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人間ごっこ

体育館の前には、紺色のパーカーを着たハマダがいた。いつものように無表情のまま、まるであの有名な忠犬のように、ただサハラが戻るのを待っていたようだった。


「サハラさん、どこ行ってたんですか?」


ハマダが少しふてくされた表情を浮かべたので、サハラは僅かに驚いた。ハマダが感情を表に出すことは珍しく、本当にコアになる前は人だったのかも定かではない。


「女に会ってたんだよ」

「女?」

「あぁ。面白いこともあるもんだな」


サハラはニヤニヤと笑みを浮かべている。


「楽しそうですね。人間ごっこですか」


ハマダがそう言いながら体育館の奥にサハラをいざなった。ステージの前で中年の刑事達が丸く円になって集まり、メモを取っている。サハラはそんな人間達を興味なさそうに眺めながら低い声で言った。


「くだらないこと言ってないで、さっきの電話の件教えろよ」


先ほどサハラに電話をかけてきたハマダは、前園の拉致した者が分かったと告げた。それがコアであり、コアであることを隠しきれないほどの存在感を放つ男だと彼は言った。


「前園に発信機をつけて正解でした。奴は今都内のマンションに監禁されてます」


ハマダは先ほどの電話で言った内容を再度口にした。


「おそらくコアですね。体育館の入り口は1つしかありませんし、あそこにはコアの気配すらなかった。あの状況では綺麗に隠していたようですが、さらって油断したのでしょうね。発信機の示すマンションにコアの気配が確かに存在しています」

「ボウズだと思われた釣りの収穫は、実は大物だったというわけか」

「どうしますか?」


サハラは土足のまま体育館に足を踏み入れた。そんな不作法な金髪の若者が現場に入り込んだというのに、警官の誰も彼を咎めることはなかった。むしろ体育館に足を踏み入れた彼に敬意を払うように、警官達は深くお辞儀をして彼を迎え入れた。


「どうしようかなぁ。そんな存在感を放つコア、放置するわけにはいかないんだけど」


首をポキポキ鳴らしながらサハラは言った。


「俺の予想が当たってたら、昔の友達だと思うんだよな」

「昔の友達?」

「あぁ。リヒトじゃない他の誰かだ」


リヒトの名を出した時、ハマダには友達と称された存在が、彼のかつての下僕であったことに気付いた。ハマダはサハラの「昔の友達」達を知らない。あの時は彼もまだただの人間の赤子に過ぎなかったし、コアとして生きるまで、命を超越した存在がこの世界にいることを知らなかったのだから。


サハラは忙しなく情報を集めている警察達をぼんやりと眺めていた。不自然なほど声を張る警官は自らの頑張りを主張しているように見えた。それがサハラの目には滑稽に映り、放置しておきたい衝動に駆られた。

今ここにいる警官は犯人の痕跡を探し、前園の行方を調べている。実はハマダが発信機で既に前園の居場所を突き止めていることを言う気など、サハラにはこの時さらさらなかった。警察も政府も好きなように泳がせておけばいい。


「ハマダさ、ちょっとタテナリを呼んどいて」

「タテナリですか」

「あいつに行かせよう。今頃モルディブにいるだろうけど」


ハマダはため息を吐いた。現在モルディブの浜辺にいるあの遊び人はハマダが最も苦手としている男だった。彼の能力の高さこそ知っているが、それ以外は良いところが見当たらないと彼は思っていた。

だが一方でサハラがタテナリのことを気に入っているのは知っている。奇妙なほどサハラはタテナリに自由を許すというのに、ハマダは頑丈な首輪で飼い慣らされた犬のようだ。彼を意識する度に自らの卑小さを感じずにはいられなかった。


「僕では力不足ですか?」


気がつくとハマダはそんなことを口走っていた。一度緩んだ口をもう一度閉め直すことに失敗した。


「あの男が僕より優れているなんて考えられないです」


サハラは本音をこぼしたハマダに温かい笑みを浮かべていた。そのことにハマダは違和感を抱いたけれど、間違いなくその生温い笑顔を剥がした先には身も凍るような冷酷な顔があることに気付いた。


「さっき、お前が言ったとおりだよ」

「え?」

「俺は人間ごっこをしてみたくなったんだ。どうせを見つけるまでの時間潰しなんだから。タテナリのような人間臭い男を傍においておきたいだけだ。優れてるとかじゃないよ」


捜査から少し離れた所で話していると、やがて若いとも中年ともとれるような警官の1人がこちらに近付いてきた。強ばった顔はコアを怖れているが故だろう。


「前園教授は見つかった?」


サハラが訊ねると警官は首を横に振った。


「だろうね。相手がコアなら、ヒトじゃ無理だよ」


ハマダはきっぱりと無理と断言された警官を哀れに思いながらも、彼に賛同した。僅かに落とした警官の肩をサハラがポンと叩いた。


「ご苦労様。もう捜査はいいよ。俺達が捜すから」

「いや、あの……」

「立場とかメンツを気にする必要ないよ。警察の上には俺から言っておくから」


力なく「はい」と頷く警官にくるりと背を向けてサハラは立ち去ろうとしたけれど、ピタリと動きを止めて再度振り返った。


「あ、人間代表のお前にちょっと訊きたいんだけどさ」

「?」

「27歳の男が現役女子高生とデートしたら、援助交際になるのか?」


質問されたのは警官だが、傍らに立っていたハマダまで「は?」と顔を歪めて聞き返してしまった。


「援助交際とは一方的にお金を貢いで、というものですから、歳で判断するものではないと思いますが」


律儀に答える警官にハマダは感心した。自分ならまず「何故そのようなことを訊くのか」と訊ね返したに違いない。


「そっか。それを聞いて安心したよ」

「サハラさん、何を企んでいるんですか?」


ハマダが細い目を更に細めて訊ねたけれど、サハラは彼を見ることなく、真っ直ぐに体育館の入り口を目指し歩きだしながら呟いた。


「この出会いを無駄にしたくないんだよ」


ハマダが言葉の真意を探っている僅かな時間で、サハラは既に体育館の外にいた。彼は小走りでサハラの背中を追いかけた。



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