24. ティアが受け取った夢のバトン
(遊びでやってた子が……ミウさんの背中を見て、本気になったんだ……)
「でも、どこでお勉強したらいいかわからないの。タケルくん、教えて! ヤマダさんのところは、アイドルのお仕事がお休みになっちゃうんでしょ?」
「うーん……」
タケルは腕を組み、真剣に考え込んだ。
ヤマダが完治するまでの間、『オフィスYMD』はナカタがなんでも屋としての仕事を細々と継続する予定と聞いている。その状況で、ティアを抱え込んでプロとして育成するのは流石に無理だ。
「なぁ、ウチで預かるってのはどうだ? RE:Genesisのノウハウがあるし、なんとかなりそうじゃねぇか」
「冷静になってください、マスター。荒くれ者ばかりの冒険者ギルドですよ? そんな環境で女の子を預かって、適切なアイドル教育を施せるわけがありません」
「うっ……た、確かに。周りがゴリゴリの筋肉野郎じゃ、教育に悪ぃか……」
「当然です。ティアちゃんのご両親が納得しないと思います」
セレイナのコメントに、ガルドはガックリと肩を落とした。
いくらサポート体制が整ってきたとはいえ、『獅子の牙』はあくまで冒険者ギルド。昼間っから酒を飲みまくるおっさんが居る場所は、小さな子供を育てるのにこれっぽっちも向いていない。
(ちゃんとした教育機関や事務所で、子供が基礎から学べそうなところ……)
タケルは頭の中で検索をかけていく。安定していて、余裕があって、ティアの両親に提案して「そこなら、まぁ」と納得してくれそうな事務所。
うんうん唸りながら考えて──ふと、一つの顔が浮かんだ。
(そうだ! ルナのいる『ルクス・レガリア』ならいいんじゃないか?)
神殿公認──国に認められたアイドルが優先的に所属する事務所。
芸能に詳しくない人であっても、まず間違いなく安心できるレベルだろう。ルナがいるのだから、何かアドバイスをもらいやすいかもしれない。
「ちょっと待っててください! 連絡してみます!」
タケルは懐から魔導端末を取り出し、以前着信があったルナの連絡先へ手早く通信を飛ばした。数回の呼び出し音の後、画面に映し出されたのはルナ専属マネージャーであるイザベラの姿。
『お久しぶりです、イザベラです。ルナがメイク直し中のため代理で出ました。ご用件はなんでしょうか?』
「突然すみません! 実は相談がありまして……」
タケルはこれまでの経緯と、ティアがアイドルを目指したいと言っていること、そして彼女に基礎から教えてくれる場所を探していることを手短に説明する。
画面の向こうでイザベラは頷き、少し考え込む様子を見せた。
『なるほど、そういうことでしたか。え? ……少々お待ちください、ルナの直しが終わったので代わります』
イザベラがフレームアウトし、代わりにルナが画面に入ってくる。
そして、いつものように感情の起伏を感じさせない冷静な声で言った。
『話は聞こえてた。別にいいよ』
「早ッ!? え、即答でいいのか!?」
『うん。うちには研修生制度があるからね。デビューを保証するものじゃないけど、習い事の一環として基礎レッスンを受ける枠なら問題ないんじゃないかな』
「そんなシステムあったんだ……」
『あの子の才能に投資する価値はある。どうせやるなら、最高峰の環境で磨くほうが業界全体にとっても有益だし』
相変わらず徹底して合理的な物言いだったが、ルナなりにティアの才能を認めて背中を押してくれているのだとわかった。
ルナの隣にイザベラが並んで、話を続ける。
『ルナが説明した通り、研修生枠としてダンスや発声の基礎を指導することは可能です。適性審査も行われますが、ルナが認めた方であれば問題なく合格するかと。レッスン料も、極端に高額なものではありません』
「わかりました、ありがとうございます! また改めて詳しく相談させてもらっていいですか?」
『はい、候補日をご連絡いただいたら上に伝えますね。では、失礼します』
通信を切り、タケルはティアに向かって弾んだ声をあげた。
「見つかったよ、ティアちゃん! 『ルクス・レガリア』の研修生になれるかもしれないぞ!」
「わあぁぁぁーっ! 本当!?」
ティアは会議室をぐるぐると走り回り、大喜びしている。
「ティアね、いっぱいレッスンして、すっごいアイドルになる! ミウちゃんがいつでも戻ってこれるように、おっきなステージで待ってるの!」
目を輝かせ、無邪気に夢を語るティア。
ヤマダもナカタも、その姿を優しく見守っていた。
タケルは胸に手を当て、そっと息を吐き出した。
(……これが、ミウさんやティアちゃんにとって『正解』なのかはわからない)
ミウは傷つき、アイドルを休業することになってしまった。夢を手放した悲しみや痛みは、そう簡単に消えるものではないだろう。
それでも。
(ミウさんがステージに立ち続けたから……ティアちゃんはアイドルを好きになって、本気で目指すようになったんだ)
もし、ミウが途中で投げ出していたら。
もし、ミウが笑顔で歌うことをやめていたら。
ティアという新しい才能が芽吹くことも、こうして未来へ歩み出すこともなかったはずだ。
ミウがもがき、苦しみながら駆け抜けた五年間は、決して無駄じゃなかった。
誰かの心にちゃんと届き、新しい夢の種を蒔いていたのだ。
(絶対に……意味はあったんだ)
形は変わってしまったかもしれない。けれど、アイドルが誰かに与える希望のバトンは、こうして受け継がれていく。
ただ、そのバトンが継がれていったとしても。
ミウは救われないだけだ。




