第九話 残したい写真
翌日の放課後、私たちは卒業アルバムに載せる写真の候補を、三人で選び直していた。
パソコンの画面には、文化祭や体育祭、球技大会、校外学習などで撮った写真が、次々と表示されていく。
「私はこれがいいと思います」
日向が体育祭の写真を指差した。
クラス対抗リレーのあと、何人かの生徒が地面に座り込んで笑っている一枚だった。髪は乱れているし、体操服には土がついている。中央に写っている男子生徒にいたっては、口を大きく開けた瞬間を撮られていて、お世辞にも格好いい写真とは言えなかった。
「これ載せるの?」
私は思わず聞き返した。
「いいじゃないですか。みんな楽しそうだし」
「でも、こっちのほうがちゃんとしてない?」
私は別の写真を開いた。
競技が始まる前、クラス全員が校庭で並んで撮った集合写真だった。全員がカメラを向いていて、誰の顔もきちんと確認できる。
「卒業アルバムなら、こういう写真のほうが無難じゃない?」
「無難ですけど」
日向は二枚を見比べた。
「あとで見返したとき、私ならさっきの写真のほうが思い出せそうです」
「何を?」
「暑かったとか、疲れたとか、負けて悔しかったとか。そういうのです」
日向らしい答えだった。
「志緒里先輩はどっちがいいと思います?」
日向が尋ねると、志緒里先輩は椅子の背もたれに寄りかかりながら、画面を覗き込んだ。
「私は、どっちも欲しいかな」
「二枚ともですか?」
「記録として残すなら集合写真。でも、その日の空気が残ってるのは、日向が選んだほう」
志緒里先輩は、リレー後の写真を少し拡大した。
「ほら、この子、隣の子の肩叩いてるでしょう」
画面の端で、一人の女子生徒が泣きそうな顔をした友人の肩に手を置いている。
写真全体を見たときには気づかなかった。
「たぶん、リレーで失敗した子を慰めてるんじゃないかな」
「そこまで写ってたんですね」
日向が感心したように画面へ顔を近づける。
「写真って、撮った本人が気づいてないものまで残ったりするからね」
志緒里先輩はそう言って、次の写真へ切り替えた。
今度は文化祭だった。
教室の前で、クラスメイトたちが手作りの看板を持っている。
「これは決まりじゃないですか?」
日向が言った。
「クラス名も見えるし、文化祭ってすぐ分かりますし」
「そうだね」
私は頷きかけて、画面の端にいる人物に気づいた。
紗季だった。
正面を向いてはいない。誰かに呼ばれたのか、横を向きながら笑っている。
指が、一瞬だけ止まった。
「十倉先輩?」
「何でもない」
私は別の写真へ切り替えようとした。
「待って」
志緒里先輩が言った。
「この写真、候補に入れておいて」
「でも、紗季が……」
そこまで口にして、私は黙った。
志緒里先輩は私の顔を見た。
「大宮さんが写ってるから?」
「そういうわけじゃないです」
「じゃあ、写真としては?」
私はもう一度画面を見た。悔しいくらい、いい写真だった。看板を掲げて笑っている生徒。その横で、誰かに呼ばれて振り向く紗季。
さらに奥では、飾り付けを直している生徒がいる。
完璧に整った集合写真ではない。けれど、その瞬間の教室の慌ただしさや、文化祭前の浮き足立った空気まで、画面の中に残っているように感じた。
「……候補には、入れていいと思います」
私はそう答えた。
志緒里先輩は何も言わず、写真に候補の印をつけた。
次は、校外学習の写真だった。
日向が一枚を開いた瞬間、笑い声を上げた。
「これ、ひどいですね」
バスの中で眠っている生徒が何人も写っていた。口を開けている人。窓に頭をぶつけそうになっている人。友達の肩を枕代わりにしている人。
「これは絶対載せない」
私は即答した。
「面白いのに」
「本人から苦情が来る」
「じゃあ、これは?」
日向が別の一枚を開く。
サービスエリアで、数人が紙コップを持って並んでいる写真だった。カメラを意識していないため、全員が好き勝手な方向を向いている。
「これ、何がいいの?」
「なんか、普通じゃないですか」
「普通?」
「はい。行事っていうより、途中の時間って感じで」
私は画面を見つめた。
確かに、特別なことは何も起きていない。
誰かが大笑いしているわけでもない。
決定的な瞬間を捉えた写真でもない。
ただ、数人の高校生が紙コップを持って、少し寒そうに立っているだけだ。
「こういう写真、あとで見ると意外と覚えてるんですよ」
日向が言った。
「ここで何飲んだとか、このあと誰と座ったとか」
志緒里先輩が小さく笑った。
「日向は、そういう写真好きだね」
「だって、行事の写真って、集合写真ばっかりだとつまらなくないですか?」
「分かるけど」
私はもう一度、画面に並ぶ写真を眺めた。
同じ学校。同じ行事。同じ一日。
それでも、どの写真を「残したい」と思うかは、人によって違う。
私は全員がきちんと写っている写真を選ぶ。
日向は、笑ったり失敗したりしている瞬間を選ぶ。
志緒里先輩は、その日の空気が残っている写真を選ぶ。
「難しいね」
思わず口にすると、日向が首をかしげた。
「何がですか?」
「卒業アルバム」
「今さらですか?」
「今さら」
私は苦笑した。
一冊のアルバムに載せられる写真には限りがある。選ぶということは、残すものを決めることでもあり、同時に、載せないものを決めることでもある。
それは思っていたより、ずっと重い作業なのかもしれない。
「じゃあ、次いきますよ」
日向がマウスを動かした。
画面に、写真部の部室で撮った写真が表示された。
去年の文化祭準備中らしい。机の上には印刷した写真が散らばり、日向が紙を持って笑っている。その隣には私もいた。
そして、少し奥に志緒里先輩が写っていた。
カメラに気づいていなかったのだろう。
志緒里先輩は暗室の前で一人、何かを見つめていた。
「あ、先輩写ってますね」
日向が言った。
志緒里先輩は、ほんの一瞬だけ表情を固くした。
「それは外していいよ」
「え?」
「写真部のページなら、もっとちゃんとしたのあるでしょう」
「でも、これ結構いいですよ」
「私は嫌」
いつもより少し強い声だった。
日向も私も、思わず黙った。
志緒里先輩は、すぐにいつもの調子へ戻った。
「ほら、顔もちゃんと写ってないし。卒アルに載せるなら、もっといい写真にしよう」
「そうですか?」
日向は納得していないようだったが、候補から外した。
私は何となく、さっきの志緒里先輩の表情が気になった。
ただ写真写りが悪いから、という反応には見えなかった。
「先輩、自分が写ってる写真、あんまり好きじゃないんですか」
私が尋ねると、志緒里先輩は一瞬だけ動きを止めた。
「撮る側のほうが慣れてるからね」
「それだけ?」
「それだけ」
笑って答えた。
けれど、その笑顔は、いつもより少しだけ早く作られたように見えた。
私はそれ以上、聞かなかった。
写真選びは、そのあともしばらく続いた。
候補に残す写真。外す写真。迷って保留にする写真。画面の中では、たくさんの人が笑い、走り、話し、時にはこちらに気づかないまま、それぞれの時間を過ごしている。
同じ写真でも、残したいと思う人もいれば、残したくないと思う人もいる。
その違いを、私はまだうまく理解できていなかった。




