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買ってもらうための言葉

「お昼は道の駅で食べましょうか」


お婆ちゃんの畑を回り終え、時刻は既に十一時を回っていた。


朝食を食べていなかったこと。

そして普段の仕事とは違い歩き回っていたこともあり、私のお腹も限界を迎えていた。


「ここは私が奢りますので」

「そんな悪いですよ。

 むしろ案内してもらったわけですし、私が……」

「トキさんにはよくしてもらっていたので。

 なにより柚葉ちゃんの歓迎会みたいなものですので」


そこまで言われてしまうと断るのも申し訳なくなってしまう。


「わかりました、ありがとうございます。

 ただ今度は私も奢りますので」

「柚葉ちゃんって結構負けず嫌いですよね?」


そう言いつつ、車を走らせた。


駐車場に入ると、二階建ての建物が見えた。

一階には直売所があり、二階には食事のできる場所があるらしい。


建物の横にはプレハブの小さなお店がいくつか並んでいる。

コーヒー、ラーメン、パンや焼き菓子類など多種多様。

手書きの看板や小さなメニュー表が、それぞれの店先に置かれていた。


「あれ、なんですか?」

「チャレンジショップですね。

 移住してきた人とか、これからお店をやりたいって人がお試しで出店しているんですよ。

 いきなりお店をやってダメだったら困りますからね」

「へぇ……」


起業家支援の一環なのだろう。

東京でもきっとそういう補助金や助成制度はあるはずだ。


私は思わずプレハブのお店を見つめていた。


小さな店先に、手書きの看板。

自分で考えたメニュー。

自分で決めた値段。

自分の名前で始めた、小さな仕事。


会社で誰かの資料を整えていた私には、それが少し眩しく見えた。


「……この島に移住する人っているんですね」

「突然失礼ですね!!」

「いや、違うんです!!

