6. ヴァルガン握手会開催(※超プラチナチケット)
ルミナ・シティ中央区にある商業施設のイベントホール。
普段は魔導レコードの即売会などに使われる場所に、開場前から長蛇の列ができていた。壁に飾られた巨大な横断幕には、筆文字でこう書かれている。
『RE:Genesis握手会~王の慈悲をその手に~』
最近販売されたグッズ購入特典(握手会抽選券)で応募し当選したファンたちが、色とりどりの推しグッズを手に胸を高鳴らせていた。
「えー、大変お待たせいたしました! これより、最優先入場チケットをお持ちの当選者様から順次ご案内いたしまーす!」
タケルがメガホンを片手に、声を張り上げる。
扉が開かれ、栄えある先頭グループがどやどやとブースの中へとなだれ込んできた……が。
「教官! 会いに来ましたぜぇぇぇッ!」
「地の果てからでも駆けつけるのが俺たちの義務ですから!」
「うおおおお今日も筋肉のキレが最高だ!」
先頭を陣取っていたのは見覚えがありすぎる、筋骨隆々な『獅子の牙』の若手たち。かつてヴァルガンに地獄のシゴキを受け、熱狂的なファン一期生と化した冒険者だった。
「いや何やってんの!? これ、超激戦のプラチナチケットなんですけど!?」
「へっ、タケルさん。俺たちを甘く見てもらっちゃ困りますね」
「ギルドの依頼を昼夜ぶっ通しでこなして金を稼ぎ、グッズを箱買いして、仲間全員で抽選ハシゴした結果っすよ!」
「努力の甲斐あって最優先枠を十数名分かっさらってやりましたぜ!」
「タチが悪いオタクになってる!? 堂々と身内で買い占めないでくださいよ!」
「フハハハハ! よいではないかタケル」
握手ブースの中央──専用の革張りチェアに鎮座していたヴァルガンが、機嫌良さそうに喉を鳴らす。
「我が軍門に下るため、己の血肉を削って熾烈な戦いを勝ち抜いてきたのだ。その忠誠心、実に見事なものよ」
「「「ありがとうございます教官ッ!!」」」
「甘やかすなよヴァルガン! 他の人が困っちゃうだろこんなの」
「だがこやつらはルールに則って買ったのであろう? 筋は通っているぞ」
「「「そうだそうだ! 俺たちだって立派なファンだ!」」」
「ぐっ……確かに規約違反はしてないけど!」
ヴァルガンにお墨付きをもらい、口々に騒ぎ立てるむさ苦しい冒険者たち。
タケルは額に青筋を立て、パン! と手を叩いて強引に割り込む。
「とにかく、知り合い枠は後回し! 一般のお客さんを待たせるわけにはいかないんですから。向こうの隅で体育座りして待機!!」
「「「えぇぇぇーっ!?」」」
「フン。後で我がゆっくり対応してやるから待っているがよい」
「「「喜んで待機させていただきますッ!!」」」
ヴァルガンがそう答えただけで、冒険者たちは一斉にブースの隅へと退避していった。相変わらず教官の言うことだけは絶対である。
「はぁ、全く……。じゃあ、気を取り直して。当選者の方、どうぞー!」
タケルが手招きすると、仕切りの向こうから恐る恐る一人の女性ファンが進み出てきた。グッズの『ぷにぷにヴァルガン様ぬいぐるみ』を両手で大事そうに抱きしめている。
彼女は間近で見る魔王の迫力に、息を呑んで震えていた。
「よくぞ参ったな」
「あ、あの、よろしくお願いします……!」
ヴァルガンは笑みを浮かべ、両手を差し出した。
女性はおずおずと、その巨大な掌に自分の小さな手を重ねる。
「わ、私……『ルミナ・ドリーム・ステージ』で、嵐のライブを見て、すごく感動して……! 毎日、たくさんパワーをもらってます……!」
「そうか」
ヴァルガンの大きな手が、そっと女性の手を包み込んだ。
「ならば、これからも糧にするがよい。貴様が立ち止まりそうになった時は、我が歌声で背中を押してやろう」
「は、はは、はいっ……! ありがとうございます……!」
握った手を離さぬまま、優しく声をかけるヴァルガン。
女性の瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。彼女は名残惜しそうに手を振りながら、満面の笑みでブースを後にする。
その後も、ファンの列は途切れることなく続いた。
「仕事で辛い時、貴方の豪快な笑い声に助けられてます」
「うむ。我が声は天下に轟くからな」
仕立てのいいスーツを着た中年男性が頭を下げ、しっかりと手を握る。
「僕も、ヴァルガンさんみたいな強い男になるため筋トレしてます!」
「よき心がけだ、我を目標に励むがよい」
学生らしき若い青年が目を輝かせ、手を上下に振る。
「あたしねぇ、ヴァルガンちゃんのこと婦人会で宣伝してるの!」
「素晴らしい。その調子で我が偉大さを世に広めるのだ」
元気なおばちゃんが、嬉しそうに喋りながら握手をする。
ひとりずつ目を見て、相手の言葉を受け止めて応えるヴァルガン。タケルは次の当選者を呼び込むのも忘れて、その様子を見つめていた。
(……最初は誰も足を止めなくて。不審者扱いされて、ビラを踏みつけられて……)
あの泥だらけの下積み時代を経たからこそ。今、こうしてたくさんの人たちがヴァルガンから元気を分けてもらい、笑顔になって帰っていく。
(やっぱり間違ってなかった。俺たちが進んできた道は、絶対に……)
タケルが誇らしげに口元を綻ばせた、その時。
肌を刺すような悪寒が走った。
「……?」
視線を巡らせる。
熱気に包まれるイベントホールの片隅、照明の光が届かない位置。
そこに、誰かがいた。
非常口付近の太い柱の影で、微動だにせず佇む人物。
推しグッズも抽選券も、何も持っていない。フードを目深に被っていて表情は見えなかった。握手ブースの列には並ばず、タケルの方に身体を向けている。
「タケル? どうした、次の者を入れんのか」
「えっ……? あ、ああ、ごめん!」
ヴァルガンの声に我に返り、もう一度非常口の脇へ目をやる。
誰もいない、扉は開いた気配すらなかった。
「……次の方、どうぞ!」
必要以上に大きな声で、タケルは列の先頭を呼び込んだ。




