9. お伽話で魔王を倒す者、それは
静寂に包まれたルミナ・ドーム。
数万人を収容する巨大施設には人影ひとつなかった。
「おかしいな……。関係者入口は開いてたけど、明かりもついてない」
「むう。ステラの姿が見えんではないか、どういうことだ?」
薄暗い通路を抜け、広大なメインアリーナへと足を踏み入れたタケルとヴァルガンは首を傾げた。天井を見上げても照明は灯っていない。ステージセットが作られているわけでもなく、ただ暗い空間があるだけ。
ガルドが周囲を見回す。ゼクスもまたバンダナの奥の目を鋭く光らせ、いつでも動けるよう警戒していた。
バタンッ!!
突然、背後の扉が勢いよく閉ざされた。
扉の隙間に光が走り、何重もの施錠音が鳴り響く。
「なっ……!? 勝手に閉まったぞ!?」
「……外部との通信が途絶えています! 恐らく、遮断結界です……!」
ガルドが扉を開けようとするが微動だにしない。
セレイナが魔導端末を確認し、困惑した声をあげる。
「待ち伏せというわけか、つまらん小細工をしおって。出てくるがいい」
ヴァルガンが前方の闇を睨みつけた。
アリーナの床を鳴らし、奥から足音が近づいてくる。立ち止まると、パッと頭上のスポットライトが一つだけ灯った。
「こんばんは。ステラ殿の名を騙り、このような場所へお呼び立てしてしまい申し訳ありません」
「カンディードさん……!? どうして貴方がここに……!?」
「下がれ、タケル。……こやつ、殺気が滲み出ておる」
見慣れた穏やかな笑みを、寸分変わらず浮かべているカンディード。
目を見開いて驚くタケルに対し、ヴァルガンは一切の動揺を見せず、拳を固めて一歩前に出た。
「そんなことありませんよ。私は話し合いをしたいだけですから」
「してやってもいいぞ。貴様を大人しくさせてからなッ!」
ヴァルガンが勢いよく地を蹴ってカンディードに向かう、が──
「おっと、動かないでください」
パチンとカンディードが指を鳴らす。
ジャララララララッ!!
亜空間から飛び出したのは、漆黒の拘束鎖。
「フン、こんなもの!」
ヴァルガンが呪文を唱えると、魔王の姿がブレて複数の幻影が現れた。
攻撃対象を認識できなくする撹乱魔法だが、鎖はランダムに動く幻影には一切反応せずヴァルガン本体に向かって一直線で飛んでいく。
「っ!?」
当たる寸前で回避したヴァルガンだったが、鎖は四方八方から高速で追尾し、四肢、首、胴体を縛り上げる。そのまま全身を引っ張られ、磔のような状態にされてしまった。
「ぐ……ぬぅぅッ!? こ、これは……!?」
力任せに引き千切ろうとするヴァルガン。
しかし、鎖から放たれる魔力が魔王の肉体を激しく焼き、皮膚から煙が立ち上る。じわじわと侵食するように光が伸び、身体に複雑な模様が広がっていった。
「が、ああッ……!」
「無駄ですよ。貴方が封印されていた数百年の間に、研究は進んでいるんです。破邪の紋様を刻まれたら、まともに力も出せないでしょう?」
「な、何をしてるんですか、カンディードさん……!?」
「決まっているじゃないですか。かつて世界を恐怖と破壊で支配した古の魔王、ヴァルガン・ヴォル・ディアボロスを『処理』するんです」
カンディードが魔王の名を告げた瞬間、ドーム内の空気が凍りついた。
「ま、魔王……!?」
「ええ、そうです。この男の正体は既に暴かれています。世界を歪ませ破滅へ導く、邪悪な存在なのです」
「ヴァルガンが……? おいタケル、冗談だろ……!?」
「そんな……では、ギルドで魔獣討伐の依頼が増えていたのは……」
ガルドがヴァルガンから数歩距離を取り、セレイナは震える手で眼鏡を押さえる。二人の反応を見て、タケルは黙っていることしかできなかった。
「待て待て待て……! 笑えねーぞ、どんなヤバいネタに巻き込みやがった!?」
「……」
レオンもまた、動揺した様子で頭をガシガシとかいていた。ゼクスは無言のまま、唇を固く結んでカンディードを睨みつけている。
これまで共に馬鹿騒ぎをしてきた仲間が、世界を滅ぼしかねない脅威。
