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【田舎暮らしごっこ】

夜、縁側に腰を下ろすと、昼間の熱がまだ体の奥に残っている気がした。


明日から、数量限定で販売する。

私と凪沙さんも、朝から手伝うことになった。


温かい夏みかんジャム。

焼き直したスコーン。

黒板に書いた、私の言葉。


まだ売れるかどうかは分からない。

けれど、不思議と怖くなかった。


真帆さんがいて、凪沙さんがいて、三浦さんの夏みかんがあって。

私は一人で答えを出さなくてもいいのだと、少しだけ分かってきたから。


島での暮らしにも、少しずつ慣れてきていた。


朝、庭に水をやる。

凪沙さんの軽トラックに乗る。

道の駅で真帆さんに会う。

そしてこの島で新たな経験をする。


自分で考えて、何かをやってみる。

それが、こんなに楽しいものだとは知らなかった。


そう思っていたのに……。


スマートフォンが震えた。

画面を見た瞬間、指先が冷えた。


玲司。


息が、少しだけ浅くなる。

開かなければいい。

そう思った。


けれど、通知には短い文面が表示されていた。


【田舎暮らしごっこも、そろそろ満足しただろ

 みんな心配してる。君も、これ以上迷惑をかけたくないだろ?】

「……っ」


胸の奥が、音もなく凍った。


田舎暮らしごっこ。

その言葉だけで、さっきまでの熱が引いていく。


石風呂の熱も。

小鍋から立ちのぼった夏みかんの香りも。

黒板に書いた言葉も。


全部、子どもの遊びみたいに片づけられた気がした。


そうだ。

私は、いつまでもここにいられるわけではない。


会社には、まだ私の席がある。

玲司との婚約も、何も片づいていない。

親にも、ちゃんと説明していない。

結婚式の話だって、完全に消えたわけではない。


私はまだ、自分の進退を決めていない。


仕事をどうするのか。

玲司とどうするのか。

これからどこで生きるのか。

何ひとつ、決めていない。


なのに、島で少し役に立てたくらいで、何かが変わったような気になっていた。


先ほどまで感じていた高揚感は、もうどこにもなかった。

代わりに、胸の奥から冷たいものが広がっていく。


夢が終わる。

そんな感覚だった。


明日にならなければいい。

そう思ってしまった。


もし目が覚めたとき、あの部屋に戻っていたら。


玲司の機嫌をうかがいながら朝食を作り、

会社で彼の隣に座り、私の作った資料がまた別の誰かの名前で提出される日々に戻っていたら。


この島での数日が、都合のいい夢だったとしたら。

私は、ちゃんと目を開けられるのだろうか。


スマートフォンの画面が、暗くなった。

そこに映った自分の顔は、さっきまでの私とは別人みたいだった。


玲司の隣にいた頃の、私の顔だった。

ここまで読んでいただきありがとうございます!!

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