12. トップアイドルの矜持とエゴ
「ステ、ラ……?」
「なぜ貴様がここに……!?」
朦朧とした意識の中でタケルは微かに目を開けた。ヴァルガンも、信じられないといった様子で問いかける。
ステラは振り返って、ひらひらと手を振った。
「事務所宛に、さっき速達が届いたんですよ。『今夜、ルミナ・ドームに向かいます』って。私、そんな連絡をした覚えがないので気になったんです」
入れ違いが起きないよう念のためにと、セレイナが投函した一通。
それがステラの元へ届き、命綱となったのだ。
「調べてみたら、なぜか私の名義でドーム使用依頼が出ていたんです。流石に変だと思って様子を見に来たら……こんな悪趣味なことをしてるなんて」
彼女は冷ややかな視線を、前方に佇む神父へと向けた。
カンディードは一瞬だけ苛立ちを覗かせたが、すぐに笑顔を取り戻す。
「これは思わぬ大物の登場ですね、天上の歌姫殿。貴方の名を利用したことは謝罪しますが、この件に介入する理由はないはずですよ」
「私の名前を勝手に使ってる時点で、割り込む理由なんてありまくりです」
「事情を知れば納得しますよ。その男、ヴァルガン・ヴォル・ディアボロスは邪悪な魔王。彼らを『処理』することは世界にとって正しいことなのですから」
「うーん、おっしゃってる意味がよくわかりませんね」
ステラは全く理解できないという顔で首を振った。
礼儀正しく振る舞っていたカンディードが、眉間に皺を寄せる。
「……まさかとは思いますが、世界の害毒を庇うつもりですか」
「だってここに居るのは、新人アイドルのヴァルガンさんですよ」
「白々しい詭弁を。アイドルかどうかは関係ありません、存在そのものが悪なのです。世界の平穏を守るための正当な『処理』を邪魔すると?」
カンディードが突きつける正論。
世界の存続という、誰も否定できない絶対の大義名分。
しかし、ステラはつまらなそうに鼻で笑った。
「世界がどうこう、なんて……私には関係ないんですよね」
一歩、前へと踏み出す。
彼女の華奢な身体から、プレッシャーが一気に溢れ出した。
「私はね。心を込めて準備したライブを邪魔されるのが、大嫌いなんです。とっても楽しみにしていたんですよ? RE:Genesisさんが、このステージでどんな輝きを見せてくれるのかって」
「……」
「貴方の言い分を整理すると、『私たちは正しいことをしているので、他のことを全部台無しにする権利がある』ってことです。ふざけていらっしゃいますね♪」
声自体は普段のライブと何も変わらない、明るく元気なトーン。
なのに、笑顔の裏で怒りが込み上げている。
「正義や大義名分、どんな理由があっても知ったことではありません。私のステージを邪魔するのなら、誰であろうと許さないだけです」
「……聞き分けのないお嬢さんですね。神界の意志に逆らうというなら、貴方ごと『処理』するとしましょう」
「いつでもかかってきていいですよ。まあ、無理だと思いますけど♪」
カンディードの笑顔が消え失せた。
合図を送るのと同時に、勇者が大剣を構える。六つの光が全方位へ散開し、光線の嵐をステラめがけて撃つ。さらにカンディード自身も、無数の拘束魔法を彼女に放った。
だが、ステラは避ける素振りすら見せなかった。
可憐にステップを一つ踏み、指先を宙へと滑らせる。
「星屑の天幕!」
指の軌跡に沿って光の幕が展開され、攻撃が触れた瞬間──
パァンッ!
ステージ特効のような炸裂音と共に、すべて色とりどりの紙吹雪と光の粒子となり舞い散った。ただ防いだのではない。攻撃を強制的にステージの演出へと書き換えてしまう、高レベルの無効化。
「な……!? 馬鹿な、神界の術式を中和……!?」
「打ち消す魔法は得意中の得意なんですよね」
「……アーク殿、直接攻撃で仕留めなさい」
「わかった!」
カンディードの指示に応え、勇者が大剣を構えて飛び込んできた。
ステラは詠唱しながらくるりとターンする。
「月光の踊り手!」
魔法が発動すると、淡く輝く人物が複数現れた。
ステラと似ているが、バックダンサー用の地味めな衣装で統一されている。
「それがどうしたッ!」
アークが大剣を振り下ろし、ステラを狙う──が。
パシッ!
小気味よい音と共に、ダンサーの一人が大剣をいなして軌道をそらした。
「なっ……!?」
アークは追撃しようとするが、代わる代わるダンサーたちに攻撃を受け流される。一人に斬りかかれば他のダンサーが妨害し、魔法でステラを狙っても演出に変換されてしまう。
業を煮やした勇者が力を溜め、光線を連発し始めた。だが、ステラはオーロラのカーテンを広げ、すべてあっさりと防ぐ。
「す……すげえええ!」
床にへたり込んでいたレオンが、立ち上がって拳を突き上げた。
「おい、圧倒してんじゃねーか! そのままやっちまえ! そのクソみてーなエセ神父を、木っ端微塵にぶっ飛ばしてやれーッ!!」
レオンの調子に乗った声を聞いたステラは、きょとんとした表情で振り返る。
「……はい? やっちまえ?」
「なんだよ、遠慮すんな! 一撃で消し炭にしてやれ!」
「何言ってるんですか、アイドルは暴力なんてしませんよ」
「は?」
「私が覚えてるのは歌って踊ったり、移動したり、ファンや自分を守るための魔法です。攻撃魔法はこれっぽっちも使えません」
「「「ええええええええっ!?」」」
レオンだけでなく、ガルドやセレイナも素っ頓狂な叫び声を上げた。
「ちょ、ちょっと待て! じゃあどうやってあいつらを倒すんだ!?」
「ダメですよ、アイドルは誰かを倒したりなんてしません」
「そういうの今はいいっつーの! とにかく、あいつをなんとかしてくれ!」
「うーん、攻撃にも使えそうな魔法……一応やってみますね」
彼女は人差し指をピッとカンディードに向け、可愛らしくウインクした。
「祝祭の花火♡」
ヒュルルル……ドォォォォォォンッ!!
指先から放たれたのは、極彩色の花火。
カンディードに向かって真っ直ぐ飛び、ド派手に炸裂。火花が激しく飛び散り、鼓膜をつんざく爆竹音が鳴り響く。
フッと煙が晴れると、薄い結界を張ったカンディードが眉ひとつ動かさずに立っていた。
「……祭り用の演出魔法が通じるとでも?」
「ダメでしたか。並大抵の結界は貫通して更地にできるんですけど」
「「それ暴力じゃねぇかァッ!!!!」」




