1. 定めならば魔王らしくやってくれるわ!
「次はあっちの店だ。サッサと行くぞタケル」
「ちょっ……待ってくださいレオンさん! これ以上は手がちぎれますって!」
高級楽器店が立ち並ぶ、ルミナ・シティ芸術区画の通り。
晴れ渡る青空の下、タケルは山のように積み上がった機材の箱を抱えて悲鳴を上げていた。
「そもそもなんですけど、こんなに買う必要あります!?」
「あん? どう考えてもいるだろ。役立つ機材ばっかじゃねーか」
最新の魔導回路を組み込んだイコライザー、特注の銀糸を編み込んだケーブル一式、最高級の精霊樹で作られた持ち運び式キーボード。どれもこれも、値札を見るだけで目玉が飛び出る一級品揃いだ。
「……で、このよくわかんない鉱石はなんなんです?」
「それを機材の近くに置くと、音の通りが良くなるって噂のアイテムだ」
「なんですかそのオカルト!? 絶対意味ないですよね!?」
「馬鹿野郎! 音にこだわるんならこういうのも試す必要があるんだよ!」
あれを買え、これも買えと謎の理屈で遠慮なく道具を買い足していくレオン。
タケルは涙目で、懐から取り出したギルドの経費台帳の残高を確認する。数字が目に見えてゴリゴリと削られていた。
「ひいい……今まで稼いだ儲けが、一瞬で溶けていく……!」
「文句あんのか? 『なんでも願いを叶えます』って言ったのはテメェだろうが」
振り返り、顎を撫でながらレオンが凶悪な笑みを浮かべた。完全にヤクザの取り立てである。前を歩く彼の足取りは、いつになく軽やかだった。
「確かに言いましたけど、限度ってもんがありますよ! なんで新しくスタジオ作れるレベルの機材を買い揃えようとしてるんですか!?」
「今更ケチくさいこと抜かしてんじゃねーよ。いい機材がありゃ、ステラ主催のプレイベントでも最高の曲が書ける。先行投資だと思えば安いもんだろーが」
「ぐっ……そ、それは、そうかもしれませんけど……!」
タケルはぐぬぬと喉を詰まらせた。
確かにレオンの生み出す楽曲はどれも一級品、RE:Genesisがここまで登りつめた力のひとつだ。彼へのリスペクトはある、あるのだが。
「なら買い物はこのへんにすっか。次は美味い酒を奢れ、そのあと遊技場でカード勝負に付き合ってもらうぞ。あ、散らかりまくってる俺の部屋も掃除しろ」
「仕事のためって建前はどこ行ったんですか! ついでみたいに掃除押し付けるのやめてもらえます!? 俺、今日オフなんですけど!?」
そう、今日は待ちに待った久々の「完全オフ」だったはずなのだ。
溜まった事務仕事を片付け、衣装のほつれを直したあとはぐーすか昼寝する予定だった。それが早朝、ひだまり荘のドアを蹴破る勢いで乗り込んできた自称天才作曲家に拉致されてこのザマである。
「はぁ……ヴァルガン大丈夫かな……。買い出しの途中で変なトラブル起こしてなきゃいいけど……」
*
「……アイドルを辞めろ、だと?」
「ええ、そうよ。それが一番」
「この我に向かって、敵前逃亡を促すか。随分と舐められたものだな」
「舐めてなんかないわよ。むしろ、あんたの力を誰よりも危険だと思ってるから警告に来たの」
薄暗い路地裏に、緊張が走った。
いつものだらしない姿ではなく、清楚なワンピースを纏ったルミナス。その双眸は一切の冗談を排し、真剣にヴァルガンを射抜いていた。魔王は湯気が消えかけた串焼きの袋を抱えたまま、女神を睨みつける。
「覚えがない? なんでもないところで足を滑らせたりとか、そういうの」
「……」
「魔王の力が、内側から膨れ上がりすぎてるのよ。あんたの体は、それを完全にコントロールしきれてない。器から毒が漏れ出してる状態なの」
