チャレンジショップと島の移住者
お婆ちゃんのジャムレシピを見つけた後、私たちは道の駅に来ていた。
「今日は私が奢りますので。
色々と手を貸してくれたお礼です」
「えぇ、柚葉ちゃん。案外負けず嫌いですね……」
凪沙さんはため息をつきながら、口の中で飴玉をからんと転がした。
ここに来た理由は、昼食を取るため。
もう一つは、道の駅にジャムが売られていないか見てみるためだった。
祖母が目指していたもの。
その続きのようなものが、ここにあるかもしれない。
そう思ったのだ。
平日ということもあり、お客さんの数はまばらだった。
観光客らしき姿もあるが、それ以上に地元の人らしき老夫婦が、野菜や惣菜を手に取っている。
観光地であり、生活の基盤でもある。
この道の駅には、その二つが自然な距離感で並んでいた。
「やぁやぁ、お二人さん」
背後から、妙に景気のいい声が飛んできた。
振り返ると、エプロン姿の女性が片手を上げていた。
短く切った髪。
日に焼けた腕。
腰には手ぬぐいを引っかけていて、足元はなぜかサンダルだった。
背は高くない。
けれど、立ち方に妙な迫力がある。
店の前に立っているだけなのに、まるでそこだけ屋台の大将みたいだった。
「えっと……凪沙さんの知り合い?」
「いえ、私は知らないですよ?」
「私は知ってる」
「一方的なやつじゃないですか⁉」
女性は悪びれもせず、にっと笑った。
「私は佐伯真帆。
そこのチャレンジショップで焼き菓子を売ってる」
そう言うと、真帆さんは親指で自分の店を指さした。
小さなプレハブの店先に、スコーンやクッキー、パウンドケーキが並んでいる。
透明な袋に一つずつ入れられ、丸いシールで留められていた。
包装は清潔で、値札の字も読みやすい。
小さな棚も整えられていて、全体的におしゃれだった。
東京の小さな焼き菓子店に置かれていても、不思議ではない。
むしろ、この道の駅の中では少しだけ都会的に見えた。
「そんなチャレンジショップの人が、何の用ですか?
まさかお菓子の押し売りに……一つください」
「毎度ありっ。
いや、違うから。買ってくれるのは嬉しいけど」
どうやら押し売りが目的ではないらしい。
「うちのお店のアドバイスをもらいたいなって」
「アドバイス、ですか?」
「どうにも売れ方が地味でさ」
真帆さんは、店先の焼き菓子をちらりと見た。
「味は悪くない。そこは譲らん。
けど、手に取ってもらうまでが弱い」
「どうして私たちなんですか? 素人ですよ?」
「素人ってのは違うんじゃないかな?」
真帆さんは、にやりと笑った。
「この前、ここでなつみのPOPを作ってたよね」
「見てたんですか……」
「見てた見てた。
最初は、紙一枚でそんなに変わるもんかねって思ってたんだけど、
あれから三浦さんとこのなつみ、けっこう動いてるみたいでさ」
「売れてたんだ……」
思わず声がこぼれた。
たった一袋だけじゃなかったのだ。
あの黄色いPOPが、今も誰かの足を止めている。
そう思うと、胸の奥が少しだけ熱くなった。
「で、君たちの実力を買ってのお願いだ。
どうか、うちのお店も助けてくれないか?」
「私たちっていうか、柚葉ちゃんですが……。
どうします、柚葉ちゃん?」
「どうするも何も……」
正直、断るべきだと思った。
前回は流れでそうなってしまっただけだ。
私は所詮、よそから来た人間でしかない。
他人の店に口を出せるほどの知識も、責任も持てない。
安請け合いをするのは、お互いのためにならないだろう。
「申し訳ないですが……」
「報酬はお金がないから、ここの焼き菓子を好きなだけ持って行ってくれ」
「やりましょう、柚葉ちゃん!!」
「えぇ……」
凪沙さんの高速手のひら返しに、少しだけ引いてしまう。
「どんな些細なことでもいいんだ。
一言だけでも、アドバイスをくれない?」
「……」
そこまで言われてしまうと、引き下がるのも申し訳ない。
私は改めて、真帆さんの店先を見た。
おしゃれな店先だった。
焼き菓子もきちんと作られているように見える。
包装にも気を遣っているし、値段も高すぎない。
「味も見てくれ」
真帆さんはそう言うと、店の奥からスコーンを一つ取り出した。
小分けの袋も丁寧で、留め具もかわいらしい。
紙ナプキンに乗せられたスコーンを受け取り、一口食べる。
口いっぱいに、小麦の香ばしい香りが広がった。
表面はさっくりとしていて、中はほろりと崩れる。
後味には、バターの風味がふわりと残った。
普通においしい。
いや普通に、では失礼かもしれない。
私が食べてきた焼き菓子の中でも、かなりおいしい方だと思う。
「おいしいです」
「でしょ」
真帆さんは誇らしそうに胸を張った。
「味はいいんだよ。そこは間違いない」
「自信家ですね」
「当然。世界一おいしいと思ってないものは出さん」
「職人気質ですね」
