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援助交際

私とサハラは高校の前の通りにある、「スターカフェ」という店に入った。個人的にはこの店のパスタランチが気に入っている。パスタとサラダ、パン、コーヒーがセットで700円という価格帯とその味の良さで、高校でも人気のあるお店の1つだ。にも関わらずあまり客がいないのは夏休み中で御用達の学生がいないからだろう。

私とサハラは2人掛けのテーブルに向かい合わせになって座り、パスタランチを2つ注文した。


「でも本当によかった。生徒手帳、サハラさんに拾ってもらってて。心ない人に拾われてたら、戻ってこなかったかもしれないし」

「財布を落とすなって俺に説教した人間がいたけど、誰だったかな」


頬杖をついたままニヤニヤと笑うサハラは、27歳よりも遙かに若く見えた。


「いや、それは……」


弁解の余地はない。先日私がサハラに向けて確かに告げた言葉だ。まさかこんな所で掘り返されるとは思わなかった。慌てる私の様子を見て、サハラは声を上げて笑った。


「ごめんごめん。ちょっとからかってしまった。キミがあまりに俺を持ち上げるから」

「安心してください。今ので一気に下がりましたから」


私はそう言ってグラスの冷水で喉を潤した。


「それにしても、どこで拾ったんですか?」


些細な質問だったけれどサハラは低い声で笑った。意味深げなその笑みに私は首を傾げたけれど、私に構わずサハラは短く答えた。


「体育館の入り口」

「あ」


私は思わず声を上げた。きっと、コア狩りの現場を盗み見ていた時だ。あの時は気が動転していて落とし物などに気が回る余裕はなかった。


「心当たりがあるみたいだな」

「まぁ、そうですね」


コア狩りを目撃したとか、前園の側近がコアであったこと等を口にすることは控えるべきだろう。代わりに「テロリストのコアが現れて逃げる時に落としたのかな」とありがちなことを口にしてみた。

何気ない会話を楽しんでいると、すぐに若い女性がゆで卵の乗ったグリーンサラダを運んできた。

フォークに卵を突き刺し口に放り込んだところで、サハラがあまり触れてほしくない所に話題を振った。


「あの写真、誰なの?」


私は突然の質問に動揺してフォークを落としてしまった。


「あれ? 訊いちゃまずかったのかな」

「いや。別にいいですよ。あれは私の母親の写真です」


サハラはジッと私の顔を見たまま静止している。一瞬ネジが外れたのかと思うほど、彼は微動だにしなかった。瞬きすらしなかったような気がする。沈黙し顔を固まらせたサハラはやがて頬を緩ませ「あんまり似てないね」と言った。


「生徒手帳に母親の写真を入れてるなんて変でしょ」


私は敢えてその恥ずかしさを自らの口でなぞった。自分で先手を打たずに、誰かに指摘されることがイヤだったからだ。


「何故母親の写真を?」


彼は笑わなかった。ただその答えを純粋に求めているように見えた。


「たまにお母さんの顔を忘れそうになるんです。信じられないでしょ?」


私は無理矢理笑顔でそう言ってみるが、サハラはそれに合わせてヘラヘラ笑うことはなかった。まっすぐに、そして真剣な眼差しを私に向けている。


「母は毎日働きづめなの。家に帰ってくることなんてほとんどない。1年に1回帰ってくるかなってくらい。母子家庭だから、働いて生活費とか私の学費とかを稼がないといけないのは分かってるんだけど、でもやっぱり滅多に会わないと心は離れちゃうというか……」

「じゃあ、滝島さんは心が離れないように写真を持ち歩いているってこと?」


改めて口にされると恥ずかしい。私はレタスをフォークですくい上げるのに苦戦している風に装い、俯いたまま「そうかも」と言った。


「変ですよね」


私は再度そう言った。死んだ母親ならともかく、生きてピンピンしている母親の写真を持ち歩いているなんて、自分でも変だと分かっている。私は決して苦くはないサラダを口に入れながら、苦笑した。

私はサハラが「確かに変だね」と笑うか、「別に変じゃない」とやんわりと首を振るか、どちらかの反応を予測していた。でも彼の口にした言葉は私の想像からかけ離れたものだった。


