エピローグ「すれ違う勇者」
数日後――。
王都アルヴェリア・南門。
一台の馬車が、ゆっくりと門を抜けていく。
御者台にはミサキ。
手綱を握る姿は、さすが王国最強の黒騎士。
迷いがない。
その後ろ。
幌のついた馬車の中で、ケントは荷物を確認していた。
「魔導撮影機。」
ある。
「感光媒体。」
ある。
「予備の感光媒体。」
ある。
「現像用品。」
ある。
「交換用の――」
「ケントさん。」
向かいに座っていたフウカが、くすっと笑った。
「さっきから撮影道具しか確認してませんよ?」
「大事だから。」
「着替えは?」
「…………。」
フウカがじっと見る。
「……ある。」
「今、考えましたよね?」
「あるって。」
前方からミサキの声が飛んでくる。
「フウカ。」
「はい?」
「たぶん入ってない。」
「ミサキ!」
「昨日、荷造りしてるところ見たけど、撮影用品しか詰めてなかった。」
「なんで見てたの!?」
「あなたが心配だから。」
「子供扱いしないでください!」
「じゃあ着替えは?」
「…………。」
沈黙。
フウカが吹き出した。
「ふふっ。」
「フウカさんまで!」
馬車の中に笑い声が広がる。
王都が少しずつ遠ざかっていく。
目的地は――竜海。
《第二の門》。
そして。
写真に現れた、謎の言葉。
『三光と星が、真に結ばれる時――』
その意味は、まだ分からない。
だが。
ケントは自分の右手を見る。
そこには今も――。
円の中に三つの星。
《星の鍵》の紋章が刻まれていた。
そして、その手には。
新しい指輪がある。
ケントはそっと指輪に触れた。
「…………。」
フウカも同じように、自分の指輪を見る。
視線が合う。
二人とも、少しだけ笑った。
すると。
御者台から声が飛んできた。
「……私のこと忘れてない?」
「忘れてない!」
「即答なのが怪しい。」
「忘れるわけないだろ!」
「ならいい。」
その声はいつものように淡々としている。
けれど。
少しだけ嬉しそうだった。
ケントは馬車の外を見る。
青い空。
どこまでも続く草原。
遠くに見える山々。
この先に何が待っているのか。
まだ誰にも分からない。
竜海。
第二の門。
白い塔。
そして――。
あの少女。
ケントは膝の上に置いた魔導撮影機に手を添えた。
「……撮れるかな。」
フウカが首を傾げる。
「何をですか?」
「向こうの世界。」
「撮れるんじゃないですか?」
「簡単に言うなあ。」
「だって。」
フウカは微笑む。
「ケントさんなら、撮るでしょう?」
「…………。」
その言葉に。
ケントも笑った。
「まあね。」
馬車は進む。
まだ見ぬ場所へ。
まだ見ぬ景色へ。
そして――。
まだ知らない物語へ。
その時だった。
「……ん?」
ケントが窓の外を見る。
街道の向こうから、一人の旅人が歩いてくる。
小柄な少女。
旅装。
腰には剣。
背中には荷物。
そして――。
風に揺れる、淡いピンク色の髪。
「…………。」
なぜだろう。
ケントは、その少女から目を離せなかった。
向こうも。
一瞬だけ。
こちらを見る。
視線が交わる。
ほんの一瞬。
それだけ。
馬車と少女は、街道ですれ違った。
「ケントさん?」
フウカが声をかける。
「……いや。」
ケントは振り返る。
少女はもう、遠ざかり始めている。
「なんでもない。」
馬車は進む。
少女は歩く。
互いの名前も知らない。
互いが何者なのかも知らない。
もちろん。
彼女はまだ知らない。
自分が未来で――。
《勇者》と呼ばれる存在であることを。
少女は立ち止まる。
そして。
遠ざかる馬車を振り返った。
「…………。」
胸の奥が。
ほんの少しだけ、ざわつく。
「……何、今の。」
理由は分からない。
けれど。
なぜか――。
また会う気がした。
少女は前を向く。
その先にあるのは――王都アルヴェリア。
彼女はまだ知らない。
そこで。
自分の人生を大きく変える場所に出会うことを。
そして。
再び彼らと出会う時。
自分が――。
メイド服を着ていることも。
まだ。
知るはずもなかった。
第一章――完。