だが、その言葉は決して大げさではないと思った。
食べたら、買ってくれる人は多いだろう。
前回のなつみと同じように、売れるだけの魅力はある。
けれど、なつみと同じように――
その魅力が、まだうまく届く形になっていない。
「失礼な言い方になるかもしれません」
「いいよ。失礼は言われ慣れてる」
「それもどうかと思いますが……」
私はもう一度、棚に並んだ焼き菓子を見た。
スコーン。クッキー。パウンドケーキ。
どれも丁寧に作られている。
けれど、どこかで見たことがあるようにも見えた。
「真帆さんのお菓子は、悪い意味で普通なんだと思います」
「うわ、ばっさり来たね」
「すみません。
でも、観光地で買うには、ここで買う理由が少し弱いです。
スコーンやクッキーは、どこでも買えますから」
「なるほどね」
「反対に、島の人が普段のおやつとして買うには、少し洋風すぎるのかもしれません。
この島のほとんどはお年寄りですから」
「なるほどね……」
真帆さんは、腕を組んだ。
「観光客にも、島の人にも。
どちらにとっても中途半端だったわけか」
「はい」
言ってから、少しだけ心臓が縮んだ。
初対面に近い相手に、ずいぶん踏み込んだことを言っている。
玲司ならきっと、こういう言い方をした私を笑うだろう。
可愛げがない。
上から目線。
そういうところだよ、と。
けれど真帆さんは、しばらく黙ってから、口の端を上げた。
「痛いところ突くねえ」
「すみません」
「けど当たってると思う」
真帆さんは、店先の焼き菓子を見た。
「正直、東京で売ってたやつを、そのまま持ってきたんだよ。
あっちで売れてたから、こっちでもいけると思ってさ」
「東京から来たんですか?」
道理で、お店がやけにおしゃれだと思った。
「そうそう。一年前まで、あっちでケーキ屋にいた。
で、上司を殴ってこっちに来た」
「滅茶苦茶ハードな人生ですね!!」
「それより今はお店だ」
「続きが気になるところで打ち切られた!!」
真帆さんは笑いながら、棚の上を指で軽く叩いた。
「で、どうすればいいと思う?
観光客向け、地元の人向け。どちらにメニューを絞るべきか」
「平日と休日で、少し分けてもいいかもしれません」
「分ける?」
「はい。休日は観光客向けメニューを。
平日は地元の人が買いに来ているみたいなので、お年寄り向けのメニューをって」
観光地ということもあり、平日と休日で客層はガラリと変わるみたいだ。
休日はお土産を買いに来た観光客が。
平日は野菜や魚を買いに来た地元の人が訪れている印象だ。
それぞれで絞り主力を変えた方が効率的だろう。
「もっとも、私に提案できるのはここまでですが。
詳しいメニューに関しては素人なので……」
「いや、十分だよ。ありがとうね」
真帆さんはしばし考えた様子で呟いた。
「お年寄り向けなら、抹茶やヨモギ、あんこ、ゴマ……。
あと前の店だとマドレーヌがお年寄りにも人気だったし、試しに作ってみるか。
観光客向けなら……この島なら柑橘か。
柑橘のピューレを練り込んで焼き上げてみたり……」
すらすらとアイデアが出るのは、さすがプロと言ったところだろう。
「ただ、問題は材料。
季節ごとに安定して仕入れられるような――」
その瞬間、隣で小さな音がした。
ふん、と鼻を鳴らす音。
見ると、凪沙さんが、これ見よがしに胸を張っていた。
口の中の飴玉が、からころと鳴る。
「……凪沙さん?」
「真帆ちゃん」
「ん?どうした?」
「そういうときのための私ですよ」
なぜか得意げだった。
「もしかして、知り合いがいるのかい?」
「いる」
「柑橘農家の?」
「いる」
「この時期に使える果実も?」
「いる」
「……なんでもいるんですね」
凪沙さんは、鼻高々に言った。
「あと、私の顔が広いんです」
「自分で言うんですね」
「言えるくらいには広い」
真帆さんが、にやりと笑った。
「いいねえ。頼もしいじゃん」
「ただし、紹介料はスコーン三つ」
「いいねぇ。四つやるよ」
「交渉成立です」
勝手に話が進んでいく。
でも、不思議と怖くはなかった。
「凪沙に柚葉。本当に助かった。ありがとね」
「いえ、私は……」
「自信持ちなって。
少なくとも、私は助かった」
真帆さんに頭を下げられた。
会社では、余計なことを言うなと笑われた言葉だった。
けれどここでは、誰かの次の一歩になっている。
まだ、何かを成し遂げたわけではない。
けれど、何もできないわけではないのだと、少しだけ思えた。
私は鞄の中に入れた、祖母のレシピノートを思い出していた。
島の果物を、誰かに届く形にする。
お婆ちゃんがやろうとしていたことと、真帆さんのお店の悩み。
どこかで重なっている気がした。
でも、それを口に出すには、まだ少し怖かった。
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