ルミナスの言葉に、ヴァルガンは無言のまま自身の手を見つめた。何もない平地での転倒。魔王として振る舞っていた頃にはあり得なかった、微小な肉体の狂い。
「RE:Genesisとしてステージに立ち、民の熱狂を集めて輝けば輝くほど……人々の強い想いがマナとなってあんたに流れ込む。それが魔王の核を刺激して、力をさらに活性化させている」
「……我が輝くほどに、か」
「あんたが存在しているだけで世界は歪む。プリズマリア全土に瘴気が広まって、魔力溜まりが異常増殖してる。それを神界が見逃すはずがない」
ルミナスの声が、低く張り詰めたものへと変わる。
「指示を受けた監査官が、すでにルミナ・シティに潜入してるわ。もう正体は割れてるし、包囲網はあんたの喉元まで迫ってるのよ」
「ならば迎え撃つまで。襲い来る神の軍勢など、すべて灰燼に帰してくれるわ」
「馬鹿! 神界が本気で討伐部隊を動かせば、地上は大戦争よ! ……それに、あんただけじゃない。タケルまで巻き添えを食らって消されるかもしれない」
「……何?」
ヴァルガンの眉がピクリと動いた。
なぜ、タケルが巻き込まれなければならないのか。
「タケルは意図的に魔王を復活させたわけじゃない。でも神界から見れば、魔王をプロデュースして力を増幅させていた元凶の一人。処分対象にされたら、弁明なんて聞いてくれないわ」
「……」
「だから、お願い。タケルの命が惜しいなら、今すぐ姿を消しなさい。あいつに、二度と会わないで」
タケルの顔が、ヴァルガンの脳裏に浮かんだ。
泥にまみれながら共に走り続けてくれた男。
雨の公園で、たった一本の赤い光を振って泣いていた姿。
過労で倒れてまで、自分のステージを作ろうとした愚か者。
二人でトップを目指すんだと笑った相棒。
(我が存在し続けることで、あやつの命を奪う?)
静寂の中、ヴァルガンの肩が微かに揺れた。
喉の奥から押し殺した音が漏れ出す。
「クク、ハハ……フハハハハハハハッ!!」
突然ヴァルガンは天を仰ぎ、笑い声を轟かせた。路地裏のレンガ壁がビリビリと振動し、大気がひりつくほどの覇気が吹き荒れる。
「な、何よ……何がおかしいの?」
「我が存在するだけで世界が歪み、神々が恐れおののき、終いには相棒の命すら脅かすだと? 笑わせてくれる!」
ヴァルガンはギラリとした眼光でルミナスを見据えた。
その顔に浮かんでいたのは、かつて世界を震撼させた絶対的な支配者──魔王としての傲岸不遜な笑み。
「結構なことではないか。魔王として振る舞うことが定めであるならば……我が名に相応しく、派手にやってくれよう!」
「あんた、何を言って……!?」
「タケルに伝えておけ、女神よ。我は、我が覇道を往くとな!」
ドォォォォンッ!!
ヴァルガンが一気に跳び上がり、突き破るような爆音と共にルミナ・シティの上空へと消え去っていた。
突風が巻き起こり、ルミナスの髪とワンピースの裾を激しく乱す。
「ちょっ、待ちなさい! 一体何をやらかす気よ!?」
ルミナスの叫びは、虚しく風にかき消された。
ぽつんと一人残された女神は頭を抱える。
ピピピ、と懐の魔導端末がけたたましくアラートを鳴らし始める。
ヴァルガンが放った力の余波を感知した神界の探知網が、急速にこの場へと狭まりつつあった。
「これ以上動くとバレる……。一旦戻って様子見するしかないわね、もう……!」
ルミナスは慌てて空間を歪ませ、神界へと転移する。
誰もいなくなった路地裏には、冷えた二人分の串焼きが転がっていた。




