5. まずは目の前のお仕事から!
翌朝。
冒険者ギルド『獅子の牙』の会議室には、RE:Genesisのチーム一同──タケル、ヴァルガン、ガルド、セレイナ、欠伸を噛み殺しているレオンが顔を揃えていた。
「早速ですが、本題に入りましょう」
セレイナがトントンと資料の束を整え、全員の前に一枚ずつ配っていく。表紙には大きく「トゥインクル☆カーニバル プレイベント実施要項」と記されていた。
「先日の招待状に続き、ステラ様の所属事務所よりイベント概要が届きました。開催地はルミナ・ドーム内の特設ステージ、時期は来月の中旬を予定しています」
「おおっ……! ついに具体的な日程が出たんですね!」
タケルは配られた資料を前のめりで見つめた。
文字の並びを見ているだけでテンションが上がる。トップアイドル、ステラと同じ場所に立つためのスペシャルチケットだ。
「内容は参加アイドルたちのお披露目、およびファン交流イベントです。各ユニットのパフォーマンス、トークセッション、ファン向けバラエティ企画、そして合同挨拶といった構成になっています」
「交流イベントってことは、ここで白黒ハッキリ勝ち負けを決めるようなバトル形式じゃないんですね」
「企画としてはそうなります。ですが、業界関係者や熱心なアイドルファンがこぞって押し寄せる場です」
タケルの問いに、セレイナは眼鏡を押し上げてスッと目を細めた。
「ここでどれだけ観客が盛り上がるか……その反響次第で、『トゥインクル☆カーニバル』本番における出番やステージ演出の規模が変動するでしょう。場合によっては呼ばれない可能性すらある、実質的な査定の場です」
「なるほど……。表面上は仲良くお披露目でも、水面下ではバチバチのアピール合戦ってわけですか」
「フッ、望むところよ」
足を組み、椅子にもたれかかっていたヴァルガンがニヤリと笑みを浮かべた。
真紅の瞳が好戦的な光を放っている。
「小娘の庭先で、我が歌を轟かせる絶好の機会。己の未熟さをこれでもかとわからせてやるわ!」
「無駄に自信満々だなぁ。でも、その意気で挑まないとな」
「で、曲はどうすんだよタケル。手持ちのやつでいくのか、それとも新しいのをぶち込むか?」
頬杖をついたレオンが、めんどくさそうに尋ねてくる。
昨日は散々機材を買い漁るわ遊び呆けるわと好き放題していたが、仕事の話となるとその目は鋭い職人のそれに切り替わっていた。
「短時間で爪痕を残すなら、インパクト重視の新曲でいきたいところですね。レオンさん、ストックで使えそうな案はありますか?」
「へっ、頭の中に鳴ってるヤバいフレーズが山ほどあるぜ。テメェの金で買い揃えた機材を使って、ハイクオリティにしてやるから待ってろ」
「お願いします! ガルドさん、ギルド側の準備も進めてもらっていいですか?」
「おうよ。ウチの連中も『ヴァルガン教官の大舞台だ!』って息巻いてるからな。人手ならいくらでも回す、万全の態勢で送り出してやるぜ!」
ガルドが胸を叩き、豪快に笑う。
チーム全員の熱気が、ひとつの目標に向かって綺麗に噛み合っていた。
「よし、プレイベントに向けてレッスンと準備を進めましょう! ……あ、セレイナさん。直近のスケジュールはどんな感じでしたっけ」
「動かせない予定は、明日の『RE:Genesis単独ファン握手会』ですね。それ以外は調整と交渉の余地があるので、プレイベントに向けて整理しようと思います」
セレイナはスケジュール帳をめくり、ヴァルガンを冷ややかな目で見据えた。
「目の前のファンを大切にすることもお忘れなく。いいですね、ヴァルガンさん」
「ぬ? なぜ我が釘を刺されねばならんのだ」
「ファンサのつもりで相手の手を握り潰したり、威圧感で気絶させたりしないように。という意味です」
「心外だな。筋力の制御は極致に至っておるぞ」
「……のわりに暴れまくりな気がするけど、まあいいや。久しぶりのファン交流なんだ、明日はスマイル全開でいくぞ」
「フン、王の慈悲を存分に振り撒いてやろう」
プレイベントへの期待と、明日のファンイベントへの気合を胸に、打ち合わせを終えて解散となった。
*
「明日の握手会、枠一気に埋まったらしいからなぁ。どれくらい人が来るんだろ」
「我に平伏する民が、列をなして押し寄せるに決まっておろう」
「やだな握手会で忠誠を誓う民」
ギルドのエントランスホールを通り抜け、表の大通りへと出ようとした時だった。
「ごきげんよう、タケル殿」
「あれ? カンディードさん。こんにちは」
耳当たりの良い声で呼び止められる。
振り返ると、ギルドの掲示板の前にカンディードが立っていた。
「ギルドにいるなんて珍しいですね。何かお仕事ですか?」
「実は教会や孤児院で冬に向けた準備が必要になりまして。冒険者の方々に依頼を出せないか、ご相談に伺ったところなのですよ」
「そっか、もうそういう季節ですもんね。いつもお疲れ様です」
「いえいえ、神に仕える身として当然の務めですから」
カンディードはニコニコと、温和な笑みを崩さない。
タケルの隣でヴァルガンが眉を寄せ、微かに顎を引いた。神父から漂う、妙な違和感に警戒している。
「……その用件で、我らに声をかける理由がないと思うが?」
「お二人をお見かけしたのでご挨拶をと思いまして。……そういえば」
思い出したようにカンディードはポンと手を打つ。
「天上の歌姫が主催されるプレイベントに、マリアンヌ様とホーリー・エンジェルスが参加される予定なのです。タケル殿にも、何かお話は届いているのですか?」
「ついさっきまで、その打ち合わせをしてました。俺たちも参加するんです」
「それは素晴らしい! みなさんもステラ殿の目に留まったのですね。心よりお祝い申し上げます」
カンディードは心底嬉しそうに両手を合わせ、祝福の言葉を述べた。
「そのプレイベント、関係者リハーサルが事前に行われるという噂も聞きましたが……タケル殿は、詳しいスケジュールをご存知ですか?」
「リハーサル……? いや、さっきもらった資料には、そこまで詳しく書かれてなかったですね。『詳細は追って連絡する』としか」
「おや、私の早とちりでしたか。教会の関係者筋から小耳に挟んだ程度でしたので、まだ正式決定ではないのかもしれませんね。失礼いたしました」
申し訳なさそうに、カンディードは軽く頭を下げた。
そのうち何か連絡が来るのかもしれないな、とタケルはぼんやり考える。
「どんなスケジュールになるにせよ、お忙しくなるでしょう。お二人とも、くれぐれもお体に気をつけて励んでくださいね。陰ながら応援しております」
「ありがとうございます、カンディードさん。頑張ります!」
カンディードは会釈すると、神父服を翻してギルドの出口へと歩み去っていく。
ヴァルガンは去りゆく神父の背中を睨みつけたまま動かなかった。
「あの男、やはり気に食わんな」
「カンディードさん、優しくていい人じゃん。孤児院のことも気にかけてるし」
「……どうだかな」
不快そうに吐き捨てるヴァルガン。
魔王が何を警戒しているのか、タケルにはわからなかった。
大通りへと歩み出たカンディードは、しばらく歩いたあとギルドの方へ振り返る。口元は笑っているのに、目が一切笑っていない表情で。
「なるほど……まだ詳細な連絡は届いていない、と。ならば、手筈通りに進めるとしましょう」




