祖母の畑と、飴玉を鳴らす女性
「誰ですか‼」
扉を開け、視界に飛び込んできたのは、私と同年代ぐらいの女性だった。
オーバーオールに白いTシャツを着て、手にはホースを持っていた。
「えっと……?」
「何してるんです?
箒でイノシシとでも戦うつもりですか?」
「――っ」
ホースの水音だけが、やけに間抜けに響いた。
私は恥ずかしくなりながら、箒を玄関に立てかける。
「都会の人って面白いですね」
「いや、えっと、これは……」
「冗談ですよ。
物音がしたからイノシシと勘違いしたとかですよね」
イノシシが出たとして箒で撃退できるかは怪しいのだが、
泥棒と間違えた、と言われても相手はいい気はしないだろう。
「えっと、それで……あの」
「話は聞いてますよ。
トキさんのお孫さんですよね」
彼女はホースの先を捻り、水を止めると、こちらに向き直った。
「初めまして。
トキさんのお友達の潮見凪沙です」
お友達。
私と同じぐらいの年に見えるその人は、祖母のことを当然のようにそう呼んだ。
「すみませんね。車があったので、家にいることは気づいていたんですが……。
どうしても畑の方が気になっちゃって」
見ると、庭の畑の野菜たちは、私が来た時よりも葉っぱが少しぐったりしていた。
本当は私が到着してすぐに水をやるべきだったのだろう。
「すみません。私の方こそ勝手がわからなくて……。
橘柚葉です。こちらには先ほど来たばかりで」
「よろしくお願いします。柚葉ちゃん」
そう言うと、ポケットの中から取り出した飴玉を手渡された。
飴玉をくれるのは大阪のイメージだったけれど、この島も同じ文化なのだろうか。
「それで、祖母とはどういう関係で?」
「あれ、聞いてないですか?」
凪沙さんは少し考え込んだ様子を浮かべた。
そして、まるで鈴の音が鳴るように、凪沙さんの口からカランっと音が鳴る。
「ただのお友達ですよ。
一緒にご飯を食べたり、島の外まで買い物に行ったり、世間話したり。
あと、今は畑の見張り番ですね」
きっと、この畑の面倒をずっと見ていたのも凪沙さんなのだろう。
それで今まで枯れずに野菜が育っている。
「畑って、他にもあるんですか?」
「もちろん。トキさん、結構色々育てられていますから」
「案内して頂いてもいいですか?
私もその……力になれるかはわかりませんが、お手伝いしたいので」
知り合いとはいえ、親戚でもない人に任せっきりというわけにもいかない。
せめて私が島にいる間ぐらいは働くべきだろう。
「わかりましたが、回るのは明日にしましょうか。
もう日も落ちますし、何よりお腹も減りましたので」
そう言うと凪沙さんは、ポケットから取り出した飴玉を口内に放り込んだ。
私も思い出したように、飴玉を食べる。
うん、美味しい。
「それでは明日の朝に迎えに来ますね」
「はい、よろしくお願いします」
凪沙さんは歩き出したものの、一度止まり、そして振り返った。
「トキさんは……ずっと柚葉ちゃんがここに来ることを楽しみにしてましたよ」
「……そうなんですか」
「はい。だからまぁ、今日はちゃんと寝てください。
トキさんに代わって、お見せしたいものも沢山ありますので。
畑も人間も、寝不足だとしおれてしまいますから」
「……えっと、それは?」
「オリジナルのことわざです。今作りました」
そう言うと凪沙さんは、家の前に停まっていた軽トラに乗り込んだ。
細い道を迷いなく下っていく軽トラの後ろ姿は、夕暮れの中で妙に頼もしく見えた。
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