 素敵な島だと思いますし、農業や漁業をやりに来る人がいるのはわかるんですが、お店を持ちたくてこの島に来る人もいるんだなって……」


私の中の田舎暮らしをしたい人、というイメージとは少し違ったから。

お店をしたいなら、もっと繁華街に出店するものだと考えていた。


「理由はわかりませんが、それなりにいるみたいですよ。

 出ていく人も、来る人も。そして来たけれどやっぱり出ていく人も」

「そういうものなんですね」


誰もがここでの暮らしに馴染めるわけではない。

私も都会での暮らしに……玲司との暮らしに馴染めなかったのだから。



道の駅の中に入ると柑橘の香りがした。


柑橘が有名な島だけあり、店頭にはいくつもの種類のミカンが並んでいる。

甘夏、八朔、名前の知らない小さな柑橘。

それらは赤いネットに入れられ、棚の上にいくつも積まれていた。


その中で一人、初老の女性がミカンを陳列していた。

地元の農家さんなのだろうか。


そんなことを考えていると、凪沙さんはその女性に声を掛けた。


「三浦さん、元気?」

「あぁ、凪沙ちゃんじゃないかね。

 今日も元気そうじゃね」


三浦さんと呼ばれた女性は、持っていたカゴを床に置き、顔を上げた。

どうやら凪沙さんの知り合いらしい。


「今日は出荷?」

「そうなんだけどね。あんまり売れなくて」


三浦さんは少し困ったように笑いながら、赤いネットに入れられたミカンを見せた。

日付をみると少し古くなっていた。返却する予定のものなのだろう。


小ぶりだけど皮にはまだ艶があった。

色も濃くて、形も悪いようには見えない。

何より値段が異常に安かった。


都会のスーパーなら倍の値段がついていてもおかしくない。

輸送費のことを考えても、島に来た人ならお土産に買ってもおかしくない、そんな価格だ。


なのに、棚の前で足を止める人は少なかった。

私は、何となく理由が分かる気がした。


見た目はいい。

値段もいい。

でも、何なのか。それが分からなかった。


甘いのか。

酸っぱいのか。

どうやって食べるのか。

普通のミカンと何が違うのか。


このミカンを買う理由。

それが棚の前には置かれてない。


そこまで考えて……私は思考を打ち切った。

この島には息抜きに来たんだ。


「これ、持っていきなさい」


三浦さんは赤いネットを1つ差し出した。


「いいんですか?」

「どうせ持って帰っても、家には腐るほどあるからね。

 凪沙ちゃんは作ってないじゃろ、なつみは」

「ありがとうございます。

 柚葉ちゃん、あとで一緒に食べよ」

「えっ、あ、ありがとうございます」


急に話を振られ、私は慌てて頭を下げた。

売れない理由を勝手に探っていたせいで、少しだけばつが悪かった。


三浦さんが、私の顔をじっと見た。


「そっちのお嬢ちゃんは?

 えらく都会っぽいけど」

「柚葉ちゃん。トキさんのお孫さんですよ」

「あぁ、トキさんとこの」

「橘柚葉です。よろしくお願いします」


今後どれぐらい関わることになるのかは分からない。

けれど、祖母の知り合いだと聞くと、自然と背筋が伸びる。


お婆ちゃんは縁を大切にしろと言っていた。

孫として、恥ずかしい姿を見せるわけにはいかない。


「こっちは三浦さん。ミカンの農家さん。

 トキさんとは……確かカラオケと健康体操仲間でしたよね?」

「お婆ちゃん、そんなことまでやってたんだ……」


お婆ちゃんがカラオケをしている姿はうまく想像できなかった。

確かに着物を着て演歌を歌う姿は様になりそうだけど。


「トキさんは結構歌うよ。

 十八番もあるし、マイクを中々離してくれないんじゃけ」

「お婆ちゃん……」


知らない祖母の姿が、また一つ増えた。

次あった時には、そのあたりの話ももっとしてもいいかもしれない。


三浦さんは、棚のミカンを見ながらため息をついた。


「なんで売れんのんかねぇ、ミカン。

 美味しいんじゃけどね」

「それなんですけど……」


言うつもりはなかった。


けれど祖母の友人と聞かされたせいか。

それとも、目の前のミカンがあまりにも惜しく見えたせいか。


私は、つい口を挟んでいた。


「出すぎた真似だったらすみません。

 POPを作ったらいいんじゃないでしょうか?」

「ぽっぷ?」

「あの、スーパーで商品の横に置いてある、説明書きみたいなものです。

 味とか特徴とか、どういう人におすすめとか書いた紙です」

「あぁ、あれね。それなら作ってもらったんだけど」


三浦さんは棚の端に置いてあった紙を見せてくれた。


コピー用紙半分ぐらいのサイズに文字がびっしりと。

そこにはどこかのサイトから引用しただろう説明文が敷き詰められていた。


品種の由来。産地。栽培の特徴。

消費者には不要な情報が多い。

全て読み終える前に目が滑る。


悪い情報ではない。

けれど買ってもらうための言葉ではなかった。


「……これだと少し難しいかもしれませんね」

「そうなん?」

「はい。情報はちゃんとあるんですが、お客様が一瞬で分かる形にはなっていないので」


お客が商品を買うかどうかを決める時間は、三秒ほどだと言われている。

その一瞬で買いたいと思わせるようにPOPは作らなければならない。


どんな言葉なら……。

そんなことを考えていると、凪沙さんが横から私を覗き込んだ。


「おっ、柚葉ちゃん。

 何か考えている顔ですね」

「そんなことは……」

「トキさんから聞いてますよ。

 商品を売るためのデザイン、勉強してたって」

「そんなところまで話してたんですか……」


祖母の口の軽さに少しだけ不安になる。

そのうち、貯金通帳の在処まで話してしまいそうだ。


この島には休養に来ているのだ。

仕事のことを考えるのは間違っている。

けれど……


そこまで言われて何もしないのも、ばつが悪かった。

ミカンも一袋もらってしまった。

そして何より……。


本来なら評価されるはずのものが、評価されないまま棚に置かれている。

その状態が少し悔しかった。


「うまくいくかは分かりません。

 でも、少し試してみてもいいですか?」


努力した人が報われるべきであるように。

私はこのミカンに自分を重ねていた。



ここまで読んでいただきありがとうございます!!

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