ヴァルガンを助けるべきなのか、それとも逃げるべきなのか。その判断すらつかないほどに、RE:Genesisチームの面々は混乱していた。
「いい機会ですし、お教えしましょう。魔王とは、存在そのものが歪みを生む。アイドルとして輝き、民の熱狂を集めるほど、世界は崩壊へと近づきます」
「なっ……!?」
かつてルミナスが話していたこと。
ヴァルガンの様子がおかしくなっていたこと。
タケルの中で、すべてが一本の線で繋がっていく。
「でも、ヴァルガンが悪さをしたわけじゃ……!」
「何か起きる前に、排除するのが神の意志ということです。ゆえに、ここで『処理』いたします」
カンディードが再び指を鳴らす。
すると、足元に巨大な魔法陣が展開された。
「な、なんだ……!?」
「驚くことはありませんよ。魔王を倒すのに相応しい人物を、ご紹介いたします」
閃光の中から、一人の影がゆっくりと浮かび上がってきた。
ツンと髪が逆立った、無造作なウルフ風のミディアムヘア。
前留めがなく、頭を通して身につける仕立てのマント。軽装で動きやすそうな、ノースリーブのロングチュニックとスパッツ。大きな革ベルトにはウエストポーチが下げられている。
片腕には特徴的な銀の籠手を身に着けており、白く美しい大剣を背負っている。その姿は、まるで──
「勇者……」
「その通りです、タケル殿。彼こそ、英雄として選ばれた存在です」
「お前たちが、この世界を滅ぼそうとしている悪党だな?」
勇者は、磔にされた魔王へ切っ先を向けた。ヴァルガンは身をよじるが、鎖はびくともしない。
「我が名はアーク。神界に命を救われ、使命を与えられた者として……」
アークは大剣に力を込め、魔力を解き放つ。
出現したのは手のひらサイズの、光り輝く六つの球体。まるで生き物のように浮遊し、不気味に旋回を始める。
「お前たちを倒す!」
アークが踏み込むと同時に、六つの光が変則的な軌道を描いて全方位へと散開する。球体から、黄金の光線が無数に撃ち放たれた。凄まじい速度で折れ曲がりながら、鎖で拘束されたヴァルガンめがけて殺到する。
「させるかァァァッ!!」
どうすべきか迷っていたガルドが、考えるよりも先に身体を動かしていた。
大盾を喚び出してヴァルガンの前へと割り込み、攻撃を弾く。
「氷晶防壁!」
セレイナも即座に魔力を注ぎ、大盾の前に幾重もの氷の障壁を展開する。
だが──
ガガガガガガガガッ!!
放たれた誘導光線の嵐が、氷壁を一瞬で粉微塵にした。
さらに、勇者が目にも留まらぬ剣戟をガルドの大盾へと叩き込む。
「ぐわあぁッ!?」
「きゃあああッ!」
衝撃波が突き抜け、ガルドの巨体が吹き飛ばされる。
大盾には無数の傷が入り、セレイナも余波で床へと叩きつけられた。
「ガルドさん! セレイナさん!」
「来るな、タケル……! こいつ、やべぇぞ……!」
ふらつきながら立ち上がるガルド。
勇者は大剣を構え直し、光が再びヴァルガンへと狙いを定める。身動きの取れない魔王から、苦悶の呻きが漏れ出していた。
「さあ、タケル殿。賢明な貴方なら理解できるでしょう」
カンディードが優しげに笑って歩み寄る。ゼクスがタケルの前に出て構えた。
「無駄な血を流す必要はありません。世界のため、魔王の『処理』を受け入れてくださいますね? 事情を知りすぎた方々は、記憶の改竄のみで済ませますので」
「……」
カンディードの言ってることは正しいのかもしれない、それでも。
泥だらけになったビラを手に取って、一緒に歩いてきたから。どんな困難があっても、隣に立って進むと決めたから。
「ふざけるな……」
「……今、なんとおっしゃいました?」
「ふざけるなと言ったんです!」
顔を上げ、タケルはカンディードを正面から見据えた。
「ヴァルガンは、何かやったわけじゃない! なんとかできる方法があるかもしれない! 俺は、ヴァルガンと一緒にトップに立つって決めたんです!」
一歩も引かずに言い返す。
思わず震えてしまう手を、誤魔化すように握りしめながら。
「だから……そんな理不尽な『処理』なんて、絶対に受け入れられません!!」




