10. もう失いたくないから
「ふざけるな、ですか」
タケルの拒絶を耳にしたカンディードは、満足そうに微笑んでぱちぱちと拍手をした。瞳の奥に、サディスティックな歓喜を滲ませながら。
「そう言ってくださって本当に助かりましたよ、タケル殿。実は少々困っていたものですから」
「な、何がですか……!?」
「少し、お勉強の時間といきましょうか。貴方はこの世界に呼び出された『勇者候補』なんですよ。そして、こちらにいるのも勇者でして」
のんびりと話しながら、カンディードは勇者に目を向けた。アークは大剣を凄まじい勢いで振るい、六つの光が光線を放ち続けている。ガルドとセレイナが守っていなければ、ヴァルガンは既に殺されていただろう。
「権限が中途半端だと、勇者同士で因果が干渉しかねない。ですが、自ら世界の敵になってくださるのなら……憂いなく、合法的に排除できます」
カンディードが優雅に右手を振ると、タケルの足元から透き通った紫紺の魔力障壁がせり上がった。一瞬にして組み上がった立方体が、逃げ場のない檻となる。
「なんだこれ……!? くそっ、開けろ! 出せッ!!」
ドンドンッ! ドンドンッ!
叩きつけた両手には確かな手応えがある。
内部から触れる分には、冷たいガラス板を叩いているような感触だ。渾身の力で体当たりしても全く割れる気配がない。
「タケル、離れてろ! 外からなんとかしてやる!」
叫び声を上げ、レオンが慌てて駆け寄ってきた。
「おっと、壊す気ですか? 迂闊に触らない方が身のためですよ?」
「うるせぇ! 引っ込んでろクソ神父がッ!」
カンディードが心配そうな声音で忠告を投げかける。
レオンは警告を意に介さず、拳を結界の外壁へと叩きつけた。
バチィィィィンッ!!
「があぁぁぁッ!?」
触れた瞬間、目も眩むような紫の火花が爆ぜた。レオンは悲鳴を上げて弾き飛ばされ、ゴロゴロと床を転がった。右手に走った強烈な痛みに顔を歪め、膝をつく。
「いってぇ……! どうなってんだ、クソッ……!?」
「忠告したでしょうに。『神罰檻』には、外部の干渉に激痛を返す術式が組み込まれています」
「なら、お前をぶっ飛ばすだけだッ!」
そう叫び、ゼクスが一気に距離を詰める。飛び膝蹴り──ジャンピング・ニー・バットを叩き込もうとした、が。
ぬるり。
「残念、接近戦は無意味ですよ」
「なっ……!?」
カンディードは影の中に潜み、別の場所から現れた。
予想外の回避に、驚いた表情でゼクスは着地する。
「ではタケル殿。まず貴方から消えていただきましょう」
檻の中のタケルへと視線を戻し、パチンと指を鳴らした。
幾千もの雷光の紋様が結界に浮かび上がり、バチバチと火花を散らす。
「え……う、嘘、だろ……」
タケルが身構える間もなく。
紫紺の檻の内部に、高圧の神罰電撃が走った。
「ぐぎゃああああああぁぁぁぁぁぁッッッッ!?」
絶叫がドーム中に響き渡った。
逃げ場のない空間に満たされた電撃が、容赦なくタケルの全身を貫く。髪が逆立ち、血管が浮き上がり、身体中が千切れるような痛み。壁を叩いていた手は跳ね飛ばされ、激しく痙攣していた。
「タケルッ! タケルッ!!」
その光景を目にしたヴァルガンが、必死に身体を動かす。
だが、魔王を縛る鎖はさらに強く締め上げる。皮膚が削れ、血が噴き出すのも構わずヴァルガンは鎖を引きちぎろうと暴れ、咆哮した。
「何をしておるッ! 早くあやつを助けろッ!!」
「手が離せねぇんだよ、くそったれ!」
「防御が、追いつきません……!」
ガルドが、勇者の攻撃を防ぎながら叫び返す。盾越しでも大剣の威力が貫通し、骨が軋みを上げていた。セレイナもまた、間断無く放たれる光線をヴァルガンに直撃させないよう氷の障壁で逸らすが、次々と砕かれてしまう。
二人が一歩でも退けば、身動きの取れないヴァルガンが蜂の巣にされる。タケルを助けに向かいたくても、この場をどうにかする術がない。
「あ……ぎ、がッ……」
檻の中で、タケルの悲鳴が小さくなっていた。
あまりの激痛に喉が焼き切れ、心臓の鼓動が弱々しくなり、顔から生気が徐々に失われていく。
「……」
その時、ゼクスが電撃の檻に駆け寄った。
彼は叫ばなかった。取り乱すことも、怒声を上げることもない。
「ふぅー……」
結界の前で深く長く、息を吸った。
ゼクスの両手に青白い闘気が凝縮されていく。
「助ける気ですか? 無理なのでやめた方がよろしいかと」
カンディードの言葉を、ゼクスは聞く耳すら持たなかった。
一歩踏み込み、躊躇なく電撃渦巻く檻の外壁へと両手を突き立てた。
バチィィィィッ!!
「ぐっ……!!」
レオンを弾き飛ばした結界が、ゼクスの両腕に襲いかかった。
皮膚が切れ、血が滴る。このまま触れ続けていれば、手自体が切り裂かれて使い物にならなくなる。
だが、ゼクスは手を離そうとしなかった。
決して目を閉じず、掌に更なる闘気を集める。
「はああああッ……!」
静かな呼吸から一転、腹の底からの唸り声。
結界に亀裂が走り、強引にこじ開けていく。カンディードは手を出す素振りも見せず、面白い見世物を眺めるように佇んでいた。
ゼクスはついに、檻の内部へと腕を突っ込む。崩れ落ちかけていたタケルの胸倉を、残された握力のすべてを込めて掴んだ。
「おらああああああああッ!!」
ぐっと体重を乗せ、背中に思い切り力を入れる。両腕に走る痛みを無視して、タケルの身体を結界の外へと引きずり出した。




