4. 二人でトップに立つその日まで
すっかり日の落ちたルミナ・シティの通りを抜け、二人は『ひだまり荘』へと戻ってきた。
「腹減ったな」
「ああ」
「なんか食うか」
部屋に入ってからも、タケルは丘の上での出来事について何も触れなかった。
なぜ泣いていたのか。昼間、一体何があったのか。詮索するような言葉はひとつも口にせず、魔導冷蔵庫を開けた。
「はぁ、ロクな食材残ってねぇ……。だから買い出し頼んだんだけどさ……。適当に作って、パンと一緒に食うか」
「うむ」
残り物を雑にフライパンで炒め、塩でパパっと味付け。パンを焼いて、そのまま食事を始めた。雑談が飛び交うはずの食卓が、今日は妙に静かなままだ。
「ごちそうさま。お前、先に風呂入るだろ? その間に洗い物済ませとくわ」
「よかろう」
ヴァルガンは風呂場に向かい、タケルはちゃぶ台の上に載っていた食器を片付ける。ついでに散らかったチラシや書類も整理していく。普段通りの日常、ルーティーン。
「上がったぞ。貴様も入るがよい、布団は用意しておく」
「うっす、頼むわ」
風呂から上がった後、ヴァルガンは魔王らしい尊大な態度に戻っているように見えた。だが、その視線がどこか落ち着かなげに自分の背中を追っていることを、タケルは感じ取っていた。
タケルが風呂に入っているうちに、ヴァルガンはドライヤーで髪を乾かし始めた。水気が飛んだのを確認し、魔王はテキパキと荷物をどけて布団を敷いていく。
「はー、さっぱりした。明日は朝からギルドで打ち合わせだし、さっさと寝るか」
「フン。我は早く寝なくても構わんがな」
「俺は構うんだっつの」
それぞれ着替えと歯磨きを済ませ、タケルはパチンと魔導灯のスイッチを切った。薄暗くなった部屋で煎餅布団へと潜り込んだ。隣の布団でヴァルガンが寝返りを打ち、衣擦れの音が響く。
数分後。
「……ん?」
シーツが擦れる音が近づいてきたかと思うと、布団が大きく持ち上がり、横からヴァルガンが無言でグイグイと割り込んできた。
「おいヴァルガン」
「なんだ」
「めっちゃ狭いんだけど」
「知っておる」
「お前の布団、隣にあるだろ」
「知っておる」
「なんで入ってきたんだよ」
「……我に文句でもあるのか」
「別にいーけど」
タケルは背中を丸め、どうにかスペースを確保しようと身じろぎする。
静寂が、再び狭い部屋を満たしていく。
隣から伝わってくるのは魔王の体温と、一定のリズムで刻まれる寝息……と思ったが。ヴァルガンは眠っておらず、じっとタケルの背中を見つめ続けていた。
「……おい」
「んー……? まだなんかあんのかよ」
半分眠気に浸りかけていたタケルが、寝返りを打ってヴァルガンの方へと向き直る。暗がりの中、ヴァルガンの瞳が微かに揺れていた。
「貴様は」
「うん」
「……我が世界を敵に回すとしても、側にいるか?」
魔王の口から出たとは思えないほど、恐る恐る反応を窺うような声だった。
タケルはすぐに返事をしなかった。
からかったりせず真剣にその言葉を受け止めてから、ヴァルガンを見つめ返した。少しだけ眉をひそめ、人差し指を立ててみせる。
「そうだなぁ。もしお前が理由もなく街を壊そうとしたり、悪さをするなら……俺は全力で止めるし、めっちゃ怒る。でもさ」
タケルは布団の中から手を出し、ヴァルガンの逞しい腕をポンと叩いた。
「お前がどうしようもないことで追い詰められたり、一方的に敵扱いされた時は隣にいるよ。何があっても一緒に頂点を目指すって約束したじゃん」
「タケル……」
「二人でトップに立つその日まで、絶対に離れない」
ヴァルガンの中で、何かが静かに跳ねた。
世界中を敵に回そうとも、自分を信じてくれる者がここにいる。
魔王の唇の端が、わずかに吊り上がった。
「……フッ。やはり、貴様は救いようのない愚か者だな」
「なんだその反応、せっかく人がいいこと言ってやったのに」
「我が手を引かねば、すぐ野垂れ死にそうなくせに大口を叩いたと思ってな」
「へいへい、そうですね。ほら、もう寝るぞ。ステラとのプレイベントだって、もうすぐなんだし忙しくなる。明日からまた頑張るぞ、ヴァルガン」
「ああ。我が覇道、貴様と共に駆け抜けてやろう」
二人の呼吸音が重なり合っていく。
狭い布団の温もりの中で、眠りへと落ちていった。
*
同じ刻、ルミナ・シティに聳え立つ聖アイディール大聖堂。
ステンドグラスから差し込む冷たい月光の下、人気のない礼拝堂の祭壇前にカンディードは佇んでいた。
神父服の袖から取り出したのは、銀の球体──神界用の魔導具。
球体が宙に浮かび上がり、淡い燐光と共に遮音結界が展開された。
『サリエルか。進捗はどうなっている』
脳裏に直接響く、上位神フルゴールの威厳に満ちた声。カンディードこと監査官サリエルは穏やかな笑みを浮かべ、恭しく頭を垂れた。
「ご報告いたします、フルゴール様。魔王、ヴァルガン・ヴォル・ディアボロスを確実に仕留めるための盤面は整いつつあります。つきましては……『召喚の儀』の使用許可をいただけないでしょうか」
『ふむ……そこまでするとは意外だな。意図を聞かせてもらおう』
「中途半端な戦力では、ルミナ・シティそのものを吹き飛ばす大惨事になりかねません。彼らを討ち果たすに相応しい『絶対の刃』を降臨させる必要があります」
通信の向こうで沈黙が流れる。
やがて、重々しい承認が下された。
『許可しよう。世界の平穏を取り戻す働き、期待しているぞ』
「はっ。寛大なるご配慮、感謝申し上げます」
フッと通信が途絶え、銀の球体が光を失って手元へと戻る。
礼拝堂で一人、カンディードは満足げに目を細めて微笑んだ。
「お伽噺の悪者を倒すのは、いつだって英雄ですからね。さあ、舞台の幕引きを始めましょうか」




