成立。


フウカ「…………」


ケント「…………」


フウカ「…………言っちゃった」


ケント「……うん」


フウカ「急に恥ずかしくなってきました」


ケント「俺も」


フウカ「なんでケントさんまで!?」


剣の誓い


夜。


王城訓練場。


キィン!


剣が走る。


ケント「……」


キィン!


ケント「……」


キィン!


ケント「ミサキ」


ミサキ「何」


ケント「俺いる?」


ミサキ「いる」


ケント「ずっと見てるだけなんだけど」


ミサキ「護衛対象が勝手にいなくならないように」


ケント「俺、犬か何か?」


剣を鞘へ。


ミサキが振り返る。


ミサキ「未来の写真」


ケント「またその話!?」


ミサキ「私も写ってた」


ケント「知ってるよ!」


ミサキ「……幸せそうだった」


ケント「…………」


ミサキは自分の手を見る。


ミサキ「私はずっと、守ることが仕事だった」


王国。


女王。


民。


命令されたものを守る。


ミサキ「それで十分だと思ってた」


ケント「……うん」


ミサキ「でも北であなたと旅して」


ミサキの視線がケントの魔導撮影機へ向く。


ミサキ「あなたは、私が危険しか見ていなかった場所で綺麗なものを見つけた」


霧の森。


夕焼け。


馬の隣に立つミサキ。


あの一枚。


ミサキ「……少しだけ」


ミサキ「私も、あなたが見ているものを見てみたいと思った」


ケント「ミサキ……」


ミサキ「だから」


剣を抜く。


地面へ突き立てる。


その手の紋章。


剣が光る。


『剣よ。星へ誓え。』


ミサキは迷わない。


「あなたが進む道を守る。」


ケント「……」


「でも、間違った道へ進むなら止める。」


ケント「え」


「それでも進むなら――引きずってでも連れ戻す。」


ケント「誓い怖くない!?」


ミサキ「私らしいでしょ」


ケント「……まあ」


笑う。


ケント「すごくミサキらしい」


彼女も少しだけ笑った。


「私は私の意志で、あなたと歩く。」


二つ目。


剣の誓い。


成立。


王冠の誓い


深夜。


王城のバルコニー。


ケント「……」


サクラ「来ましたね」


ケント「呼んだの陛下でしょう」


サクラ「二人きりです。昔のようにサクラで構いません」


ケント「……じゃあ、サクラ」


サクラ「はい」


二人で王都を見る。


無数の灯り。


ケント「フウカとミサキの誓いが成立した」


サクラ「感じました」


ケント「残るのは……」


サクラ「私ですね」


沈黙。


ケント「無理にする必要はないよ」


サクラ「…………」


ケント「未来の写真がどうとか、ルミナリアがどうとか関係ない」


サクラ「ケント」


ケント「?」


サクラ「あなたは昔から変わりませんね」


ケント「そう?」


サクラ「自分のことになると、とことん鈍い」


ケント「悪口?」


サクラ「褒めてはいません」


ケント「ひどいな」


サクラは王都を見る。


サクラ「私は女王です」


ケント「うん」


サクラ「私の選択には、常に国がついてくる」


ケント「……」


サクラ「だからフウカやミサキのように、簡単には言えません」


ケント「分かってる」


サクラ「でも」


王冠の紋章。


淡く光る。


サクラ「北で異変が起きた時」


サクラ「私はあなたを送りました」


ケント「うん」


サクラ「王として正しい判断だったと思っています」


ケント「……」


サクラ「でも、サクラとしては」


少しだけ声が弱くなる。


「帰ってきてほしかった。」


ケント「…………」


だから。


あの日。


『必ず帰りなさい。これは王命です。』


と言ったのか。


サクラ「私は国を捨てられません」


ケント「捨てなくていい」


サクラ「あなたのためだけに生きることもできません」


ケント「そんなこと頼まないよ」


サクラ「…………」


ケント「サクラはサクラのやるべきことをやればいい」


サクラ「……」


ケント「俺も俺のやるべきことをする」


サクラ「それでは誓いになりませんね」


ケント「じゃあ――」


少し考える。


ケント「同じ方向を向ける時だけ、一緒に歩けばいい」


サクラ「…………」


ケント「それで十分じゃない?」


サクラは目を見開く。


そして。


笑った。


サクラ「本当に」


ケント「?」


サクラ「変な伯爵」


ケント「ミサキにうつってる!?」


サクラ「ふふっ」


王冠の紋章が輝く。


『王冠よ。星へ誓え。』


サクラは王都へ向き直る。


「私は、この国を守る。」


そしてケントを見る。


「あなたが新しい世界へ進むなら――私は王として、その道を世界へ繋ぐ。」


ケント「……」


「そしてサクラとして。」


ほんの少し。


柔らかな笑顔。


「あなたが帰る場所を、失わせない。」


三つ目。


王冠の誓い。


成立。


三光と星


その瞬間。


王城全体が揺れた。


ケント「!?」


サクラ「何――」


ドォォォン!!


