第63話
ラビィの提案が採用されてから、少し日が流れた。
開発室の空気は目に見えて変わっていた。
モニターの数は増え、仮データのウィンドウがいくつも重なり、誰かのキーボード音が止まる時間の方が少ない。
一周年祭まで、もう一ヶ月を切っている。
「努くん、データの方は大丈夫そう?」
フィニスがモニター越しに声をかける。
「は、はい。ベースになる素のデータは揃っているので、あとはブラッシュアップすれば何とかなります」
緊張気味ながらも、目はしっかり前を向いている。
「ショーンくん」
「はい?」
「ナナミさんと一緒に、サーバー関連の担当へも一応声をかけておいて。負荷テストのスケジュール、前倒しできるか確認したいわ」
「了解です」
「行ってきます!」
二人は資料端末を抱えて部屋を出ていった。
フィニスは次のモニターへ視線を移す。
「マヤさん。この動き、少しぎこちないわね」
画面ではイベント用NPCのモーションテストが再生されている。
歩き出しの一瞬、わずかに引っかかるような挙動。
「はいっス。補間フレームの調整ミスっぽいっスね。もう一回やり直しまス」
マヤは即座にコードと数値の海へ潜っていった。
そしてフィニスの視線が、最後にラビィへ向く。
「ラビィさん。前に出してくれた案で、“これは特にやりたい”って部分、改めて聞かせてくれる?」
ラビィは少しだけ姿勢を正した。
胸の奥にずっと抱えている想いを、言葉にする。
「そうですね……」
一度、画面に映るゲームのフィールド画像を見る。
「せっかく出来るなら、ちゃんと“この世界に来てよかった”って思ってもらえるイベントにしたいです。戦闘が得意な人も、そうじゃない人も、同じ景色を見て楽しめるような……」
少し照れたように笑う。
「私、この世界にすごく思い入れがあるので」
フィニスはふっと優しく微笑んだ。
「……そうね。それ、すごく大事なことだわ」
開発室に流れるのは、ただの業務の熱じゃない。
この世界を作っている人間たちの“好き”が、確かに混ざっていた。
⸻
それからさらに数日後。
レジェンズの空には、大きな告知バナーが表示されていた。
《周年祭限定イベント・王の帰還》
街の広場でも、フィールドでも、ログインしたプレイヤーの視界に必ず入る位置。
まだ詳細は伏せられたままなのに、すでに話題は持ちきりだった。
その日、ラビィはロランと一緒に軽めのクエストに出ていた。
「ラビィ、一周年祭楽しみだね」
並んで歩きながらロランが言う。
「でもさ、あの告知……“王の帰還”って、どういう内容なんだろうね?」
ラビィの心臓が一瞬ドキッと跳ねる。
「う、うん! そうだね!」
視線を前に向けたまま、ちょっとだけ声が上ずる。
(ロランでもそれだけは言えない……! というか私、関わってる側なんだけど……!)
ゲーム開発の詳細などは絶対漏洩禁止!
そうフィニスにも念を押されている。
好きな物に関われている事は嬉しいけれど……もどかしい。
「あ、ロラン……」
話題を変えるように、ラビィはメニューウィンドウを開く。
アイテムBOXから小さな箱を取り出した。
「はい。ゲームの中だけど……」
差し出したのは、期間限定レシピで作ったチョコレートアイテム。
ほんのりステータスバフが付く、おまけ付きだ。
ロランは少し驚いたあと、柔らかく笑った。
「ありがとう、ラビィ。ゲームでも嬉しいよ」
ロランは受け取ったチョコを大事そうにインベントリへしまう。
「本番のイベントも、一緒に回れたらいいね」
その一言に、ラビィはぱっと顔を明るくした。
「うん!」
自分が関わっているイベントを、好きな人が楽しみにしてくれている。
それは何よりも嬉しくて、少しだけ誇らしい気持ちだった。
空に浮かぶ《王の帰還》の文字が、静かに光っている。
その裏側で、ラビィたちの忙しい日々は、まだまだ続いていくのだった。
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平日:7時頃、19時頃の1日2話
土、日、祝:12時頃、20時頃の1日2話
です。
また、前作《月の兎、時代を駆ける~目指すはフルダイブ型MMORPG無双~》はこの作品の過去のお話となっておりますので宜しければ、そちらの方もよろしくお願いします!




