11. 私を騙り、好き勝手してくれたようですね?
「ぐッ……!!」
床にタケルとゼクスの身体が叩きつけられた。
電撃の檻から引きずり出されたタケルは、全身から煙を立ち上らせている。意識はかろうじて残っているが、ピクリとも動けない。浅く、不規則な呼吸だけが喉を鳴らしていた。
ボタ、ボタボタッ……。
ゼクスから鮮血の滴り落ちる生々しい音が響く。手の一部は骨が露出し、激痛で発狂してもおかしくない凄惨な負傷。ゼクスは肩を激しく上下させ、額に脂汗を滲ませていた。
「ほう……。まさか、『神罰檻』を破るとは。ダメージを無視して強引に割り込めば突破できるのですね、こういったケースは初めて見ました」
様子を見ていたカンディードが興味深そうに頷く。
貴重なサンプルが取れた、とでも言いたげに。
「両腕を破壊されてまでやるとは、正気ではありませんね。貴方のような薄気味悪い異常者は、思考回路すらおかしいのでしょうか?」
「はぁ、はぁ……黙れ……」
苦しげにゼクスが言い返すも、腕は全く動かせなかった。
タケルは瀕死の重傷。
ヴァルガンは四肢を拘束され、魔王の力を使えない。
ガルドとセレイナは勇者の猛攻を凌ぐだけで手一杯。
ゼクスは深手を負って戦闘不能。
そしてレオンには、戦うための力など最初から何一つない。
「長引かせても意味がありませんし、そろそろ終わりにしましょうか」
カンディードが右腕を上げると、アークは剣を下ろして後ろに飛び退く。
その直後、床から淡い光を放つ無数の蔦のような線が這い出した。ガルド、セレイナ、ゼクスの足元へと絡みつく。
「しまった、身体が……!?」
「くそ、離しやがれッ!」
ガルドが蔦を千切ろうとするが、ゴムのように伸びて効果がない。逃げられず、ズルズルと一箇所に引きずられていく。
「貴様が殺す必要があるのは、我だけであろうッ!」
ヴァルガンが絶叫し、カンディードに訴えかける。
床に横たわるタケルを見つめながら。
「みなを……タケルを解放しろッ!!」
「先ほどお伝えしたではありませんか。魔王の手先として、タケル殿には死んでいただいた方が都合がいいのですよ」
「やめろぉぉぉッ!!」
ゴキリ、と音が鳴った。
拘束を剥がそうと無理に力を加えたせいで、ヴァルガンの関節が外れたのだ。それでも魔王は、タケルを助けようともがき続ける。
神父はやれやれと肩をすくめて、背後に控える勇者へと目を向けた。
「魔王と、その使徒たるタケル殿の完全消滅を。ドーム外への影響は防げるので、最大出力で構いません」
「任せてくれ」
アークは頷き、大剣をゆっくりと正眼に構える。
周囲を旋回していた六つの光が、一斉に頭上へと集結した。六角形の陣形を組み、互いを光の糸で結び合う。
「星の息吹よ、我が剣に集え!」
大気中のマナが猛烈な勢いで吸い上げられ、構えた剣の切先へと凝縮されていった。直撃すれば死は免れない、金色の光球が膨れ上がる。
「お、おい……どうしろってんだよ、こんなの……!?」
「ああ、どうぞ離れてください。貴方に戦闘能力がないのは理解していますから」
怯えるレオンに、優しく声をかけるカンディード。
戦う力がないゆえに、敵からも脅威とみなされず放置されていたのだ。
「あくまで『処理』の対象は魔王とタケル殿だけ。他の方々は手厚く治療し、余計な記憶を消して日常に戻します。抵抗しなければ何もしません、ご安心ください」
「……」
大人しくしていれば助かる。
記憶を消され、また元の怠惰で無気力な生活に戻るだけ。
魔王なんて危険な奴に関わったのが間違い。最初から、自分には関係のない世界の戦いだったのだ。ここで逃げたって、誰も責めはしない──
「舐めてんじゃ……ねーぞ……」
レオンの足が、震えながら前へと進んだ。
「おや?」
「人をコケにしやがって、クソ神父がァッ!!」
怒鳴りながら、レオンは倒れたタケルを庇うように覆いかぶさった。
「レオン……!? 馬鹿野郎、退けッ!!」
ガルドの言葉を聞いても、レオンは退かなかった。
恐怖で歯の根が合わないまま、タケルを抱きしめて声を張り上げる。
「俺に散々無茶振りして、曲を書かせやがって……! 新曲まだ聞いてねーだろ! こんなところでくたばるんじゃねーよクソ野郎ッ!!」
タケルとヴァルガンを見捨てれば自分の命が助かるとしても。目の前で無残に殺されるのを見過ごすくらいなら、一緒に消し飛んだ方がマシだった。
「苦しむだけで無意味だというのに。では、ごきげんよう」
「神罰光芒剣ッ!!」
勇者の大剣が、前方へと振り下ろされた。
六つの光から放たれた光線が勇者の剣閃と融合し、黄金色の熱線となった。直撃コース上の空間そのものを焼き溶かす、巨大な輝きの奔流。
光が視界を白く染め上げ、レオンはギュッと目を閉じた。ヴァルガンが、ガルドが、セレイナが、ゼクスが、叫びを上げ──
ズドォォォォォォォォンッッッッ!!!!
ドーム全体が大きく震えた。
床が爆散し、粉塵と黒煙がアリーナを覆い尽くす。衝撃波が客席の壁を削り取り、天井の照明器具がガラガラと音を立てて崩落していく。
「ふぅ……これで一件落着、ですね。復元の申請は後ほどやっておきましょう」
カンディードは息をつき、手で砂埃を払った。
あの威力を受けて生き残れる相手など、この世界には存在しない。魔王もろとも、跡形もなく消滅しただろう。
どこからともなく風が起こり、立ち込める黒煙を静かに押し流していく。
「……ん?」
晴れ渡っていく視界の先。
砕け散った肉片も、焼け焦げた血溜まりもなかった。倒れ伏すタケルに覆いかぶさるレオン、拘束されたヴァルガン、蔦に絡め取られたガルドたち。
彼らの前にあったのは、七色の光で揺らめく美しいオーロラのカーテンだった。カーテンの内側には傷ひとつなく、勇者の放った一撃は無効化されていた。
「なっ……!? これは……!?」
カンディードが初めて、笑みを崩して後ずさった。
アークもまた、目を細めて即座に身構える。
コツ、コツ……。
ドームの中に、軽やかにヒールを鳴らす音が響いた。
「──私を騙り、好き勝手してくれたようですね?」
オーロラのカーテンが左右へと開いていく。
中央に立っていたのは、粉塵ひとつ付いていないアシンメトリードレスを優雅に翻し、セットされた金髪をなびかせる美少女。
天上の歌姫、ステラ。
神界の執行者たちの前に、世界最強のトップアイドルが姿を現した。




