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26. 世界のためにアイドルを辞めなさい

 ルミナ・シティの夜景を一望できる、聖アイディール大聖堂の最上階テラス。

 人目を避けた薄暗い高所に、カンディードは一人佇んでいた。


 彼は懐から鈍い銀色をした球体の魔導具を取り出し、宙に浮かせた。

 球体が淡い光を放ち、周囲に遮音結界が展開される。


『サリエルか。報告を聞こう』


 空間が揺らぎ、魔導具から重々しい男神の音声が響いた。

 神界の上位神フルゴールだ。


「プリズマリア全土で観測されていた『魔力溜まり』の異常増殖、および世界の歪みの原因……その震源地を、完全に特定いたしました」


 カンディードは恭しく頭を下げつつ、口元に冷酷な笑みを浮かべた。


「原因はルミナ・シティに潜伏する魔王、ヴァルガン・ヴォル・ディアボロスです。かつて封印されたはずの存在が、あろうことか『アイドル』などという見苦しい姿で大衆の熱狂を集めております」

『なるほど、既に復活していたか。魔王の存在そのものが世界を歪める毒。これ以上の放置は崩壊を招くだろうな。直ちに神界より討伐部隊の編成を──』

「お待ちください、フルゴール様」


 カンディードは顔を上げ、フルゴールの言葉を遮る。

 その声には、確信めいたものが宿っていた。


「神界から大規模な討伐部隊を派遣すれば地上は混乱し、無用な摩擦を生みます。何より、そのような大仕掛けを行えば、長きにわたる戦争になりかねません」

『ほう……ならば、どうするつもりだ?』

「私にお任せください。『処理』のスペシャリストとして、表向きは世界の平穏を保った上で対処します。つきましては、私の権限を増やしていただけませんか?」


 魔導具の向こうでフルゴールが沈黙した。

 やがて、承諾の声が返ってくる。


『よかろう。我々としても人間の暮らしを乱すのは不本意だ。魔王ヴァルガンの処置に関する全権を付与する。世界の害毒を速やかに封印せよ』

「はっ。承知いたしました」


 通信が切れ、球体から放たれていた光が消滅する。

 灯りの消えたテラスで、カンディードは満足そうに息を吐いた。この問題を最も的確な形で進められるのは自分。ならば、その利が自分に帰するのも当然のこと。正当な努力と仕事は、評価されるべきなのだから。


「これで布石は十分ですね。さあ、頑張ってお仕事をしましょう」


 微笑みを残し、カンディードは夜の闇の中へと消えていった。


 *


 爽やかな晴天のルミナ・シティ。

 この日はRE:Genesisの珍しい「完全オフ」だった。


 タケルがとある用事に捕まっているので、ヴァルガンは一人で街へと買い出しに出ていた。特に変装もしていない巨漢の姿は、相変わらず通行人の目を引く。


「フン、タケルめ。たまの休みなのだから羽を伸ばせばよいものを」


 そう言いながらヴァルガンは紙袋から串焼き肉を取り出し、豪快に口へと運ぶ。ふと大通りに目を向けると、巨大魔導ビジョン前で人だかりができていた。


『──続いてのニュースです。トップアイドル・ステラによる『トゥインクル☆カーニバル』プレイベント日程が発表されました!』


 ビジョンに映し出されたのは、アイドル衣装を纏ったステラの姿だった。

 画面越しの彼女は、可憐な笑みを浮かべながら語りかけている。


『みなさん、お待たせしました。『アイドル』の新たな道を創る、挑戦者たちを集めた特別なステージの幕が上がります! 期待して待っててくださいね♪』

「へー、もうすぐなのかな?」

「ステラちゃーん! 絶対行くぞーッ!」


 人だかりから、割れんばかりの歓声が沸き起こる。

 ビジョンを見上げ、ヴァルガンは真紅の瞳を細めた。


「ククク……天上の歌姫よ。我に引きずり下ろされるための舞台を、自ら整えたか。……よいだろう。その申し出、受けて立つ!」


 いよいよ目の前に迫ったライバルとの決戦。

 胸が躍り、ヴァルガンはニヤリと笑った。


 串焼きを食べ終え、買い出し先への近道──人通りの少ない路地裏へ足を踏み入れた、その時だった。


「探したわ。魔王ヴァルガン・ヴォル・ディアボロス」

「ぬ?」


 ヴァルガンが足を止めて振り返ると、そこに一人の女性が立っていた。

 美しいワンピース姿の女神ルミナスだった。


 普段タケルの前で見せる、サボり常習犯のふざけた雰囲気は一切ない。

 その身から溢れ出るのは本物の神だけが纏う清廉な気配。


「ほう……その気配、女神か。貴様なんぞに覚えはないのだがな」

「ま、あんたは知らないでしょうね。タケルを通じて一方的にチェックしてただけだから」

「我を討伐にでも来たか? 貴様程度、余裕で打ち払ってくれるわ」

「違うわよ。それなら、こんなこっそり会いに来るわけないでしょうが」


 ルミナスは一歩、ヴァルガンへと歩み寄る。

 女神の声には悲壮なまでの決意が滲んでいた。


「あんたがアイドルとして輝くほど、この世界は歪んでいく。……このままタケルの隣でRE:Genesisを続ければ、待っているのは破滅だけよ」

「……」

「だから、最後の警告に来たわ」


 路地裏に静寂が落ちる。

 ルミナスは真っ直ぐに魔王を見つめ、言い放った。


「世界のためにアイドルを辞めなさい。タケルとの夢を諦めて、この街から姿を消して、誰も追ってこられない遠い場所へ逃げなさい」

第八章はこれにて完結です。ここまで読んでいただきありがとうございました。

次は第九章スタートとなりますが、以降は『火/木/土のお昼12時30分更新』とペースを変更するのでよろしくお願いします。


いよいよ、ヴァルガンの前にルミナスが姿を現しました。世界のためにタケルとの夢を諦めろと言われたヴァルガンは、何を選ぶのでしょうか。

RE:Genesisの行く末が気になった方は、ぜひページ下部のブックマークと星評価【☆☆☆☆☆】をポチっとしてもらえたら嬉しいです!


引き続き応援よろしくお願いします!

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