誰かの夢じゃなく、私の言葉で
「うぅ……安請け合いでしたかね」
軽トラックの助手席で、私は思わず頭を抱えた。
「もしあれで売れなかったらどうしよう……」
「まあ、それはそれ、これはこれってことで」
「そんな無責任な……」
仕事だったら、上司に散々怒られているところだ。
提案した以上、結果を出せ。
根拠を数字で示せ。
そう言われるのが当たり前だった。
それに真帆さんに期待だけさせて、何もできなかったら。
そう考えると、胃のあたりがきゅっと縮む。
「そんなに深く考えなくていいと思いますよ」
凪沙さんは、口の中で飴をころがしながら言った。
「真帆ちゃんも、責任を取れって言ってるわけじゃないですし。
参考にしたいだけでしょう」
「そうだといいんだけど……」
少しだけ、心が軽くなる。
それでも、不安が消えたわけではなかった。
「あ、でも凪沙さんこそよかったんですか?」
「何が?」
「農家さんを紹介するって、普通に引き受けてましたけど」
「まあ、そういうのはよくあることですし」
凪沙さんは、ハンドルを握ったまま、少しだけ肩をすくめた。
「それが私の役目みたいな面もありますので」
「役目?」
「まだ秘密です」
凪沙さんは、にしし、といたずらっぽく笑った。
その笑い方が妙に子どもっぽくて、少しだけ気が抜ける。
けれど次の瞬間、凪沙さんの口元がにやりと上がった。
「それで、柚葉ちゃーん」
「……なんですか、その言い方」
「あの時、何か言い淀んでいたこと、ありません?」
どうやら、彼女に隠し事はできないらしい。
私は少しだけ視線をそらした。
「いや、これは案というか、まだ何となくだから言いたくなかったんですけど」
「はい」
「ジャムを添えたらいいんじゃないかなって」
真帆さんの美味しいスコーンに添える形で、ジャムを出す。
島で採れた果物を使えば、お客さんに対してのアピールポイントにもなると思った。
「いい提案だと思いますけど……どうして言い淀んだんですか?」
「プロの方に意見をするのは、おこがましいなって」
「真帆さんは気にしない方だと思いますけどね」
「それに……お婆ちゃんのレシピで作ってみたかったの」
口にしてから、自分でも少し驚いた。
けれど、自分の中で抱えていた疑問が、少しだけ形になったような気がした。
「家の台所で作ったジャムは、販売できない。
でも真帆さんのお店の厨房なら、何かできるかもしれない」
瓶詰めで売るのは難しくても、スコーンに添える形なら、可能性はあるはずだ。
「もしそれができれば……お婆ちゃんのレシピを……夢を叶えることができるかなって」
そのためには、まず試作をしてみないといけない。
真帆さんに相談するためにも。
私自身が、その味を確かめるためにも。
「柚葉ちゃんは……」
凪沙さんが、ちらりとこちらを見た。
「トキさんの夢を継ぎたいんですか?」
「……」
継ぎたい。そう思った。
祖母がやり残したことなら、私がやるべきなのではないか。
そう考えた。
けれど、その言葉を口にしようとした瞬間、なぜか胸の奥で引っかかった。
凪沙さんは、私の沈黙を見て、少しだけ表情をやわらげた。
「ダメって言いたいわけじゃないですよ」
「……はい」
「でも、自分の“やりたい”を、誰かの夢だからって理由だけにしたら、たぶん後で苦しくなります」
私は、ゆっくりと凪沙さんを見た。
「きっかけは、トキさんでもいいと思います。
トキさんのラベル案を見て、レシピを見て、何か思うのも自然です」
凪沙さんは前を見たまま続ける。
「でもやるなら最後は、柚葉ちゃんがやりたいからやる、じゃないと」
その言葉は、思っていたより静かに胸へ入ってきた。
玲司のため。
会社のため。
結婚のため。
周りに迷惑をかけないため。
私はずっと、何かのためという言葉で、自分の選択を隠してきたのかもしれない。
「……難しいですね」
「難しいですよ」
凪沙さんは、あっさり言った。
「だからまあ、今すぐ答えを出さんでいいです」
「いいんですか?」
「いいです。ジャムは一日で煮えても、人間は一日で煮えません」
「それ、ことわざですか?」
「今作りました」
「ですよね」
少しだけ、笑ってしまった。
凪沙さんも、口の中で飴をころがしながら笑った。
「ただ、ジャム作りには賛成です」
「え?」
「味見には呼んでくださいよ。
こう見えてジャムの味見に関しては十年来の大ベテランですので」
その言い方があまりにも当然だったので、私はまた少し笑ってしまった。
「そこはしっかり参加するんですね」
「大事な役目ですから」
「凪沙さんの役目、多くないですか?」
「島では、役目が多い人ほど飴を食べていいんです」
「それも今作りましたよね」
「ばれました?」
軽トラックの窓の外を、海が流れていく。
私はまだ、自分が何をしたいのか分からない。
トキお婆ちゃんの夢を継ぎたいのか。
自分で何かを始めたいのか。
それとも、ただ玲司から遠い場所で、別の理由を見つけたがっているだけなのか。
けれど、ひとつだけ分かったことがある。
今はジャムを作ってみたい。
それは、誰かに言われたからではなく。
祖母の夢を背負うためだけでもなく。
今、私自身の中から出てきた、まだ小さな言葉だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!!
「面白そう」「続きが読みたい」と思っていただけましたら、
☆☆☆☆☆から評価、ブックマークで応援していただけると嬉しいです。
皆さまの反応が、更新の大きな励みになります!!