夜空へ。


花。


剣。


王冠。


三つの光が昇る。


王城の別々の場所。


フウカ「え!?」


ミサキ「……来た」


三つの光。


夜空で交わる。


そして――。


ケントの右手。


星の鍵。


激しく輝く。


ケント「っ……!」


サクラ「ケント!」


三つの光が――


星へ。


重なる。


パァァァァァァ――!!


王都の空。


巨大な金色の紋章。


星。


その周囲に。


花。


剣。


王冠。


そして。


声。


『三つの誓いを確認。』


ケント「……!」


あの少女。


『星の鍵――第一段階、完成。』


ケント「第一段階!?」


『第二の門への道を開きます。』


空。


金色の光が――北を指す。


ドラケベル山岳公国。


さらにその先。


竜海。


サクラ「……竜海?」


ミサキ「まさか」


声。


『第二の門は――海の果て。』


そして。


『星の皇帝よ。』


ケント「…………」


『あなた自身の未来を、選びなさい。』


光が消える。


静かな夜空。


ケント「…………」


サクラ「…………」


遠くから足音。


フウカとミサキが走ってくる。


フウカ「ケントさん!」


ミサキ「無事!?」


ケント「大丈夫」


三人が揃う。


ケントは三人を見る。


未来の写真。


皇帝。


三人の花嫁。


でも。


あれは命令じゃない。


予言ですらないのかもしれない。


ただ――。


数ある未来の一つ。


ケント「……決めた」


フウカ「?」


ミサキ「何を?」


サクラも見る。


ケントは魔導撮影機を手に取る。


ケント「竜海へ行こう」


フウカ「…………え?」


ミサキ「……やっぱりそう言うと思った」


サクラ「ケント」


ケント「第二の門がある」


魔導撮影機を握る。


古代ルミナリアに何が起きたのか。


北の黒い世界は何なのか。


白い少女は誰なのか。


そして。


未来の写真は何なのか。


ケント「全部、自分の目で見たい」


フウカ「…………」


ケント「もちろん、写真にも残したい」


ミサキ「結局そこ」


ケント「そこは大事だろ」


フウカが笑う。


フウカ「じゃあ」


自分の魔導撮影機を掲げる。


フウカ「私も行きます」


ケント「フウカさん!?」


フウカ「言いましたよね?」


笑顔。


フウカ「一緒に歩くって」


ミサキ「当然、私も」


ケント「護衛?」


ミサキ「半分」


ケント「残り半分は?」


ミサキ「ちゃんと私を撮ってもらってない」


ケント「まだ覚えてたのか」


そして。


二人の視線。


サクラへ。


サクラ「…………」


ケント「いや」


サクラ「何です?」


ケント「サクラは無理だろ」


サクラ「女王ですからね」


ケント「だよね」


サクラ「ですから――」


サクラが笑う。


「少し準備が必要です。」


ケント「…………」


フウカ「…………」


ミサキ「…………」


ケント「え?」


サクラ「何か?」


ケント「来るの!?」


サクラ「三光を一つ置いていくつもりですか?」


ケント「国は!?」


サクラ「代理統治という制度をご存じない?」


ケント「女王陛下ぁぁぁ!?」


四人の笑い声が。


夜の王城に響いた。


数日後――アステリア


《星降りの丘》。


ケントは一人立っていた。


旅立つ前に。


どうしても撮っておきたい景色があった。


夕焼け。


街。


風に揺れる草。


最初に。


フウカを撮った場所。


ケント「…………」


魔導撮影機を構える。


カシャ。


まだ結果は見えない。


現像するまで分からない。


それでいい。


未来だって――


同じなのかもしれない。


撮って。


進んで。


あとから振り返った時。


初めて意味が分かる。


ケント「……行くか」


振り返る。


丘の下。


フウカが手を振っている。


その隣にミサキ。


少し離れた場所には、王家の馬車。


旅支度を整えたサクラが、その前で待っている。


ケント「…………」


未来の写真を思い出す。


そして。


苦笑する。


ケント「いや」


まだ早い。


今は。


共に歩くと決めた仲間たち。


それぞれ違う道を歩んできて。


それでも今。


同じ未来へ向かおうとしている――


大切になり始めた人たち。


ケントは丘を下りる。


新しい旅へ。


その夜。


ケントが撮った最後の一枚は現像された。


《星降りの丘》。


夕焼け。


アステリア。


誰も写っていない。


――はずだった。


写真の遥か上。


夕焼け空。


小さな星が。


四つ。


寄り添うように輝いていた。


写真の裏。


金色の文字。


『星暦元年――始まりの日。』


そして。


誰も知らない場所。


白い塔。


白銀髪の少女が、一冊の本を閉じる。


少女「……始まった」


その背後。


巨大な壁画。


そこに描かれているのは――。


冠を戴く男。


三人の女性。


そして。


まだ姿の見えない――


巨大な帝国。


少女は微笑む。


「待っています。」


「未来の――星の皇帝。」


『ルミナリア』


第一巻


伯爵だった俺と、三つの光


――完。


そして物語は――


第二巻


『竜海の彼方、第二の門』


へ――。

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