「誰かに執着するのはヒトのさがだから」


サハラはうっすら笑みを浮かべている。


「そういうふうに出来てるんだよ。ヒトは何かに依存するために、そうやって繋がりを求めるんだ。家族愛も恋愛も友情も全て依存心に寄るものなんだ」


ガラの悪いチンピラのような容姿をしているサハラが馬鹿ではないと改めて感じさせられた。少し伏し目がちな彼の顔を見ていると、意外とまつげが長いことに気づいた。


「難しいことを言われるんですね」

「賢そうに見えるだろう?一応科学者の身だから」


急にヘラッと笑うサハラの顔が、妙に薄っぺらく見えた。彼は今仮面を着けているのではないかと思った。


「貴方も?」


私はその鋼鉄の仮面を剥がしたい衝動に駆られ訊ねてみた。


「貴方も誰かに繋がりを求めるの?」


サハラは一瞬怯んだ。僅かに仮面のネジが緩んだのかもしれない。しかしそれ以上彼の完璧な仮面が剥がれることはなかった。


「繋がりを求め、失敗したことがあるよ。昔話になるけれど」


彼は少し悲しげな微笑を浮かべてサラリと告げた。


「聞きたいな。話して下さいよ。人生の先輩として」


サハラが目を丸くして黙っていると、先ほどサラダを運んできた女性がサーモンとほうれん草の入ったパスタを運んできた。彼女がぺこりとお辞儀をしてテーブルから立ち去ったのを見届けてからサハラはようやく口を開いた。


「俺に興味があるの?」


挑発的な笑みを浮かべるサハラに私はどぎまぎすることなく「勘違いしないで下さいね」と笑った。私はチェキといつも話しているせいか、あんまり年上の男性と話すことに抵抗がない。


「なんだ。残念だな。俺はキミに興味があるのに」

「サハラさん、その容姿でそんな台詞言ったら、ただのナンパ男ですよ」


私がフォークにパスタをぐるぐる巻き付けながら言うとサハラは声を上げて笑った。


「ただのナンパ男なんだって」


手をヒラヒラさせて彼は言った。


「変な人。言っておくけど私は女子高生なんですからね。あんまりナンパしてたら援助交際を迫るおじさんみたい」

「確かに。そうかもね」


サーモンにフォークを突き刺すと、身がくちゃっと崩れてしまった。面倒なので、そのまま口に放り込んでみる。バターの芳醇な香りが口中に広がり、私はその美味に思わず唸ってしまった。向かい合っているサハラも同様に口にパスタを放り込んでいるが、特別お気に召したわけじゃなさそうで、表情に動きはなかった。


「口に合わなかったですか?」

「いや。そういうわけではないけど。どうしてそんなこと訊く?」

「あんまり美味しそうじゃないから」


私がぴしゃりと指摘すると、サハラは「そうかな」と目尻に皺を作って笑った。


「あの、そういえばこんなところで油売ってていいんですか? 前園先生が今見つかって大変なことになってるかもしれませんよ」

「大丈夫だよ。見つかっても、俺にとって重大なことじゃない」

「そうなんですか?」

「うん。それよりも俺にとってはキミとの時間のほうが大事だ」


呆れるほど、軽い言葉だと思った。私は「それは光栄です」と適当に返事をした。


私が2切れ目のサーモンをフォークに突き刺すと同時に、サハラの携帯がピリリと冷たい音を立てて鳴った。彼は私に構わず、携帯電話のディスプレイを確認してから電話に出た。


「どうした?」


愉快そうに電話に出るサハラの相手は誰だろう?恋人かと一瞬思いながらも、電話の向こうでモゴモゴと聞こえる声が男性のものであることに気付いた。内容は分からない。彼は「それで?」とか「へぇ」とか適当な相槌をとっているだけだ。


「面白いことになってるな。後で行くよ。今取り込み中なんだ」


ただ食事をとっているだけではないか、と指摘したくなったけれど、ぐっと我慢した。サハラはそれを結びの言葉に代えて電話を切った。


「俺の下僕からの電話だった」

「げぼく?」

「そうそう」


下僕と言われている電話の主が可哀想に思いながらも、私は彼のそのユーモアととれる発言に笑った。


その後食事を終え、アメリカンコーヒーを飲んでから私達は店を後にした。結局、食事代は全てサハラが払ってくれた。「援助交際だね」と私が笑うと、サハラも「悪くはないものだな」と笑った。

私は学校に帰る用事はないのでそのまま家に帰ることにした。サハラは午後からも捜査協力で学校に戻るようだった。校門の前で私はサハラに訊ねた。


「また会えるかな」


サハラは少し長めの金髪を掻き分けてから、ゆっくりと頷いた。


「会えるよ。キミがそれを望むなら」


その予言じみた言葉に胸がざわめくのを感じながら、私は「そうだね」と同意した。


「じゃあね」


サハラはくるりと背を向けたまま体育館の方へと消えていった。一度は振り返るかと思ったけれど、彼は一度も振り返りはせず、真っ直ぐに花壇に囲まれた道を歩いていった。



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